都会ホラー映画の感想いっぱい書いて都市生活に恐怖する!(その1)

カナザワ映画祭、今年のテーマは田舎ホラーだとか。
田舎ホラー、いいですね。品性とは無縁の野蛮な方々がヨダレだらだらーってしながら都会のマブいスケをベロベローってしてゲヘゲヘーってなったりして。

ほんで、マァ田舎ホラーいいんですが、東京に住んでであんま田舎に行く用事もない俺としては都会ホラーのがコワかったりする。
だって、田舎は行かなきゃいいじゃないすか。そんでもって、田舎ホラーで殺されるのってだいたい無礼で鼻持ちならない都会者なんだから、元からソコ住んでる人にとっちゃコワくもなんともないじゃないすか。結局、田舎ホラーって都会人にとっての恐怖なワケで。

都会ホラーはなんかこう、もっと無差別的なコワさがある感。でもって、都会人にとっての非日常の中にある田舎ホラーと違って、日常の中にあんのが都会ホラー感。
なんですか、普通に飯食って普通に会社行って普通に帰宅して、その流れでごく普通に直面しちゃう系の恐怖が都会ホラーだろ、みたいな。
そうなると回避しようが無いないから、やっぱコワいワケです。

ってコトでマァ夏だし、都会ホラーいっぱい借りてきて感想書くコトにした。
とりあえず最初は都会派キラー編①。

『ドリラーキラー(1979)』
http://horrorpedia.com
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ストレスフルな売れない画家が、なんとなく手にしたドリルでマンハッタン中の浮浪者やらなんやらを次々にギュイーンしてく映画。
カネはねぇ、画家の夢は叶わねぇ、恋人はガミガミ、隣の部屋じゃ腐れヘッポコロックバンドが下手な曲をやってやがる。ちくしょう、みんな殺す! ってな具合であるが、なんだかとても身につまされるハナシである(個人的に)

NY派とか言われるアベル・フェラーラの初期の映画で、主人公の殺人画家を自ら演じ、ついでに劇中の絵も自分で描いた。
どっちかっつーとフェラーラはアート寄りっぽい監督だと思われるが、そこまでしてんので単なるジャンル映画の雇われ仕事っつーよりは結構な肝いり、とゆーかだいぶ怨念のこもった映画っぽい。売れなかった頃のフェラーラはこんな狂気を秘めてたのだ…(売れてよかった)

そんなワケで、ハナシだけ聞くと普通のスプラッター・ホラーっぽいが、実際観ると妄想爆発でナニがナンだかよくワカラン映画だったりする。
路地裏で、地下鉄で、大通りで、ヘッポコロックとドリル音に乗せて脈絡なく殺人シーンが続く。こりゃホントに現実か? それとも売れない画家の妄想か?
マァ、どうでもいいか。
70年代マンハッタンの澱んだ空気に穴を穿つ底辺人間怒りのドリル。
その熱量に、なんか知らんがヤられる映画なのだった。

『地獄の警備員』(1992)
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2000年ぐらいまでは都会派のホラーいっぱいやってた気がする黒沢清(最近あんまやんないなぁ)のビジネスホラー。
ここいらで大企業はんに軸足固めときましょかと曙商事なる総合商社に転職してきた久野真紀子が、同僚もろともサイコパス元力士警備員の松重豊に襲われるハナシ。
力士だから曙? わはは、おーもしろーい。

いやそれはともかく、シネフィル(※侮蔑語です)の黒沢清の映画っつーとあえてオフビートにしてるトコ結構あると思うが、そのあたりこの映画は相当微妙なラインというか、狙ってハズしてんのか単に下手だからハズしてんのか全然ワカラン。
いやブラックユーモアとか結構あんだけれどもそういう意味じゃなくて、なんかホラ、殺人シーンとかでさ、黒沢清だから変な間作ったり、殺しの手法がだいぶ斜め上から来る。
そーゆーのって後の『CURE』(1997)で超コワイ感じに結実してんだと思うんだけれども、コッチの映画はなんか笑っちゃうんすよ。

