映画『サヨナラの代わりに』の感想と称していちゃもんをつける

『サヨナラの代わりに』は、一流の映画ではない。
この映画を見て泣く人は多いだろう。難病と闘い、前向きに生きている姿を見て心動かされないのは鬼畜だけだ。しかし、それと映画の出来不出来は別の話なのだ。
つまり、もしあなたが好きな人と一緒にこの映画を見たとき、あなたが泣いているのに隣の相手が平然と首をかしげていたとしても、その人が冷徹な人間であるということではないので決して幻滅しないで欲しいのだ。
その人はただ、または俺は、映画そのものに真摯に向き合っている空気の読めないオタクというだけなのだ。
だからみんな、俺のことをもう少し優しい目で見てくれ。

あらすじ。
セレブのケイト(ヒラリー・スワンク)はある日突然、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発病する。
一年半後、ケイトは夫のエヴァン(ジョシュ・デュアメル)が見つけてきた優秀な介護人を勝手に解雇してしまう。
ケイトの不満はエヴァンには理解できず、さらに面接に来た大学生ベック(エミー・ロッサム)はありえなくらい粗野な人物であった…。

上品な雇い主を介護する下品な若者、と聞けば誰もがまず『最強のふたり』(2011)を思い浮かべるだろう。
好きな映画だ。オマール・シーの名前を一発で覚えた。正反対のようなふたりに友情と信頼が作られる過程を存分に見せてくれた。一流の映画と言って良いだろう。

では、『サヨナラの代わりに』はどうだったか。
俺は何故、本作を一流とは思えないのか。

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映画はシャワー室でのラブシーンからはじまる。ケイトとエヴァン、健康で幸せだった頃の描写だ。そこにスタイリッシュにクレジットが出てくる。スタイリッシュとは思ってもなかったので意外だった。
しかし、考えてみれば原題は『You’re Not You』。予想していなかった俺が悪い。
俺はスタイリッシュな画は好きだが、スタイリッシュにこだわりすぎた映画はそのために物語や感情を犠牲にすることがあるので警戒はする。

スタッフクレジットの続く中、場面はケイトの日常から誕生パーティになる。
友人達と楽しそうなケイト。ピアノを演奏中に、指をうまく動かせないことに気づく。痙攣する手。ここでクレジットが終わる。
テンポの良い出だしである。素晴らしい。名作の予感さえしてきた。

そして「1年半後」のテロップを挟み、もう一人の主人公、ベックの出番となる。さあ、ベックはどんな人物か。
目覚めると隣に昨日会ったばかりの男が寝ている、時計を見て大慌て、パンク・ロック風の服装、ダミ声、ボロボロのピックアップトラックを運転して何処かへ急ぐ。

…ちょっと類型的過ぎやしないだろうか? 不安が芽生えた。だがまだ始まったばかりだ。ろくな会話もしていない。なにかを判断するには尚早だ。ここで諦めてしまったら、残りの90分を無為に過ごすことになってしまう。
俺は大人だから、自分をコントロールできる。もう少し我慢してみよう。

そうこうするうちにケイトとエヴァンが、新しい介護士としてベックの面接を始める。大事な交渉の場面である。ケイトが深層で求めているものが示され、その解決に役立つであろうベックの特別な個性の現れが求められる。短く、気の利いた台詞であれば素晴らしい。
しかし、期待は裏切られた。気の利いた会話どころか、まともな交渉すらなされなかった。

ケイトがベックのどこを気に入って、エヴァンの反対を押し切ってまで採用を決めたのか全くわからなかった。
この面接の場面までに、ケイトが前の介護士を解雇した理由は自分を重病人として扱うのが嫌だったからで、夫が話を聞いてくれないことにも不満を持っていることは提示されている。
ではベックは、他のことはいい加減だが人の話を聞くということにだけは特化している人物だろうか。

全くそんなことはなかった。採用後もケイトの要求や説明をまともに聞こうとせず失敗し、あとで友人に「ケイトは口うるさい」などと愚痴を言うような人間だった。

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ケイトも陰気であまり自分を出さないし、ベックには信念がないし、エヴァン役のジョシュ・デュアメルはかっこいい表情を作ることしかしないし、いつしか俺は、この先この映画と仲良くなることはないと思うようになっていた。
残念ながら俺のために作られた映画ではなかったのだ。

なにより合わなかったのは、登場人物をあらかじめ二種類に分けているように感じた点だ。
二種類、つまり主人公の味方か、敵か。
作り手によって味方と決められた者はそれらしいことをしなくても良い人間として扱われるし、敵とされた者はまともなことを言っても悪人として対応される。
偏見と戦っているはずの主人公たちが「セレブ」や「親」というレッテルを貼り、その価値観を疑いも反省もしない。

そんなだから、登場人物のほとんどは劇中の行動に関わらず敵味方の境界を超えることはできない。
唯一できるのがエヴァンだが、かっこいい顔を作っているだけのエヴァンがどうして特別な人間の資格を得たのかは教えてもらえない。

毎日のようにベックから悪口を聞かされていたベックの友人は、ケイトに対して悪い印象を持っていたはずなのに出会った途端に仲良くなる。
「ベックの友人」という既得権益が絶対の力を持っているのだ。監督という権力から与えられたルールに、我々観客は大人しく従うと思われているのだ。ナメやがって。

そんなだから本作には交渉の場面が物足りない。
会話が白熱し、ようやく本題に差し掛かったと思ったらケイトもベックも感情的になって議論を打ち切ってしまう。そして自分の思い込みで結論を出す。
そんな一方的な方法でも彼らが(主にベックは)間違えることはない。いや、俺が納得できなくても映画の中では全面的に肯定される。

何故ならば作者のお気に入りだからだ。

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いろいろ書いているうちに結果として全面否定みたいになってしまったけれど、『サヨナラの代わりに』は駄目な映画ではないですよ。
もし知り合いから上映中の映画で泣けるものをとオーダーされたら本作を即答していいし、その結果めっちゃ感謝されることになる可能性は高いだろう。

『最強のふたり』とは全然方向性が違うし、もし二作を比較してどうこう言う奴がいたら、そいつは本質を見れない知ったかぶりの愚か者だ。
そんなときこそこの映画が役に立つ。

口の両端を精一杯横に広げて、例の作り笑いを浮かべるんだ!

(文・宮本亮)

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主人公の首から下が動かない映画つながり。
大塚明夫の吹き替えが素晴らしい。そのことをどうしても伝えたくて推薦した。
映画としての共通点はそんなにないです。

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ヒラリーくりんとん

どうでもいいけど。

ヒラリースワンクの出世作は、ミリオンダラーベイベーじゃないんだぞぉ!

匿名さん

主人公2人の所謂毒親という、母に対する思いに共通点を感じ進んで行くストーリーだと思った。

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