もやもやアウシュビッツ映画『サウルの息子』観たんで感想書く

ピントがぼやけてなにがなんだか分からないトコにヌッと主人公が現れ、カメラが彼を追いかけていくと列車が到着、大勢の人が降りてきてガヤガヤガヤと物凄い騒音。スタンダード・サイズのうえ、この主人公・サウルをアップで撮り続けるので状況がよく分からない(いやホントは分かって観に行ってますが)。
どこかへ向かう人々に紛れてサウルも歩き出す。背景にチラっと裸で水を浴びる男たちが映る。高圧的なドイツ語が。不安そうな声が。サウルはどっかの建物に入って、中に列車から降りた人々を導く。その落ち窪んだ目に影が落ちる。素晴しい画。やがて建物に入れ終えるとバタンとドアを閉じて、タイトル。

…なんか白々しい書き方なんであるが、つまりそーゆー映画なんであった。これはアウシュビッツ体感映画なんだろうが…しかし『トゥモロー・ワールド』(2006)とか『ゼロ・グラビティ』(2013)みたいのとだいぶ感じ違うのは、題材がそもそも違うじゃんってのは置いといて、あぁいう映画がなにか時間の連続性を重視するような流暢な編集になってんのに対してコチラ『サウルの息子』はぶっきらぼうで連続性をあまり感じさせない編集になってんである。
シーンが断片化されて時間の流れが曖昧なんで、体感、とかリアル、とかゆーよりも悪夢的な印象アリ。なにか、思い出したくないコトを必死に思い出してる時の感覚にも似てる気がするな。汚物や死体が極端にクローズアップされたかと思えば急に後景に退いてボンヤリしか見えなくなったりする。つまりはそーゆー映画なんである。

http://trailers.apple.com
http://trailers.apple.com ワリとずっとこんな画が続くんでとても息苦しい。この映画はスタンダードですが、アスペクト比を利用して息苦しさを演出する、とゆーのはグザヴィエ・ドランの『Mommy マミー』(2015)とかでもやっていた。確かそっちはスタンダードより狭い正方形に近い感じ。

音の使い方が、なんとなくソクーロフで面白い。拡大された環境音をやたら入れたりすんのがソクーロフの映画っつーイメージがあり、コチラ『サウルの息子』はもっともっとノイジーでインダストリアル的に凄惨な音(死体焼く音とか、ガス室に閉じ込められたユダヤの人がドアをドンドン叩く音とか)なんであるが、撮影同様にある音だけが執拗に前に迫ってきて、その他の音はほとんど聴こえなくなってしまう。
なにか、その極端なサウンド・デザインが空間が歪ませる気がし、これまた夢やトラウマの表出の印象を持ってまうが、夢や歪んだ空間とゆーのはやはりソクーロフのテーマの一つであった。

それはさておきストーリーの方に戻ると、収容所に送られたユダヤ人を処理せよと命ぜられた彼自身もユダヤ人のサウルは、精神を自分自身でブチ殺しながら日々送られてきた同胞をガス室に送り込み、その後始末やなんやという最悪の雑事をさせられていた(こーゆー人をゾンダーコマンドというらしい)。
んなある日のこと、彼はガス室で毒ガスを浴びながらも辛うじて息のあった少年を見つける。結局その子は死んじゃったが、なーんも感じないようにしとこ、なーんも考えないようにしとこ、と思っていたはずのサウルはふとこんなコト思うのだ。この子はユダヤの教えに則って正式に埋葬してあげたい…。

ゾンダーコマンドは短い任期が終わると自身も結局ガス室送りになんである。クソ汚れ仕事させられた上にそのうち殺されるコトをゾンダーコマンドの連中はみんなわかってんので、こらもう蜂起するしかねぇ、と息巻いたり以前のサウルのようにセルフ廃人になったりしてんであるが、そんな中でサウルだけは自分のみならず他のゾンダーコマンドを危険に晒してまで少年の埋葬に執着し始める。
少年の遺体を回収する、埋葬のときにお祈りをしてくれるラビを探す、そうこうしてるウチに蜂起計画は着々と進行、刻々とサウル自身の死も迫ってきて…とまぁ、なんかそんな感じ。