ほんで、シネフィル(※繰り返すが侮蔑語です)だからか色んなジャンル映画のクリシェとかオマージュをやたらめったらパッチワークしてる感じでさ、コワイぞコワイぞ~と思わせといて急にアルドリッチとかのアクション映画みたいになったり、「どうだ! 映画っぽいだろ!」みたいなコトになったりする。
いやたとえば松重豊、なんとなくあの巨体で無言で襲ってくるの想像してたんすけど、この人かなり喋る。しかもカッコイイこと喋るんだこれが。
「俺にはもう、時間が無いんだ」とカッコよく犯行を決意したり、「どうすれば身のためか、お前自身が考えろ」とか言ってヘタレ先輩警備員を恫喝、手下にしちゃったり、この人いかにも映画的な、悪のヒロイズム濃厚なカリスマ殺人鬼だったりする(『CURE』の萩原聖人の原型かもしんない)

で、このカリスマと対決すんのが社内の全てを知り尽くした人事部のカリスマ・長谷川初範。この男もやたらカッチョイイ。
松重豊によって閉ざされた深夜の社内で死体を発見、そして顔を上げると目の前に松重豊その人が!
あー殺されるなと思ったら、顔色一つ変えずに「なるほど、君がやったのか。なら君はアタマがおかしい。警察に連絡するから、鍵をくれ」。
外部に連絡が取れない! このままじゃ殺される! と慌てる久野真紀子に対しても冷静に「ニューヨークだ。テレックスでニューヨークに連絡するんだ」。
松重豊との死闘の最中にも抱えていた案件を着実に進め、もはや企業戦士ってレベルではない。

コレ前半は会社そのものが無気味でコワイ感じに撮られてて、都会の孤独と恐怖が云々みたいな作りになってんですが、後半は主人公の久野真紀子なんてほっといて二人のカリスマの闘いになってく。
なんでしょね、面白いんだけど、コワくはないなコレ。

あとすげー余談ですが、主演の久野真紀子さんってチュンソフトの大作サウンドノベルゲーム『街』に出てた人なんで、あのゲーム大好きな俺はちょっと嬉しくなったりもした。

『サンフランシスコ連続殺人鬼』(1971)
https://mubi.com
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元祖劇場型殺人鬼ゾディアックをネタにした映画。
同じくゾディアックをネタにした『ダーティハリー』(1971)よりちょっとだけ早かったハズで(うろおぼえ)、71年ちゅーと絶賛犯行継続中にも関わらず殺人鬼がまんまゾディアックの名で出てくる。神経太いなぁ。

ゾディアックは今もって捕まってないんで、当然のコト映画の九割は創作(でも一割はほんの一年前だかの実際の犯行を再現してるのだ。いやホント神経が…)
ゾディアックはウサギ大好きな気弱な郵便局員になって、ウサギが死んじゃったコトが犯行動機になったのだった。
なんというか、少なくとも世間一般の街角プロファイリングからは完全に外れる犯人像だと思うが、マァ映画だからなんでもいいんだろう。

ハナシは早速ゾディアックが通行人をブチ殺すとっから始まる。で、その血が歩道のタイルに流れてって、血のクロスになる。赤丸が入って、例のゾディアックのシンボルマークになったところでタイトル。コレはカッチョイイ。
そっから何故ゾディアックがゾディアックになったか、どんな風に殺人を行ってったかが警察の捜査なんかと平行して描かれたりするが、なんや大したコトないゴア描写やらドラマやらも、あんま意図的でないと思われる素人的ドキュメンタリー・タッチのせいで禍々しく感じてくるから不思議。
有名な湖畔での殺人シーンのやさぐれた気味悪さにはグっときてしまった。

冒頭、「ゾディアックはアナタの同僚かもしれない、隣人かもしれない…」みたいなベタなナレーションがあり、なんつーか犯行継続中の映画だけにとてもタチが悪い感じあるが、それよりタチが悪いのは最終的にゾディアックの成長物語っぽくなるトコなのだった。
アレだろう、そんなもん酒鬼薔薇が捕まる前に酒鬼薔薇の青春映画撮るようなもんじゃないか。
映画の内容より製作者の倫理感の無さ(とヤマっ気)がコワイわ!

