幸福の映画『UFO学園の秘密』の秘密を探って感想書いてみる

幸福の映画である。観れば幸福になる映画じゃなくて幸福の科学の映画である。
原案・監修・製作総指揮が大川隆法。大量に貼られたポスターと映画サイトという映画サイトを埋め尽くす番宣記事にデカデカと名前載ってんので信者以外に売る気ねーだろテメェと思ったが、俺みたいなバカが引っかかるのも見越してやがんだろうか。
本編前には来春公開予定の幸福映画のティーザー予告編が付く。『UFO学園』も英語タイトル見ると「PART 0」とのことなので、続編やる気マンマンである。
その商売の上手さと資金力は正直羨ましい。

とゆーワケで本来の意味でのカルト映画『UFO学園の秘密』観てきたんで、その秘密を交えてダラダラと感想書いてく。
あらすじは以下をどーぞ。

山奥にある寄宿学校・ナスカ学園。
主人公の高校生たちはソコでなんとなーくな高校生活を送っていたが、そんな彼らに魔の手が忍び寄る。
なんと、学園を狙う謎の悪そうな宇宙人が生徒のアブダクションを繰り返し、更にはメーテルそっくりの良い宇宙人もアブダクションを繰り返し、そして気付けば学園は宇宙戦争の舞台となっていたのだった…。
助けてエル・カンターレッ! 信ずる者は救われるッ!

http://eiga.com
http://eiga.com どっかでとても見たコトのあるキャラデザ。

山奥に聳え立つナスカ学園はギリシア建築風の壮麗なみてくれなのだが、コレどうやら那須にある幸福の科学学園なんである(那須とナスカ…)
寄宿制でありつつ(少なくとも映画の中では)自由な校風。広々とした校舎と雄大な自然に囲まれて、確かにコレならちょっと行ってみたくなる。
何気ない舞台設定からして既に幸福の科学の目指すものがいかに素晴しいかを表現していて、凡百の布教アニメとは一線を画す手練た手腕である。
いや布教アニメって言っても別にそんな観たコトないが、母親が創価学会だからガキの頃はよく創価布教アニメを見せられたのだ。
ガキでも分かるクサイ芝居と道徳を説くだけの無味乾燥な内容にすぐさま飽きてしまい、『ゴーストバスターズ』(1984)とか『ホームアローン』(1990)みたいな楽しい洋画ばっか観てたけど。

そーゆー意味でもマコト『UFO学園の秘密』はよー出来ており、布教アニメらしい説教はほぼ入ってこず、今風の普通のアニメっぽい作りになっていた。
比較的自然体で馴染みやすいキャラクター造形、奇は衒わないが下手とゆーほどでもない作画、何気ない日常の中に徐々に恐怖が入り込んでくるサスペンスを程よくユーモラスな高校生たちの青春模様に絡めてテンポよく展開していく脚本も、かなり「見れる」レベル。
最後には悪い宇宙人レプタリアンが襲撃してくるアクションシーンも用意されており(アクション演出はちょっとぎこちない)、超展開に次ぐ超展開で隆法ロジック炸裂な中盤を除けば、幸福映画だと気付かないでそれなりに楽しんで観ちゃいそうな感じではある。
実に巧みな布教映画だ(さりげなく「入信すれば恋人が出来るよ!」とゆー下世話なメッセージまで織り込んである)

ところで、この映画『銀河鉄道999』のメーテルそっくりな宇宙人が出てくる。
そして作画やキャラクター造形や展開とゆーのもアトラスのゲーム『P3』(2006)あたりの感じによく似ていて、何気ない日常に潜む恐怖が幸福の科学の教義に準拠した良い宇宙人と悪い宇宙人の宇宙規模の戦いにシフトしてくあたり、さながらダーレス以降のクトゥルー神話の断片と言えなくもない。
そもそも幸福の科学の教義・ストーリー及び布教手法自体が節操皆無な引用のモザイクであり、その思想には全く賛同できないが、布教のためならパクれるだけパクろうとゆー神経の図太さは見習いたいところである。

※以下は基本映画と関係ないコトをダラダラ書いてるだけです。ご了承しろ。

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http://netallica.yahoo.co.jp ま、松本零士先生! いーんですかコレは! 槇原敬之より遥かに明確にパクってますよ!

