映画『ギャラクシー街道』とか観てきたんでギャラクシー感想書く

だいたい予告編の時点で「大丈夫か?」なんであるが、そーゆー意味で言えば予告編から想起されるような寒々しいギャグの連続、みたいな映画じゃないのだ。
なんや一部の阿呆がやれ「観るな!」やれ「最悪だ!」とかしましいので間寛平師匠のギャグを2時間ずっと見せられるよーなルドヴィゴ療法的一本かと思われたが、その強烈な拒絶反応っぷりはギャグの寒さじゃなくてポリティカル・コレクトネスの欠如っぷりに起因するらしいのだった(あとなんでもかんでも叩きたい病)
ワリと、三谷幸喜のクズクズしい人間性が如実に反映されたよーな映画なんである。

そんなワケで『ギャラクシー街道』観てきたんで感想書く。

あらすじ

かつては隆盛を誇ったが、今やすっかり寂れた銀河ハイウェイのギャラクシー街道。
そこに香取慎吾の経営するチェーン店のハンバーガー屋がある。
街道の衰退に伴って客足は激減、カミさんともあんま上手くいってないし、もう店長なんてやめて地球帰ろっかなとか香取は考えていたが、たまたま前の彼女が来店したコトからちょっとした騒動が巻き起こって…。

感想の前に『ギャラクシー街道』の横道に入る

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http://natalie.mu 確かにこの絵面は寒いが、別にソレを前面に打ち出してるワケでもなしに。

ポリティカル・コレクトネス云々と最近はまったくうるさくなったワケで、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)なんてポリコレに配慮してフェミニズムの専門家だかを監修につけたとかゆーとったな、そういや。
それは別にいいが、ポリコレなんてのは一種の自主規制には違いないワケであって、どなた様もご不快なきよう映画を楽しんで頂くために、早いハナシが倫理感かとゆーよりは単に興行的観点から導入された現代のヘイズ・コードっちゅーても別にそんな違わなかろう。
大企業がエコとか貧困者の救済事業に乗り出すのと動機としては同じだこんなもん。

自主規制であるからして、ソレを導入するコトで描けないものだって当然出てくる。
だからポリコレなんてクソだとか撤廃しろだとか全然思わないが、本来こーゆーのは作り手が不承不承ながら導入を許し、受け手も苦々しく受け取る類のもんなんじゃないかと思う。
ポリコレに配慮するのは別に善でも正義でもなく、単に状況に対する受動的な反応なんである。

ところでポリコレを絶対の価値として擁護する連中のもっともらしい言い草は「その女性蔑視とか人種差別とかの要素はその物語の中で固有の意味はあるのか? 無ければカットしても問題ないだろう」ってなもんであり、ほとんど硬直した官僚的思考と同種のもんだ。
こんなのはゲージツ的な感性皆無ですよと告白してんのと変わんないし、その作品を受け取る水準と方向をたった一つに固定しようとする実につまらん考えだ。

意味とゆーのは常に恣意である。アンタにとってその映画のこのシーンやあの描写が物語全体の中で固有の意味を持っていたとしてもだな、そのルールや前提を共有しない土人(ポリコレ的にアウトな表現)に見せたらなんも意味を持たないかもしんないし、まったく別の向きで解釈されるかもしんない。
バカ映画も見方を変えれば感動作で、表面的な差別描写は見方一つでラディカルな批判に反転する可能性がある。

どんな映画であろうがどう受け止めるかは観客の問題であって、従って観客がポリコレの批准を是とすんのは自らの「映画を解釈する」責任であるとか、その映画を受けて行動する一切の責任(極度に人種差別的な映画をネタにして逆に人種差別を批判するとか)放棄しようとする小児的な倒錯だとさえ思うが、いかがでしょーか。

…とこのように『ギャラクシー街道』のポリコレ皆無な作劇を一見擁護してるよーに思えるかもしんないが、単にポリコレの原則論のハナシである。
ポリコレの有無とかあんま関係なく、『ギャラクシー街道』自体は別に大してオモロない。
なにが問題って、そっちのが問題だよッ!