『ザ・リッパー』(1982)
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誰が呼んだか知らないが、流血のマエストロことルチオ・フルチの、なにかが吹っ切れた都会スプラッター巨編。
ポリス・アクション風の不釣合い(でもカッチョイイ)なフュージョンのスコアに乗せて、ドナルド・ダック声を駆使する謎の猟奇殺人鬼がニューヨークの鼻持ちならねぇ女どもの顔を刻む! 乳首を切り裂く!
なんか、今じゃ撮れなそうな映画だなぁ。

とりあえずゴアとエロがありゃいいんだろ、お前らどうせそれだけ観たいんだろと言わんばかりの荒んだ映画で、フルチなんで例によってというかストーリーはすごくどうでもいい感じである。犯人の正体なんて衝撃の一言だが、衝撃っつーか笑劇だろ、あんなもん。
しかしその分、文字通り大出血サービスなんで、とりあえず血(とオッパイ)が観たいときには最適。ゴア描写ゴア描写ゆーてもフルチ映画は流血に至る過程とその奇想っぷりが売りだったりするんで、こんぐらいストレートに血が出まくるフルチ映画ってのもあんま無い気がする。
爽やかな映画ですね。

依頼がありゃなんでも撮る職人監督とはいえ、フルチには美学があった。
『サンゲリア』(1979)なんかのゾンビ映画で流血のマエストロと化す以前の『荒野の処刑』(1975)なんてポエジーで泣ける(いやホントに)マカロニ・ウェスタンだったし、『幻想殺人』(1971)はデ・パルマもかくやの華麗な映像テクニックを駆使した実験的なケッ作ジャーロ、『ザ・サイキック』(1977)はフルチ特有のネチっこいサスペンス演出と優美な映像感覚、ダルダーノ・サケッティの(この頃は)周到な脚本の合わさったマジで美しい映画だった。

その後、幸か不幸か『サンゲリア』のヒットでゴア描写グロ描写だけを望まれるようになっちまったワケですが、そうはいっても『墓地裏の家』(1981)ぐらいまでの作品にはフルチの色が確実に付いてたりした。
フルチ最高ケッ作の声も高いその時期の『ビヨンド』(1980)はシンメトリックで奥行きのある構図や青を基調とした色彩設計がホントに素晴しく、ファビオ・フリッツィの陰影の深いスコアも見事な…って『ビヨンド』のハナシになっっちゃったが、そんな具合にフルチの美学はこの頃まだあったのだ。
しょせん人間なんて死には抗えないじゃないか、どんなに頑張っても結局最後は死ぬじゃないか、みたいな身も蓋も無い事実をあらん限りの映像美でもって詩的に描こうとする意志みたいのが。

たぶん『ザ・リッパー』ぐらいからだと思う。フルチ映画から美学が消えたのは。
なので、この映画は爽やかな(?)スプラッターなんだけれども、なんだかちょっとだけ切なかったりもすんのだった。

あぁあと、犯人とかプロファイラーのキャラクターが面白い映画です。
フルチ自身も検死官役で出演、味のある演技してます。
(人件費削減のためとゆー理由がまた切ない)

『URAMI ~恨み~』(2000)
http://www.fast-torrent.ru
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イタリアン・ゾンビの帝王(色んな異名あるな)ルチオ・フルチの次はモダン・ゾンビのゴッドファーザー、ジョージ・A・ロメロの都会ホラー。
人の良い雑誌編集者が色んな人に裏切られ、バカヤロー! もうイイ人やめる! ってコトで一気に仮面の殺人鬼になってしまう。こういうヤツほど融通が効かない。

で、どんな風にハナシ展開してくかっつーと、なんや白い無貌の仮面がありまして、雑誌編集者が知人女性に作ってもらったもんなんですが、それがちょうどストレスマックス状態だった雑誌編集者の顔に何故だか張り付いて取れなくなっちゃう。
ほんで、どうせ顔がねぇんならどうにでもなっちまえってなるワケですが、そうは言ってもこの人小心者で人目が気になるんで、仮面を隠すためにファンデーション塗ったりサングラスかけたりする。
って要するに、コレ『透明人間』(1933)なのだ。
だから仮面の殺人鬼っつーキーワードから連想されるよーな現代的なスラッシャー映画じゃなくて、演出的にも展開的にもとてもクラシカルな映画なんすよ。

そんなワケで血と死体を見たい人は大いにガッカリするコト請け合いだが、それに輪をかけてロメロらしい風刺とブラックユーモアがふんだんにある。
笑顔の下で知人友人をいかにブチ殺すか妄想する雑誌編集者とか、あまりにもやる気の無い刑事とか、恨みターゲットの編集長の悲惨すぎる死に様なんて、のほほんと笑えます。
んでまた最後の方、仮面殺人鬼と化した編集者が仮装パーティに潜入すんですが、その辺りんなるとすっかり仮面殺人鬼を現代社会のダークヒーローとして描いてたりするんで、もうコワイとかそんな感じじゃないよね。