そういえば『P3』とか出てきたところで思ったが、その前作の『ペルソナ2 罪・罰』(1999)もこんな感じのハナシなんであった。
時は1999年。地方都市のスマル市は噂が現実になるとゆー奇妙な現象に見舞われおり、ミッション系の高校に通う主人公たちの日常は徐々に壊れてく。
街の人々は世紀末気分と妄想を肥大させていき、やがて世紀末の到来とともに地球は崩壊するとか、自分たちは良い宇宙人の末裔だから救われるとか、街の下にはナチスが追い求めたとかいう秘宝クリスタル・スカルと宇宙船が埋まってるとか、それを狙って実は生きていたヒトラーがナチスの科学力を結集した秘密部隊ラストバタリオンが街にやってくるとか…なんやそんなバカ妄想が全部現実になってしまい、裏で糸を引いていたのはクトゥルー神話の邪神ニャルラトホテプなのだった。

道具立ても共通する部分多く、将来の夢がうんたらプレアデス星人がうんたらチャネリングがうんたらみたいなハナシになるが、『UFO学園』の方もやはり将来の夢がプレアデス星人がチャネリングがー! …ってのがキーワードになんである。
UFO業界と電波業界には疎いのでプレアデス星人みたいのがメジャーなのかどうかは知らないが、まだアングラとサブカル趣味の色濃かった頃のアトラスゲーなので電波系の資料を漁ってるウチにオウムの陰に隠れつつも当時から一定の勢力を保っていた幸福の科学と共通するトコに当たってしまったんじゃないだろか。

あるいは意図的にパロディやったんだろか。オウムの暴走からたった数年しか経ってない時代のゲームなのに平気でカルトをネタにしたんなら恐ろしい。
「電波電波電波ァァァァ!」と叫びながら放火と爆破を繰り返す最凶に素敵な狂人キャラが『ペルソナ2』には出てくるが、たぶんモデルは90年代悪趣味界隈のトリックスター・村崎百郎さんとゆーぐらいなので、ありそうな感じではある(そもそもYHVHぶっ殺しに行くゲーム作ってた会社なんだから、エル・カンターレなんて怖くないんだろう)

『ペルソナ2』の方は妄想は妄想だろ、いい加減にしろ的なオトナな展開になるが、言ってみればそれを全部抜いたのが『UFO学園の秘密』であった。
宇宙人にアブダクションされた主人公たちはそこで自分たちが宇宙人の生まれ変わりであると知り、地球への愛と将来の夢と希望に目覚める。
この夢の扱いの違いは結構面白いところで、『ペルソナ2』はカルトに入信してプレアデスが云々とか抜かすようになれば教祖様のお力で夢が叶うのだが、そこで自分の夢を見出せないヤツは影人間とやらにされて誰からも忘れられてしまう。

果たしてそれは如何なモノか? 夢ってそんなに素晴しいものか? 夢とはなんだ、無責任な妄想とどう違うんだ?
前編にあたる『罪』の方で主人公たちを勇気付けてきた「レッツポジティブシンキング!」とゆー言葉は、パラレルワールドを舞台とした後編の『罰』ではカルトの信者がバカみたいに連呼する空虚な呪文ととして描かれる。

『UFO学園の秘密』の主要キャラクターの一人のTシャツに書かれてんのは「ポジティブ!」であり、自信と希望と夢が彼らを救うのだったが、稚拙な脚本とはいえ、そーいった美徳の二面性を暴き出そうとした分だけ『ペルソナ2』は現実に真っ向からぶつかってった真摯な物語であり、ゆーたら「電波電波!」言いながらも村崎百郎さんがスカしきった世の中にカマそうとしたのは実際のところそんなコトだったように思われる。

甘ったれたコトばっか言ってないで現実を見ろよ、とゆー極めて当たり前のコトなんだけど。

http://gunboydx.blog113.fc2.com
http://gunboydx.blog113.fc2.com ユング! ヒトラー! カルトに電波にニャルラトホテプ! まだ反抗期だった頃のアトラスです。

