映画『スポットライト 世紀のスクープ』を観てモヤっとした感想(ネタバレなし)

《推定睡眠時間:0分》

アレだな、こんな酷い事件ありました、こんな悪い人たちおりました、その悪い人たちと戦った正義の記者が実際にいたんです! …みたいな映画だったら面白くないどころか若干腹が立つが、『スポットライト 世紀のスクープ』とゆー映画が面白いのは冒頭、レイプ神父の犯罪を知りながらも警官が黙認すっとこから始まるよーに、特定の誰かが悪いってぇんじゃなくこれはなにか構造的な問題だとも見えるよーに描かれてるからなのだった(「システムの問題だ」とのセリフも出てくる。ただし教会の)
映画が進むにつれてレイプ神父スキャンダルはどうもカトリック教会全体に及ぶドエラ規模らしいってコトが分かってくるが、同時に半ば公然の秘密であったことも分かってくる。で、なんでそれに今更スポットライトが当たったかっちゅーと少なくとも映画ん中じゃ何考えてんだか分からんヌボーっとした新局長がボストン・グローブ紙の編集局長に赴任、もっと部数上げようよそうだこの変態神父の記事とかもっと掘り下げられんじゃね、みたいな色気を出したことに端を発すんのだった。
変にドラマチックじゃなくていいよね。中立の視点だ、新聞の映画だし。

そんなワケで『スポットライト 世紀のスクープ』、変態神父の性器のスープ…いやスクープを新聞記者たちが追う実録映画の感想です。

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しかし記者たちがカッコイイが、何がカッコイイってそのお仕事っぷりがカッコよい。こう、とりたてて有能そうな感じとかないが(いや実際はスーパー有能なのかもしれないが)地味ぃな取材調査を地道に淡々と続ける姿はプロフェッショナル。そこがイイ。
マイケル・キートンが変態神父報道のプロジェクトリーダー。生真面目だがちょっと飄々とした感じある。でその部下がレイチェル・マクアダムス、マーク・ラファロ、ブライアン・ダーシー・ジェームズ。
これ面白いな、三者三様のキャラクター。柔のマクアダムスと剛のラファロ、冷静沈着なダーシー・ジェームズ。マクアダムスが被害者に寄り添った丁寧な取材をしたかと思えばラファロはゴリゴリ押してく熱血取材スタイル、んで現場を駆け回る二人をダーシー・ジェームズがオフィスで静かにバックアップとそんな具合。
今風の映画なので誰か能力の飛びぬけた英雄的なキャラクターを配置しない、みんなで協力して何かを成すプロジェクトX形式だったが、ゆーてもラファロの存在感は大きいと思ったな。タクシー運転手上がりの叩き上げ。あの下町人情の滲み出るオールドスクールなオッサンがおらんかったらちょっと映画として面白味がない。やっぱこう、ジャーナリスト映画なんだから背広の似合わない暑苦しい記者が怒鳴る姿が見たい(そして後半でちゃんと見れる)

プロジェクトX形式であるからしてこのプロジェクトチームの面々の取材過程と並行して編集局長のマーティ・バロン、部長のベン・ブラッドリーJr、ほんでマイケル・キートンの編集方針を巡る対立であるとかカトリック教会からの圧力なんかも描かれたりする。
畢竟、登場人物多し。そのうえ物凄い量のセリフのやりとりが続くので大筋は分かるが細部を追うのはちょっと難儀。まぁ、とにかく大変なことになってるんだろう! ぐらいの感じでボンヤリ見てたが、それでも面白かったんできっとよく整理された丁寧な作りになってるってことだろう。
たぶん基になった記事の連載は本になってると思うんで併せて読んだらもっと面白いかもしんない。

だいたい、こーゆー映画を観て俺が不満に思うことは完全にパターン化されてんので書いても面白くもなんともないが(ペッパーくんの方が面白い文句言うだろう)、はぁよく出来てますね、でもこれは配慮が行き届きすぎだろうもっとメチャクチャやってくれよ! とかつまりはそーゆーことである。
これは教会のみならずカトリック圏の社会構造の問題である、とギリギリまで迫っといて答えは出そうとしない。中立の視点か。被害者感情とか係争中の事案を考慮してか個々の事件の詳細には立ち入らない。中立の視点か。人間の業を炙り出すよーな話なのにまぁ犯罪は犯罪だけど色んな嗜好を持った人間が世の中にはいますよね、だから悪いのは一人一人の神父じゃなくて口封じをしたお偉いさんだよねと言って済ませてしまう。…って中立が過ぎるだろう! 教会の首根っこを押さえるネタを掴んで社に急ぐマーク・ラファロが乗ったタクシーが法定速度をちゃんと守ってゆっくり走るとか、真面目過ぎるよこの映画! そこは映画なんだから信号無視して突っ走ったりしてくれてもいいだろ!

いやまぁそりゃあさぁ、実話だしさぁ、センシティブな題材だしさぁってのは分かるけどさぁ…だってホラたとえば、神父さんが少年ばっか狙って変態行為してたワケでしょ。その生々しい被害を直に聞いて直に伝えてたわけでしょこの記者さんたちは。社内でも社外でもなんでもいいがどっかでゲイ気持ち悪い! みたいな憎悪の声に触れてもおかしくないじゃない。いや別にそれが正しいとは思わんが、そーゆー正しくない反応も現実にはあるだろそりゃ。

アレだ、いつも冷静で感情を表に出さないダーシー・ジェームズがどうも近所に住んでる神父が変態野郎らしいってことを知って子供たちにその家に近づかないように張り紙を書くシーンがある。でもこの時点ではその神父が変態野郎だって確証はないんだよ。かもしれないってだけ。それでもダーシー・ジェームズはあの家に近づくなって書かずにはいられない。
これは倫理的に微妙なとこあるだろ。ちょっと危ういだろ。だってその神父が実は変態野郎じゃなくて、それで子供たちからどうもあの神父さん変態らしいよって噂が近所に伝わって村八分になって鬱になってその親族まで被害を被る可能性も無くはないんだから(少なくとも映画の中においては)

このシーンなんか映画ん中じゃサラっと流されちゃうが、その報道する側の功罪には踏み込まなくてもいいのかよみたいな、あるいは報道を受けた側のリアルな反応は全然描かなくてもいいのかよみたいな、なんかそーゆーとこある。
政治的な中立性を保とう保とうとしてる映画らしいが、中立であろうとすることが市井のリアルを覆い隠すことと同義であるとすれば、変態神父の犯罪をひた隠しにしてきたカトリック教会とやってることの方向性においてさして違いはないんじゃないかとすら思うぞちょっと。

なんだかんだ言いつつ二時間飽きずに観ちゃったんで面白かったは面白かったが、実際に事件を明るみに出した記者さんたちはスゴイなぁとも思うが、そんなワケでなんかモヤっとしたもんが残る映画だったなこれは…。

(文・さわだきんたま)

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しかし記者の視点からの実録映画で記者の功罪を云々とゆーのはディズニーアニメにベッドシーンを入れろと言うようなもんでそりゃあ無理だろうっつかだったら違う映画観ろよバカとも思ったりするが、いや俺が言いたいのは中立であり得ないものをさも中立であるかのよーに描く姿勢が不誠実じゃないかとそーゆーことで…でもまぁ真実を求めてひた走る新聞記者の姿は超カッコイイんだから別にいいか!

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