とゆーかそもそも、ロメロはホラー作家っつーより一貫して風刺作家なんで、こうなるのも当然っちゃ当然だと思われる。
ホラーっていうか、都会人の生態を戯画的に描いた現代の寓話みたいな映画だなぁ。
コワくはないが、なんとなくスッキリはする。

『コギャル喰い 大阪テレクラ篇(天使幻想)』(1997)
http://cultandexploitation.blogspot.jp
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大阪テレクラ篇と言いつつ新橋デリヘル篇も札幌ススキノ篇も作られてないし、だいたいコギャルを喰えない人のハナシだったりする友松直之のピンク・スプラッター・ファンタジー映画。
過去のトラウマのせいで女性と関係の持てないティッシュ配りの男が堕天使に出会って殺人に目覚め、テレクラで殺して欲しいヤツを募集して血祭りに上げてく。

あらすじだけ聞いてもよくワカランが、コレ『ドリラーキラー』系で、孤独とストレスにイっちゃった男の妄想が都市の荒んだ風景と交錯してく映画だったりする。
主人公は配線の切れた公衆電話で堕天使の声を聴き、殺しを依頼したテレクラ女たちになりきるために女装して犯行に及ぶ。
無趣味な自室の壁には親殺しの落書き(『サスペリア PART2』(1975)のアレ)があって、そこで拾った堕天使(女子高生)を飼う。
なんやサイコサイコしてるが、友松直之はセンチメンタルな人なんで、あくまで語り口はポエジーだったりする。テレクラの個室に天使の羽が降り注いだりしてさ。

ヤクザに凌辱されるテレクラ女、誰からも相手にされないどもりで知恵遅れのティッシュ配りの同僚なんかが救いを求めて彷徨う大阪に、戦闘天使と化した主人公は救済をもたらすべく(そして自分を相手にしてくれない女どもに復讐すべく)血の雨を降らせてく。
しかし殺しても殺しても孤独は癒されんで、結局その暴力は自らに跳ね返ってくんのだった。
なんか、いかにも90年代日本的なというか、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)とか『ポルノスター』(1998)の横に並ぶ感じの映画だなぁ。
内臓でろーんみたいなスプラッターのある映画だが、結構マジメで切ないのだ。

あと、主人公のテレホン・セックス相手のカットが劇中のテレビで流れていたり、堕天使の写真が街中至るところに貼ってあったり、実験的なトコが楽しい。

『ドリーム・ホーム』(2010)
http://free-stock-illustration.com
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そういえば前に、東京の湾岸部で働いてたコトがある。
その一帯ってピカピカの高層マンション立ち並んでて、客商売だったんだけれども、来る客がどいつもこいつもマンション住まいの成金なワケ。
一方オレはどうかと。ゴキブリとお友達の木造ボロアパートに住んでんじゃねぇかと。ちくしょう、ふざけんじゃねぞと。
で、『ドリームホール』はそういう手合いが高級高層マンションの住民を下から順にブチ殺してく、マンション版『死亡遊戯』(1978)みたいな映画です。
ストレス解消に最適。

マァしかし、メチャクチャ血がクロい映画で、そしてグロい映画だったりする。
ハナシはどうしても高層マンションに住みたい主人公の女ジョシー・ホーが居眠り中のマンション警備員を襲撃すっとこから始まるが、そのシーンがウルトラエグい。
プラスティックの結束バンドで警備員の首をギュー! とゆー都会的な殺しの手口。で、警備員は悶えながら、顔を黒く染めながらどんどん膨らませながらなんとか結束バンドを外そうと、無我夢中でカッターを手に取る。
切る。切る。切る。女を怒りと恐怖の入り混じった物凄い形相で睨みつけながら、カッターで結束バンドを切る。しかしその刃はバンドの上を滑るばかりで、切れていくのは首の肉。
そして…とゆーワケだが、いやもうまったくもってイタイグロイエグイ。

