映画『クロスロード』の主人公の暴言に笑いながら感想書く

『クロスロード』はキャラ萌えの映画だった。主人公、沢田のキャラがいい。彼は本当に嫌な奴で、自分を客観的に見れない愚か者だった。なのに主人公だから主人公らしく振舞う。そのアンバランスさが沢田を目が離せない人物に仕上げている。
愛すべき沢田。憎めない沢田。みんな大好きさわだ。

あらすじ

青年海外協力隊の若者、沢田樹(黒木啓司)、羽村和也(渡辺大)、野村志穂(TAO)の3人が織り成す青春群像劇。

さわだの勘違い野郎!

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https://www.youtube.com/ 人を批判している時の沢田の顔。襟まで立てて、ホント偉そう!

冒頭、外国らしい場所、鉄橋の上に沢田がいる。不意に男が沢田の隣に現れる。何かを渡すように手を伸ばす男。沢田が男に応えようとすると男は忽然と姿を消す。呆然と、しかし何かを理解したような沢田。
男は何者だったのか? 沢田との関係は? こういう場合、男は死んだ人間であることが多い。青年海外協力隊の活動中、沢田に悲しい別れがあったのだろうか? その別れを通じて沢田は人間的に大きな成長を遂げ、やり残した約束を果たしにここに戻って来たのだろうか?

…などといろいろ予想したが、実際は特に何もなかった。たぶん。
たぶん、としたのはこの場面があまりに冒頭すぎて、男の顔をよく覚えていないからだ。羽村だったような気もするし、別の人だったような気もする。でも羽村は死んでいないので、こんな風に現れるいわれはない。
羽村どころか、劇中死んだ人は一人もいない。青年海外協力隊の宣伝映画で、活動中に死者が出るなんて描写が許されるはずはないのだ。
じゃあ一体、アレ、誰だったんだ。めっちゃ気になる。

現在。フリーカメラマンをしている沢田はある朝、電話で起こされる。仕事の依頼である。取材相手の名前を聞いて目を見開く沢田。相手の名前は羽村。「はむら…かずや…!」電話の声も耳に入らなくなるほど驚く沢田。
すさまじい驚きようである。名前を聞いただけでここまでなるとは、余程のことが過去あったに違いない。沢田と羽村、この二人の過去にはいったい何が?
などと考えたものだが、実際は特別なことはなかった。単に懐かしい名前を聞いて驚いただけだった。

そうして映画は沢田と羽村との過去へと進行する。さかのぼること8年前、沢田はグラビアカメラマンの助手として働いていた。ノリノリで水着女の写真を撮りまくるカメラマン(加藤雅也)。そんな上機嫌の師匠に沢田は言う。

「もっと意味のある写真を撮りたいとは思わないんですか?」

はっきり覚えてないが、だいたいこんな意味のセリフだったと思う。俺は衝撃を受けた。全く見当違いかつ上から目線、身の程知らずな発言である。失礼にも程がある。
だいたい、間違っているのはグラビアカメラマンの助手を選んだ沢田であって、カメラマンではない。沢田は「俺は人の心に残る写真を撮りたいんだ」と大層に主張するが、だったら撮ればいいのだ。誰も止めてない。人のしていることを批判する必要なのどないのだ。嫌な奴だ。

さわだの恥知らず!

https://www.youtube.com/
https://www.youtube.com/ パーカーのフードも立てるため、肩の筋肉がすごい奴みたいになっている沢田。

沢田は唐突に青年海外協力隊に参加することにする。海外に行けばいい写真が撮れそうというのが参加の理由だ。浅はかでいい加減な理由に聞こえるが、それゆえにリアリティがある。実際の青年海外協力隊に参加している若者たちに最も多い動機かもしれない。
日本で人生がイマイチうまくいっていない、社会に居場所がない……でも! 発展途上国に行けば! そんな自分でも活躍できるかもしれない! 必要とされるに違いない!
『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』(1981)!

しかし沢田は、訓練中の仲間たちの精神性を否定する。「ボランティアなんて偽善だ」と。
さすが沢田である。自分は出世のために写真を撮ることを目的に参加しているだけのくせに、そうではない他の人たちを根拠なく否定する。
そもそも写真を撮るだけなら自腹で行けばいいのだ。沢田がそうしないのは、おそらく旅費を浮かすためだ。劇中でそう語られたわけではないが、どうも母子家庭で貧乏らしい雰囲気があったのでそう解釈した。
ていうかそう解釈しないと沢田が青年海外協力隊に参加している理由が全くわからないのだ。