なんの映画かとゆーと、償いと祈りの映画であった。ユダヤ教を知らん以上えらそなコトは何一つ言えんが、ゴミみたいに焼却するんじゃなくてちゃんとユダヤ式に埋葬してあげりゃあよう、俺が殺してきたユダヤ人の魂は救われんだよう、いつの日か蘇るに違いないんだよう、だから埋葬してぇんだよ、しなきゃいけねぇんだよ俺はよう! ってゆー映画。で、そのコトはサウル自身の救いにもなんである。
なんだったか、死者のために生者を犠牲にするのか、みたいなセリフあった。埋葬したいしたいゆーて蜂起に積極的に関わろうとしないサウルに武闘派のゾンダーコマンドが言うんであるが、核心なセリフだよなコレ。
一人のために全員を犠牲にするのか、と読み替えるコトができる。更に続ければ、そう語るゾンダーコマンド自身のコトにもなる。お前が生きるために同胞を犠牲にするのか、ってワケだ。なんか、とってもキツイ台詞である。

http://www.hitfix.com
http://www.hitfix.com たとえばこーゆー極限状況になると環境音が極端にアンバランスになる。主人公の精神状態と音がリンクしてたりするみたいな。

はて、サウルの個人的な祈りは成就したのか、とゆーのはラストに関わるから控えるが、なにか、複雑なモノはあるのだ。個は全体に優越すんだろか。そう見ればイイ話みたいに見えるかもしんないが、逆に、ゾンダーコマンドとして同胞を裏切ったコトを肯定するコトになりかねず(といって他に選択肢は無かったが)、その想像を絶する苦痛の中で心が引き裂かれて壊れてまったサウルの苦悩を理解しないコトになりゃせんだろか。
自分勝手な男の話、と見るコトもできる。それは確かにそうだけれども、なんの希望もない中で見知らぬ誰かのために(それは自分のためではあるのだが)祈りを捧げようとする人間をそれだけで片すコトはできるのか?

スバラシイ映画には違いないとは思うのだが、そんな風に、ただ肯定するのも否定するのも気持ち悪いもんが残る、なんというか、だからこそスバラシイとも言えるような、心にシコリがコリコリ残りまくりの映画が『サウルの息子』なのだった。
個人的には個の祈りというか、個の救済は全体の救済に繋がると思いたいもんではあるけどなぁ(この映画のラストは、ちょっとだけそれを信じさせてくれるのだ)

(文・さわだきんたま)

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ウーヴェ・ボル監督作なんであるが、『サウルの息子』みたいな真面目なケッ作に関連してドイツが生んだゴミ映画の帝王、マスター・オブ・エラーことウーヴェ・ボルの映画を貼るなんて! この逆張り中二野郎! …と怒る前に、みんなコレ観よう。
たしかに、別に面白くはない。そしてアウシュビッツの再現映画かと思ったら、再現映画の部分は30分、残りの30分はアウシュビッツについての子供たちへのインタビューの計60分とゆー、見る人が見たらやっぱりボルだなマジふざけんなと怒りそうな物件である。

…だが! だがしかし! コレはやはりボルなりに真摯なアウシュビッツ映画なんだと思いたい! たとえ自分で看守として出演してるとしてもだ!
いやホントにちゃんとした映画なんですよ。そら、脇が甘いとかストーリーないじゃんとか文句言おうと思えばいくらでも言えるがですね、アウシュビッツの一日、ユダヤ人の輸送からガス室送り、その後処理までを淡々と描いて、下手に面白い映画にしなかったのはむしろボルの良心なのだ(たぶんな!)
ガス室から出ようとドンドンとドアを叩くユダヤ人を尻目に世間話やカードゲームに興じる看守たち。そこに微かなブラックユーモアとボルの批判精神を勘違いだとしても感じ取って欲しいボルシュビッツ映画である!(だいたい、ボルはちゃんと面白い映画も撮れる人なのだ。コレは何度でも言っておく)

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