殺しのシーンはどれも凝ってて、布団圧縮袋使ったりベッドの木片使ったりのアッパレなDIY精神。内臓もでろでろでろーんってなったりして素晴しいネ!
って書くと悪趣味な映画っぽいが(いや実際悪趣味だが)、乾いたブラックユーモアがアチコチに散りばめられてるんでそれほどイヤな印象は無かったりする。
ほんで、単に殺してるだけじゃなくて、意外と主人公の女の回想にハナシの比重が置かれてたりもする。
女の回想を通して香港社会の変遷を住宅事情の面から捉えてて、散々人が死ぬクセに社会派映画なのだ。

殺しを重ねるにつれてどんどん美しくなってくジェシー・ホー、イイなぁ。
一向に死なない瀕死の男、コイツには笑った。
そして一番恐ろしいのは殺人女ジェシー・ホーではなく…なんてラストも皮肉が効いててグっとくるぞ!
コレ、面白い。

『マニアック』(1980)
http://paragraphfilmreviews.com
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年中脂ぎったキモデブ男ジョー・スピネルが例によってモテないからとニューヨーク女を殺しまくり、その頭皮を剥いで自宅のマネキンちゃんに被せて脳内会話を楽しむという、もうその設定だけでお腹いっぱい感のある都会スプラッター。
スピネルの顔見てるだけでもだいぶ腹に溜まるが、そのうえスピネルが鏡を見ながら自分の汚らしいボディを撫で回すシーンまであるんで、とても胃もたれします(同じようなシーンは姉妹編の『新マニアック』(1984)にもあったが、サービスシーンのつもりなんだろうか…)

いやマァなにはなくとも特殊メイクがトム・サヴィーニ&ロブ・ボッティンてコトで、頭皮剥ぎ剥ぎとかショットガンで頭部爆発みたいなのが楽しい。
そこまで激しい描写じゃなかったりするが、こう、頭皮剥ぎ剥ぎなんて実に丁寧な感じありまして、んで陰惨じゃなくてあっけらかんとしててイイんすよ、映画のイメージに反して。トム・サヴィーニ自身が演じる頭部爆発もイエーイ! って感じだ。

あとアレだな、やっぱジョー・スピネルがマジキモでサイコーだよな。
セントラル・パークだかで見かけて一目惚れした写真家のキャロライン・マンローに芸術家を騙ってアプローチかける姿なんざ実に痛々しく堪らない。
原案・脚本・製作総指揮まで自ら手掛けてるだけあって、スプラッターシーン以外はひたすらスピネルのキモ演技イタ演技を見る映画である。
血とスピネルの顔が売りって、それどこ需要なんだろう。

ちなみに『新マニアック』も相変わらずモテないタクシードライバーのジョー・スピネルがトチ狂い、憧れの映画女優キャロライン・マンロー(またか)を主演に映画を撮るべくカンヌ映画祭に飛んで、グダグダと殺人を繰り返すハナシ。
そして殺されるスピネルの母親役が実際にスピネルの母親だったりするが…スピネルお前、絶対公私混同してるだろ!
(しかしコレ、ラストが感動的な映画なのだ。いやホントに)

『マニアック』(2012)
http://japan.unifrance.org
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アレクサンドル・アジャ製作・脚本の『マニアック』のリメイクだが、驚愕である。
キモデブ殺人鬼ジョー・スピネルの役を引き継いだのは、あの端正なお顔立ちのイライジャ・ウッドなのだ…。
ちょっと待て! キモイからこそ、デブイからこそ、醜いからこそ俺たちの『マニアック』じゃねぇのかよ! ウザイからクサイからスピネルお前さっさと死ねよブタ野郎と思うから俺たちの『マニアック』じゃねぇのかよ!
っていうか別に、『マニアック』にそんな思い入れねぇよ!

んで、そのイライジャ・ウッド、予想に反してイイ感じにキモ殺人鬼だったなぁ。
多汗のキモさだったスピネルと反対に無汗のキモさで、ウエーンと泣きながら頭皮剥いだりする分コッチのがヤバキモな気がしないでもない。
スピネル殺人鬼はクサそうだし全然面白く無いコトをさも楽しそうにずっと話してるウザイ人だが、しかしとりあえずコミュニケーションは取れそうなのに対して、ウッド殺人鬼は押し黙ってそもそもコミュニケーション取れない感じである。
で、ストーキングの末に頭皮剥ぎ。コワイ!