隆法ロジックを除けば普通のアニメに見える、とゆーのは恐らくそのあたりに根ざしており、一見ありえないと見える状況設定やロジックが虚構としての虚構の中にではなく、ヴァーチャルに構築された現実の中にそ知らぬ顔で書き込まれるような物語に俺たちが慣れきってるからじゃなかろーか。
だいたいアニメとか全然観ないから単なる思い付きでしかないが、精緻に描きこまれた日常風景の中にオカシな人物やらなんやが入ってきて、やれ自分は悪魔だロボットだ魔女っ子だと言ったところで、そーかそーゆーものかと主人公も観る方もそのまま受け入れて現実との間に生ずるであろう齟齬や葛藤が一切生じないよーな物語に。
「なんで現代日本に魔女っ子が存在するの?」
「そーゆー作品世界だから! お前ノリ悪ぃな!」
みたいな感じで(余談ながら、『P3』以降のシリーズ作はその路線である)

そんなワケで「私、アブダクションされたの!」「アブダクション!? なんてこった!」みたいなアホ会話が普通に成立してしまう『UFO学園』なのだが、そーゆー作品なんだと普通に受け入れられる下地は充分にあるように思え、実際、幸福の科学側もそれを分かってるから堂々とこの手の布教映画を連発してるんじゃなかろか。
ついでに言えば、『UFO学園』の語り口はたとえば『バケモノの子』みたいなアニメ映画よりも遥かに丁寧であり、異世界の謎生物が何故現れたのか、どのようなロジックでもって行動してるのか、現実にソイツらが現れたらどーなるかみたいなのを一応ロジカルに順序立ててそれなりに細かに描くんである。

「科学」と名乗っているだけあって、劇中でも「宇宙人の存在を否定するなら、その証拠を出して頂きたい! 存在しないと見えるものをアタマから否定するのではなく、それを探求するのが科学的精神ではないでしょうか!」とUFO学の泰斗みたいなキャラクターがそれなりに筋の通った演説をぶつのだが、たとえ詭弁だろうがレトリックだろうがそこらに転がってる「一般的」な物語よりも説得力をソコに感じ、入信する人がいるとゆーのも納得できなくはないハナシである。

え、俺? もちろんバカじゃねーのですよ。
だって破綻してるじゃない。宇宙人がいないと証明できないならいるとも証明できないんだから(量子論がうんたらとかは分からないんでツッコまないでね!)
少なくともエル・カンターレがなんちゃらみたいの言うんだったらそれこそ証拠出せってんだ。科学ゆーなら科学的に検証しろっつの。

…ってナニ当たり前言ってんだだが、あんまり隆法の手腕を褒めてるとステマ信者じゃねーのと疑われかねないんで一応書いとく。
いや手腕に関してはやるなと思うけどね。あんな汚いオッサンが何万何十万だか信者集めてバンバンお布施集めてんだから大したもんです。

http://www.happysciencehk.org
http://www.happysciencehk.org みんなの隆法。なんとなく『せがれいじり』(1999)っぽいデザインです。まさか…それもパクったのか!? パクリ整形? もう何言ってんだか自分でもわからんな。

こないだ読んだ本にこんな一節があった。
「少なくとも中世以来、西洋社会は告白というものを、そこから真理の産出が期待されている主要な儀式の一つに組み入れてきた…真実の告白は、権力による個人の形成という社会的手続きの核心に登場してきたのである」
「(告白の)相手とは、単に問いかけ聴き取る者であるだけではなく、告白を要請し、強要し、評価すると同時に、裁き、罰し、許し、慰め、和解させるために介入してくる裁決機関なのである」
(新潮社刊『性の歴史Ⅰ 知への意志』ミシェル・フーコー著 渡辺守章訳)

幸福の科学はエホバの証人とか創価学会ほどに熱心な勧誘はしてない(映画や動画や書籍といったメディア戦術が基本とゆーのも上手いっすね)と思うので話ズレちゃうが、ドラマとかによく出てくるベタなカルト勧誘決め台詞は「あなたは幸せですか?」なのだった。
アムウェイやってる人にもソレ言われたが(「君は自分にウソついてる! 本当の君は幸せじゃない!」)、ともあれカルト勧誘=問いかけとその答えのジャッジが基本であるってな一般的らしい認識は、俺みたいな人が自分より上にあって自分を屈服させるものとしての権威とか大きな権力をカルトに見ているコトの現われと思え、それが言いようのない恐怖と魅惑に結びついてんじゃねぇのと言えなくも無い。