沢田はボランティアを憎んでいる。その原因は、今は亡き父親にあるらしい。沢田の父はボランティア好きで、生前積極的に活動していたという。
これはきっと、人のために活動しすぎて家族をないがしろにしたとか、頑張りすぎて体を壊したとか、発展途上国でトラブルに巻き込まれて死んだとかそういうことかと予想したが、全く違っていた。
沢田の父親の死因は、ボランティアに行った帰り道に交通事故にあったことだった。

…ボランティア関係ない。近所散歩してても交通事故にはあう。
さすが沢田である。間違ったことを平然とやってのける。
いや、そうじゃない。間違っていたのは俺の方だった。この映画は青年海外協力隊の宣伝映画なのだ。活動中に死人が出るなんてことが、たとえ映画の中でもあってはならないのだ。

なんだこの壊れまくった映画は!? …面白いじゃねぇか!

http://www49.atwiki.jp
http://www49.atwiki.jp コレです。

晴れて青年海外協力隊となった沢田の派遣先は、金持ちの坊ちゃんに撮影を教えるという個人レッスンのような仕事だった。しかしその仕事も、坊ちゃんが親父のコネでいいところに職が決まったために早々に終わる。以降、沢田に次の仕事が与えられることはなかった。
青年海外協力隊の活動期間は2年間らしい。沢田は1年経たずに仕事が終わってしまったようだったので、残りの期間暇になってしまった。
沢田にとっては願ったり叶ったりである。写真を撮る時間がたっぷりできた。

被写体を探しているとひょんなことから貧乏そうな少年と仲良くなった。少年の村に行ってみると、電気も来ていない貧困の村!
沢田、大喜びである。これこそが俺の求めていたものだと写真を撮りまくる。さすが沢田である。恥を知らない。

沢田には理想としている写真がある。ケビン・カーターの撮った「ハゲワシと少女」という写真である。この写真を巡って沢田と羽村は「撮る前に助けろ(羽村)」「いや写真によって事実が広まる方が大事だ(沢田)」というよくあるどうでもいい議論なをする。

貧乏なところなら良い写真が撮れる! ケビン・カーターがそういう安易な考えに悩み苦しんでいたことなど沢田が気にするはずはない。さらに少年の姉とも知り合い、いい感じに。でもはっきりとした恋愛には発展しない。なぜならば青年海外協力隊の宣伝映画だから、露骨な恋愛禁止。
ほのかな感じ。今はこれが精一杯。

現実を思い知らされるイイ映画なのだった

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https://www.youtube.com/ 沢田を挟んで少年とその姉。血の繋がりがなさそうな外見にリアリティを感じる。

沢田がそんなふうに自分の人生を謳歌している間、羽村と志穂はちゃんと協力隊の活動をしていた。特に羽村は貧乏な村に、現地では高級魚であるどじょうの養殖を提案、実行し軌道に乗せるなど大活躍である。おまけに真面目すぎて自分をさらけ出せなかったのを反省するなど人間的な成長まである。
羽村のパートは良かった。演技もしっかりコントロールされて見ごたえがあった。この羽村のパートがあるから、俺はこの映画の作り手たちに敬意を払っている。多くの制限の中でちゃんとしたものを作ろうという意思を感じた。そして成功もしている。

それなのにこの映画、どうして羽村が主人公ではないのか。それは、沢田のデタラメさの方が面白い、そういう判断があったからだろう。
実際の人生も同じである。真面目にコツコツ働く者より、派手に遊ぶ人気者の方が女にモテる。モテるだけならまだ納得できるが、出世するのも人気者だったりする。
論より証拠、この映画の主役を見ればいい。主人公を演じるのは真面目に俳優一筋だった渡辺大ではなく、EXILEとして人気者の黒木啓司なのだ。
リアリティ。まったく、なんてリアリティだ。

以上のように沢田の魅力で楽しめる映画である。この後も「沢田、刃渡り10センチの刃物を根元まで腹に刺されるの巻」や「沢田、羽村の食の好みにいちゃもんをつけるの巻」や「沢田、所長に写真を返すよう二度催促されるの巻」や「沢田、日焼けのため、壁が発光するほど照明を当てても顔が黒すぎるの巻」など色々ある。
沢田の魅力、皆さんの曇りなき眼(まなこ)で見定めて欲しい。

(文・宮本亮)

【ママー!これ買ってー!】


大長編ドラえもん (Vol.2) のび太の宇宙開拓史(てんとう虫コミックス)

話題に出たので。
俺は原作至上主義者だ。産みの苦しみには格別の評価を与えるべきと考えている。だから漫画の方を推薦する。
日本の映画賞も「脚本賞」と「脚色賞」は区別するべきだ。
(宮本)

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