オリジナル『マニアック』はスピネルばっか撮る映画だったが、コッチはほぼ全編イライジャ・ウッドの主観視点から撮るPOV映画になってたりする。
POVちゅーてもやたらブレる臨場感ある感じでなく、エライ計算された、あんまり主観ゆえの制約とか感じさせない緻密な作り。
撮影タイヘンだったと思うが、全編主人公の主観とゆーと『湖中の女』(1946)とかあり、それが失敗作と悪評高いコトも考えると相当なチャレンジだった思われる。
そういう技術と努力と勇気が殺人鬼目線での頭皮剥ぎとゆー品性のカケラも感じられないカットに結実してんので、なんというか、こう、グッときますね。

主観視点で女性恐怖症の猟奇殺人鬼の内面を、とゆーコンセプトだと思われんので、オリジナルであんま出てこなかった殺人鬼の人間ドラマとかやる。
ベタ&ベタのよくあるハナシだったが、そうは言っても女性との慣れない会話の途中でトイレに立ち、精神安定剤飲んで鏡の中の情けない自分を見つめるシーンなんてちょっとだけこみ上げてくるものがある(ここでイライジャ・ウッドの顔が明らかになる、というよーできた構成)
変態殺人鬼のくせにイライジャ・ウッドは苦しんで苦しんで苦しみまくり、ワリと切なさマックスの泣ける映画である。

淡くてしっとりした感じの画はキレイだし、80年代っぽいチープなシンセ・サウンドも良かったなぁ。
いやぁ、面白かったな! 今回の頭皮剥ぎも!

『フレンジー』(1972)

「ラブリー! ラブリー! ラブリー!」
「天にまします我らの父よ…」
「ラブリィィィ!」
と、そんな感じでネクタイ殺人鬼は救いを求めて聖書の一節を暗誦する中年女をラブリーに犯すんであるが、この狂いっぷり、サイコー。いや、ラブリーだな。
そしてレイプ中にゃさんざラブリーだなキレイだなと中年女を褒めちぎってたのに、コトが済むと(というか済ませるコトに失敗すると)態度が豹変。なんだテメェこの汚ねぇクソババァが! とネクタイでギューッと首絞めて殺しにかかる。

この執拗で粘着質なシークエンス、中年女の少し垂れてきた汗ばんだオッパイをジーッと撮ったりもして(実にエロい)、時代の要請っちゅーのもあるにしてもヒッチコックの変態っぷりが如実に出てる感じで凄まじい。
ついに息絶えた中年女の死相もなんだか凄まじいぞ。目ぇカッと見開いて舌ベローンて突き出して、いやもう気色悪いコト気色悪いコト。
とってもエゲツナイ映画である。

ほんでマァ、ロンドンにネクタイ殺人鬼ってぇのがおりまして、んで人生失敗組の主人公がソイツと間違われて追われるハメになるっつーハナシなんですが、そんなワケでサスペンスっちゅーよりネクタイ殺人鬼の所業に戦慄しまくりな都会ホラー。
アパートの自室に女を連れ込むネクタイ殺人鬼。殺しのターゲットにかける常套句「君は俺のタイプなんだ」が出たところでドアがバタン。音が消えて、カメラはすーっと階段を降りて、通りに出てく。都会の喧騒が戻ってくる。女の悲鳴は雑音に掻き消されて聞こえない…ってな具合である。

それにしてもネクタイ殺人鬼自体もコワイが、女の死体の扱いがゴミみたいになってんのもコワイ、つか生理的にキツイ。
ジャガイモ袋から女の死体の手足だけが突き出てる画のインパクトは結構強烈。で、その指をネクタイ殺人鬼がナイフで切ったり折ったりしてくのだ。
この容赦ないモノ感。いやヒッチコック映画なんつーと毎回死体の扱いがぞんざいとゆーか、家具みたいに無造作に死体が置いてある感じだが、中でも相当酷い扱いなんじゃなかろか。
マァ、都会じゃ人なんてゴミと変わんないんだろう。

不能の変態殺人鬼、人で賑わう往来の壁一枚向こうで人知れず繰り広げられる殺人、単なる生ゴミと化す死体。
あぁ、都会はイヤだ、都会はコワイ、都会になんて住みたくない。
そんな戦慄のラブリー都会ホラーが『フレンジー』なのだった。
(誤解を招きそうな書きっぷりだが、ユーモアもいっぱいの映画だったりする。アレック・マッコーエン演じる警部と妻の食事のくだりなんて爆笑もん)

都会ホラー映画の感想いっぱい書いて都市生活に恐怖する!(その2)に続く…

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