そこでまた隆法の上手さが際立つ(おいおい…)気がするワケですが、よーするにコイツは古今東西の偉人たちを自分に乗り移らせ、自分の口を通してその偉人に質問者の質問に答えてもらうとゆー茶番イタコショーで人気を集めてるワケで、それってのは見た目のバカさに反して何重もの心理的効果を人に与える高度な手法なんじゃねーか疑惑が俺ん中であんである。

たとえば隆法自身が依り代となるコトはある種の親しみと自己犠牲を感じさせる演出になってるかもしれず、反面で古今東西の偉人を自在に呼び寄せる(演じる)コトで威光を見せ付けているのかもしれず、引用しまくりパッチワークな教義ともどもパロディとしても見えるよーにもなってるかもしれず、そしてまた秘儀を密室に押し込めるのでなくむしろショーアップして衆目に曝すコトによって、少なくとも見た目には権力の臭いを感じさせない、ポップで優しい反権力にすらなってんのかもしれない。
幸福の科学が人を惹きつけるのは権力の魅惑じゃなくて、友達になりたくなっちゃう優しい楽しい魅力である。
(それ言ったらオウムだって最初はそうだが)

すると幸福の科学が科学の仮面を被るときに、その仮面とゆーのは厳かで僅かなミスも許さないコワい仮面でなく、にこやかな仮面なんじゃないかと思えてくる。
(偽装であるとしても)科学的な厳密性で自らの正当性を保証してるんじゃなくて、それこそ『UFO学園』の劇中で清廉さや実直さ、あるいは勇気と紐付けされるカタチで「科学的精神」とやらが語られるよーに、倫理を保証すんのが科学の仮面なんじゃなかろか。

そうであるならロジックがどうとか合理性がどうとか、そんなん問題ではない。単に正直であれば科学である。科学であれば単に正直(であるべき)である。
権力は怖いしウソばっかつくが、科学は優しいしウソつかないからクソ庶民の味方だい! と言わんばかりに思えるが、幸福の科学の信者がソレを科学っぽさと考えるのがアホとかそーゆーハナシでなく、なにかそーゆーイメージは巷間に流布してんじゃないかとゆー気がするぞ。

真面目だけど変人で、権威権力と無縁の正直者の技術者・科学者…とゆーよーな戯画的なイメージをどれほど俺たちは好むコトだろーか。そうであればこそSTAP細胞の一件が、自殺者が出るほどに燃え上がるんじゃなかろーか。
炎上案件とゆーとオリンピックエンブレム問題もあるが、あそこで語られたのが主に不透明な選考過程と癒着疑惑(叩きたい病の人の妄想だと思うが)とゆー権力の問題であるならば、STAP細胞の方はもっと科学者個人の倫理感にスポットが当たってたような気がすんである(※私見)

科学者の倫理問題とゆーのはテクノロジーが肉体と精神を凌駕し侵食しつつあると見られる現代において重要な課題の一つとされるコトもあるが、んなコトばっか言ってると反面で根拠なき科学なき民間科学信仰を強化してしまうコトにもなるんじゃなかろか。
この映画にも出てくるインテリジェント・デザインはタチの悪い疑似科学ではなく、科学のイデオロギー化の当然の帰結に思えなくもない。
高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とはこのコトだ。

http://the-liberty.com
http://the-liberty.com この精神科医は仕事を続けられるのだろうか。むしろ信者が固定客で付くか? まぁ、香山リカみたいのもいるからなんでもいいのか…。

フーコーとかいう人が言う権力はメンドクサイ意味があるらしく、「権力とは、一つの制度でもなく、一つの構造でもない、ある種の人々が持っているある種の力でもない。それは特定の社会において、錯綜した戦略的状況に与えられる名称」(前掲書)だそうですよ、なんでも。
もったいぶった回りくどい書き方に辟易するが、なんかアレだろう、人が二人でもいりゃその間の関係に生ずるのが権力ですよ的なコトだろう。強いヤツが弱い人に一方的に行使する暴力みたいなイメージでなく、二人のスポーツ選手が切磋琢磨してるような相互的・多義的で動的なイメージ、みたいな。