どこがダメなのかダラダラ書く

http://www.cinemacafe.net
http://www.cinemacafe.net TMレボリューションが歌うラストは楽しいとゆーかむしろ寒々しい。

まぁなんつーか散漫なハナシで、最近の三谷幸喜の映画とか観てないから分からんが、『ラヂオの時間』(1997)とかと比べっとダラダラもいーとこなのだった。
狭いハンバーガー屋の店内で何組かの宇宙人のハナシが進んでくワケですが、それがまぁバラバラで全然結びついたりしないで、また平面的な画作りになってんで色んな宇宙人が同じ空間にいるコトの面白味とか基本無い。

その各々のエピソードの繋ぎなんかもあんま上手くいってないように思え、一方の宇宙人のエピソードをダラダラとやった後に別の宇宙人のエピソードをまたダラダラやって、三十分ぐらいして最初のエピソードに戻ってきたと思ったらコイツら相変わらず同じハナシの続きをしてる(その間にお前らずっと待ってたの?)ってなもんなので、なんか歪な構成になっちゃってんのだ。
コレなら同じ演劇的空間に押し込んで処理しないでハンバーガー屋の一週間に起こるちょっとした出来事の数々としてオムニバス的に綴った方が良かったんじゃねぇの?

まぁ寂れた寂れたハンバーガー屋のハナシなんだから弛緩しまくった作りはそれなりに分かるが、そうはいっても盛り上がるトコが全然無いまま急に終わっちゃうんでエー! って感じではあった。

どーゆー風に終わるかってゆーと、こんぐらいネタバレになんないと思うが、それまでずっと喋んなかった半漁宇宙人が唐突に歌いだして終わる。
盛り上がりそーな感じでしょ? でも歌うっていっても宇宙人客がみんな帰っちゃって香取とカミさんの綾瀬はるかしか残ってない店内でのコトだからなぁ。
『THE 有頂天ホテル』(2005)とかアレ、ラストで登場人物がみんなセレモニーホールに集まって、ソコで自信を無くしてた歌手のYOUが歌って終わってたじゃん。
別に『THE 有頂天ホテル』もそんな好きじゃないけど、でもなんか大団円感あるよね。そーゆーのコッチにゃ無かったなぁ。

あぁそんで、例のポリコレ的になにが問題っつーと、まず半漁宇宙人が香取に邪険にされる。
なんつーか、ありていに言っちゃえばコレたぶん韓国人なので(演じるのはTMレボリューション)、韓国人をグチョグチョといつも水が滴ってる半漁人として描いて、香取に邪険にさせたコトがポリコレーな人を刺激しちゃったのかもしれん。

それから、ハンバーガー屋には買春旅行にやってきた日本人もいるが、コイツが買うのがフィリピーナ(演じるのはミラクルひかる)。
「オトウトニモッテッテアゲルヨー」と買春日本人にナゲットを80個買わせるようなあんまカネの無い人だが、その紋切り型の描写がマズかったと思われる。

こーゆーのはしかし韓国人を見た目一つで邪険にする香取のクズさだとか、遥々宇宙まで買春にやってきた日本人のアホさの演出になってるよーに思え、実際は半漁人の韓国人は大人しくてとってもイイ人、フィリピーナの宇宙デリヘル嬢はしたたかで自立した人って風にして、それさえ紋切り型とはいえちゃんと配慮されたキャラクターになってんである。
差別とかそんなん言うのは、あまりに表面的でバカ。風刺の範疇じゃねぇの。

しかしそれとは別に水準で、なにか微妙な話題に触れるときにそのよーに紋切り型でしかキャラクターを描けない三谷さんのいかにも浅い人間観はどーかと思うぞ。
そらまぁ戯画的に誇張された作風なのは分かるが、この人はとくに女性の描き方が毎回ずげー単純でつまんなく、今回もなんや女の人は強い男に付いてくべきであり、女の幸せは結婚である、みたいな童貞感すら醸しだす女性観なんである(結婚と離婚からなんか学ばなかったのかお前は)

いや童貞性が悪いんじゃない。悪いとすれば童貞性を隠そうとしてしらばっくれるトコが悪いのだ!
この映画だって香取が童貞設定で、店員の綾瀬はるかと付き合いたいなーって思ってる人だったら無邪気で良かったのに。
「不快な映画だ!」とゆー観た人の声もあるが、三谷さんの童貞性を預託された香取は映画の中で自身の童貞性を認めようとしない傲慢でイヤなヤツとしてしかたぶん世間一般には受け取られず、その成長とか気付きも描かれないので、確かに童貞に理解の無い人には不快な映画に映るんじゃなかろか。

童貞を認めようとしないコトそこなにより童貞の証である。
その意味で童貞映画としての純度は高い。
みなさん! この映画は宇宙人情喜劇でも宇宙艶笑喜劇でもありません! 宇宙童貞映画なんですよ!

でも別にクソ映画ではないと擁護する

http://www.pretty-online.jp
http://www.pretty-online.jp 梶原善がストーリーの上ではなくて映画の上で大活躍。この人がいなかったら陰気でイヤな映画でしかなかったろうなぁと思う。

とまぁそんな具合なんであった。
んでもね、大してオモロないけど、別につまんないワケじゃなかったよ。
そんなにドカンと笑えるトコないし、といってペーソスとか面白いストーリーがあるかとゆーたら別に無い。
例の散漫な感じもあんので脚本はだいぶ鈍い出来な気がするが、買春日本人とフィリピーナの「性交渉」、クローン遠藤憲一(ココ大笑いだが、こんなんセコイよ!)、使えないウルトラマン…と色んな宇宙人が出てきて、可愛いアニメも入ってきて見た目にソコソコ楽しい映画なのだ。

梶原善のいつもの怪演なんかも全開で面白かったが、それにしても香取慎吾、今更なにをとゆー気もするが、この人上手かったなぁ。
いつもストレス抱えてピリピリしてる役柄なんだけど、もうその佇まいからして不穏感アリアリでいつ爆発すんのかとちょっとドキドキしてしまった。
逆にストレスフル演技が真に迫りすぎて映画の楽しい感じが損なわれてる気もすんので、今度は別の映画でこーゆー香取慎吾観てみたいなぁ。
なんつーか、一番近いのは『フォーリング・ダウン』(1993)のマイケル・ダグラスだ。いやホントあんな感じ。

そういやこの映画、SF映画とかドラマのオマージュやらパロディが結構あるっぽくて、俺マニアじゃないから分かんないすけど、とりあえず『惑星ソラリス』(1972)と『E.T.』(1982)は確認した。
そのあたりも掘ってみると面白いんじゃないの。俺は別にいいけど。

なんつーか、こーゆー話題作は毀誉褒貶激しくて当たり前だが、しかしここぞとばかりに叩くヤツらを見んのはやっぱあんま気分良くないねぇ。
そーゆーヤツらにはマジ言いたいね。お前らこの映画を駄作だ不快だ言ってるけど、ホントの駄作や不快作はこんなもんじゃないからな。

つまり、『ギャラクシー街道』をクソだとゆーヤツはいいから黙って『野良犬はダンスを踊る』(2015)を観て来いと言いたい。
アレに比べりゃ『ギャラクシー街道』なんて映画史上のケッ作レベルだよ!

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ってゆーかむしろ三谷幸喜とか好きなんすけど、初監督の『ラヂオの時間』以外の監督作にはあんま良い思い出がない。
本業じゃないんだし、やっぱ監督やんないで脚本に専念した方がいーんじゃなかろか。
脚本だけやった舞台劇の映画化『12人の優しい日本人』(1991)、『十二人の怒れる男』(1957)のパロディすけど、コレよー出来てて面白かったなぁ。

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まるさ

すげえ、わけわかんねえ。

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