そんなの基礎として規律がなんだパノプティコンがなんだとまたメンドクサイこと言うらしいが、それはさておきで(だって知らないもん)、幸福の科学的なモノとゆーのは動的な関係の解消として、権力の臭いの消臭剤としてあるんじゃかろかと思うところはある。
臭いモノには蓋。とゆーよりたぶん関係の白紙委任なワケで、ミルグラムだったらエージェント状態とか言いそうな自主的な判断と関係の構築の停止状態を求めて隆法とエル・カンターレを頂点とする不動のヒエラルキーが要請されんじゃなかろか(幸福実現党がゴリゴリの保守政党とゆーのは、その意味で当たり前なのだ)
動的だろうが静的だろうが人間関係の解消と意志の放棄は癒しである、は黒沢清の『CURE』(1997)だったが、みんなとにかく関係に疲れてるのだ。

幸福の科学学園が那須の山奥にあるコトは、従って閉鎖的で密接な関係をその構成員に生じさせるとゆー狙いも無いとは思わないが、ストレートに田舎と自然の中で人との繋がりを絶って癒されたいな願望を充足させてくれるための手段とゆー側面が大きいんじゃなかろか。
少なくともこの映画の中の幸福学園はそんな風に描かれるが、なにも幸福の科学が特殊でアレとゆーワケでもなく、同様の思想は最近の癒し系邦画の作家によくよく見られるもんである。

幸福の科学と一緒にすると色んな人が怒ると思うんで名前とか挙げないが、別に特定の誰がとかじゃなく、この種の方々の映画は田舎と自然と不動の人間関係(純愛含む)、それだけで出来てるように思えたりする。
不動の人間関係は美しいもんだろか? いやまぁ人によって見方は色々でしょうが、少なくともこの手の映画では自律的に「絆」と呼ばれるような人間関係が取り結ばれるコトは無いように思え、だからこそ閉鎖的な田舎とゆー地理的条件が要請されてるんだと言えなくもない。

もうメンドウクサイからやっぱり名前挙げちゃうが(あーあ)、細田守や是枝裕和が執拗なまでに田舎の風景を描くとき、カメラに刻々と変化する自然の実相が映し出されるコトはついぞ無いんである(四季の変化はあっても変容や反発の力ではなく、円環の循環リズムとして捉えられてるように思えんのだ)
不変のモノとして措定された自然の背景の中でしょせん自分はちっぽけな人間さと居直り、その地理的条件が決定するところの不動の人間関係を享受しようとする態度は、幸福の科学とどう違うのか?
そしてまた自然が素朴な美や倫理にも結びつくとすれば、それは幸福の科学が科学の仮面を被るのと同様の手法に思えたりもすんである。

『CURE』で恐怖と裏表になっていた関係の解消による癒しは、こうした映画の中でフラットな癒しとして提示されてるように思う。
ところがこれらの映画の言わんとするところは逆であって、都会には繋がりが無いが田舎にはある、繋がりが癒しだ、といったコトを例の田舎風景の中で語るんである。
「現代社会の希薄な人間関係が…」なんてのは物の分かった評論家風情のよく言うコトでもあるが、あたかも関係そのものに反発や相互作用は内在しない、権力は生じないと言わんばかりで、分かりやすい現代批判と見えてせいぜいのところが単なる現状追認に過ぎないんじゃなかろか。

あるいは悪い政治家に苦しめられる良い庶民の自分、みたいなイメージを好むような人たちの逃避的な心性を肯定してやるためのチンケな詐術なワケで、同じような響きの言葉を百も聞くよりは『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ! モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(2001)一本観た方がよっぽどタメになるように思う。
悪の組織が日本を昭和の時代に逆戻りさせてしまおうとするこの映画で、彼らが行ったのは昭和40年代の世界を完璧に再現するコトだった。
しんちゃんのあの汚い絵柄にあってヴァーチャルな昭和世界の夕日町は写実的な筆致で精緻に描き込まれてるが、ハナシの中でオトナたちは癒しと現実の人間関係の忘却を求めて夕日町に殺到するワケで、風景がそのための装置として機能するコトにこの作り手は極めて自覚的であり、また批判の眼差しを持ってたんである(と思う)

つっても『オトナ帝国』にしたって泣けるだなんだと癒し的にフラットに消費される世の中なので、なるほど幸福の科学が流行るワケである。
生命とは動的平衡の状態を言う、なんて言ってる人もおったが、するとこれら諸々の目指すところの動的で相互的な関係の解消は無生物の志向なんだろか。

http://the-liberty.com
http://the-liberty.com そうですか。

なんか映画と全然違うコトばっかりダラダラと書いてるが、どうせ俺の妄想を吐き出すブログならぬゲログなんだから別にいいか。ゲロゲーロ。
とにかくまぁそんなワケで、『UFO学園の秘密』ってな一見どーでもよいと思われる映画でも観てみますと、幸福の科学とはなんぞやみたいの色々見えてくる気がしてくる、妄想もブクブクと湧き上がってくるとゆー、そーゆーワケです。

ほんでまぁなんじゃろね、どんな事柄に関してであれ「現代社会の闇!」とゆーチチンプイプイな切り口で語りたがるメディア関係の人とか基本全部バカにしてるんで似たようなコト言いたくないが、幸福の科学をある種の現代的な(現代固有の、とは思わない)現象と見るコトは可能であろうし、俺たち自身のまぁ少なくとも手鏡ぐらいには見るコトもできるとも思われ、それなりに得るところ無いとは言い切れない。

大衆芸術たる映画は時代を写すにもってこいの鏡でございましょーから、従って二重の意味で『UFO学園の秘密』は現代と俺たちを照射する…とか書くとまかり間違って観に行って「つまんねぇじゃねーか!」と怒る人いるかもしんないので、やっぱそれ以上褒めるのやめる。
(宗教学者の島田裕巳とかもオウム面白いよーって言ってたら、事件発覚後にエライ目に遭ったしな。しかし、オウムを楽しんだのは島田個人だけじゃなくてこの国全体であるとカマしておこう)

あぁでもアレだな、しかしこの映画メチャクチャ大風呂敷広げやがってて、最後で(ネタバレ直前注意! 誰も気にしないと思うが!)悪い宇宙人が化けた中国国家主席が合衆国大統領と悪巧みする「続編に続く!」なシーンが入った時にはおーっ! ってなったね。
なんだなんだ、次は全面核戦争か? すげーなおい、怖いもの知らずだな隆法。
こーなると二作目も観たいが、一作目にも増して観に行くの勇気がいるな…っていうかホントに中国とアメリカ敵に回す全面戦争展開だったら引くよ…さすがに…。

とはいえいくら観に行くの恥ずかしかろうがドン引きしようが、ちゃんと次も観に行きたいと思わせてくれるのは映画としてはエライので、なんですか、予告編とか観ても一片たりとも観たくならない、そして実際観てみるとやはりヤル気が無くてツマンナイとゆーテレビ屋さんの映画とか多いので、そーゆー方々及び立派な映画監督になりたい学生さん(主にクソつまんねぇシリアス一辺倒の自主映画撮ってる意識高い系)とかは是非『UFO学園の秘密』を見習って頂きたいと思いまーす。

…思想をじゃないからな! 映画製作の姿勢をだからな!

【ママー!これ買ってー!】


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隆法VS大作、勝つのはどっちだ! まぁどっちでもいい。
それにしてもこのDVDアマゾンではやたら高い。俺は別にいらないですが、どーしてもDVD欲しい人は学会の総本山・信濃町の本屋さんで安く売ってるそうです。
観たいだけならあのゴテゴテした学会の会館行けばたぶんタダで観せてもらえるよ。勧誘がすげーメンドクサイと思うけど。

(ところで、アマゾンのインスタントビデオでこの映画を検索したら何故か『イーオン・フラックス』(2005)が出てきたのだが! まさかシャーリーズ・セロンは学会員だったのか!? 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は学会員から逃げるセロンの実話か!? イモータン・ジョーは…大作か!? 妄想妄想)

↓その他のヤツ
ペルソナ2 罪
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