アニマル(で俺の脳内が)パニック映画『ズートピア』が面白すぎた感想(ネタバレなし)

《推定睡眠時間:0分》

汚ねぇことしやがってこのキツネ野郎! なに動物いっぱい? ふわふわ毛並みの動物さんたちの世界の話? 面白いに決まってんだろ!
ちょろい商売だよなぁ! ウサギさんキツネさんゾウさんネズミさん出してりゃいいんだもんなぁ! それでガキども騙せんだもんなぁ!
ふざけんじゃねぇバカヤロー! 俺は騙されねぇからな! なぁにがウサギだ! キツネだ! 動物の世界だ! そんなもんでお前…モフモフ…モフモフ…モフモフ!
かわいいぃぃぃぃおもしろぉぉぉぉうわぁぁぁぁ!

そんなワケでディズニーの新しい映画『ズートピア』にいいように手玉、いや毛玉に取られた感想です。にゃんにゃん!(※ネコは出てこない)

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ほんで、動物さんがいっぱい出てきて可愛いなぁ可愛いなぁ触りたいなぁと思ってたらこれは人種に関する寓話をハメットとかチャンドラーみたいなハードボイルドの枠組みに押し込み、バディものの語り口でとゆーよーな案外可愛くないお話の映画なのだった。
進化して直立歩行と言葉を獲得した動物たちの街ズートピア。あんな動物こんな動物が共存し誰もが夢を叶えることができると囁かれる楽園にはしかし裏の顔があったのだ。ズートピア警察初のウサギ警官はチンケなキツネ詐欺師と共に誘拐事件を追ううちに街のダークサイドに足を踏み入れ…とそんな感じ。
『ブラックサッド 黒猫探偵』なる現代社会(70年代ぐらいだっただろか)の人間を動物に置き換えた風刺ハードボイルド漫画があったが、あぁいうテイストに近いかもしんない。

それにしてもあのキツネ野郎サイコーだな。世を拗ねた目つきとかたまらんわ。サイコーといえばネズミのマーロン…いや観てない人のために詳細伏せとくが、あれ良かったな。
おもしろいよねキャラクター。ステレオタイプいけないっすよってゆーそれ『動物農場』ディスってんのみたいな教育的映画なんだけど、なるほどって感じある。キツネが安い犯罪者、なるほど。狼が見張り番、確かに。シロクマがギャングの構成員…ピッタリだ! ピッタリか? いやピッタリです。ジャージを着たシロクマギャングの説得力ハンパなし(ここ笑える)
そーゆーステレオタイプを散々見せといて全部ひっくり返してく。人は見た目じゃありませんよ出自とか関係ありませんよと言う。上手い作りだなぁ。擬人化されてるとはいえ動物のフォルムまんまなんだけどあぁこーゆー顔の人いるなっつー表情も絶妙だよこりゃ。

あとやっぱ手が込んでるよな。ズートピアはキリンからレミングまで平等に暮らせるようユニバーサルデザインになっていて、どうやってキリンがレミングのお店利用すんのみたいな問いの答えを次から次へと見せてくれる。
この動物だったらこんな設備必要だろう、こんな行動取るだろうっての考えまくったんだろなぁ。もう、いちいち面白いね。ゾウのアイス屋が鼻でアイスを掬ってると「食品衛生法違反です!」。ははは。
ウサギ警官の持ってるアップルならぬキャロットのスマートフォン、ほらそーゆー小ネタをこれ見よがしに出してくるウゼェ映画あるじゃん。でもこれ違うんだなぁ。キャロットのスマートフォンをほんの一瞬画面に出すだけで押し付けがましくないの。ほんでそーゆー風刺とかパロディの小ネタが画面いっぱいに頭からケツまでずーっと仕込まれてんの。おもろー。

そうそう、体高によって絵のタッチが違うってのも。大型肉食獣の車は人間の車と大差ないがネズミの車はブリキのオモチャみたいだったりと…とにかく作り込みがスゴイなこれは。
あーおもしろいおもしろい。おもしろいぞズートピア!

ところで動物たちの共存するユートピアとゆーとアレだろう、映画ドラえもんがあるな映画ドラえもんが! 『のび太とアニマル惑星』(1990)が!
アッチはほら人間に絶望した科学者が動物を進化させて、そんで人間のいない共存共栄の平和な社会を築いた後世の進化動物さんたちがその科学者を神として崇めてる世界の話だった。そういえば『ズートピア』の動物さんたちはどんな進化の歴史を辿ってきたんだろう? 冒頭でちょっと触れるだけで後は既成事実になってまうが。

そこでボンヤリ思ったが、これは別にお子様向けのディズニーアニメなのであーだこーだ言っても仕方がないが、リベラルなお話なんであって政治的な配慮が行き届いているが故の政治性とゆーものがある。
なにか透明な多文化主義のよーなものを想定してる映画で、そのために政治的に周到に排除されてるものがあると感じるが、なにかと言えば宗教なのだった。
ウサギ警官の実家はド田舎の農家なんだから家に聖書の一冊でも置いてあっても良さそうな気もするが、キリスト教を連想させるよーな描写は一切ない(それもまたステレオタイプだが!)

映画ドラえもんで言えば『のび太とアニマル惑星』以降は文明の衝突と神の問題が複線的な歴史観に基づいて度々俎上に上がり『のび太の創生日記』(1995)で一応の完成を見るが、そこでどのよーなビジョンが展開されるかと言えば我々は対立を調停するものとしての唯一神を失った、その失われた神が各々の文化圏で神話として再生されることで諸民族は国家として統合されるが、このように正当化された民族統合はいずれファシズムの様相を呈するとなにかそんなよーなことなのだった。
映画ドラえもんでは多文化主義の理念の根幹に唯一神の観念と神話が置かれていて、その普遍化は一種の侵略であり宗教戦争であると見なされている。『のび太と雲の王国』(1992)では天上連邦なる超高度文明が乱獲と自然破壊によって危機に瀕した動物たちを救うべくノア計画と称して地上人の一掃を図るが、様々な人種が入り乱れる社会構造を持ち共生を訴える彼らはただ強固な神話によって組織されてたんであった(捕虜となったしずかちゃんたちが天上連邦にまず見せられるのは天上連邦の成立に関する神話ミュージカルなのだ)

どうやっても共生できそうにない多種多様な動物たちがどのよーに一つの価値観に統合されるかとゆーと『ズートピア』ではガゼルなるポップアイコン(声はシャキーラ)によって統合される。さぁみんな踊りましょう歌いましょうといってラストは登場人物みんなでガゼルのライブに押し寄せてハッピーエンド。
あぁアメリカ映画的だなぁディズニー的だなぁ。偉大なる歌手の歌でバラバラになったアメリカを一つに。ズートピア中央駅を出ると大きな街頭スクリーンの中のガゼルが出迎えてくれるが、街中に溢れるガゼルのイメージは『動物農場』ならぬ『1984年』をむしろ連想させてくれる。
あるいはズートピアは夢が叶う場所であるからしてアメリカン・ドリームが話の軸になってるが、ここでは華々しいショービジネスとアメリカン・ドリームに神話の残響があるんじゃなかろか。そもそもハリウッド映画は神話として構造化された、神話を持たざる国の神話であった(それを「深み」として受け取る人もいる)

こんだけ入念に作り込まれた映画なので作り手がそのことに無自覚はワケはないと思うが、アメリカ的多文化主義を支えるショービズとアメリカン・ドリームの宗教性やその反作用といったものは描かれたりしない。我々の文化は無添加無農薬で安全ですと言うが如し。アメリカの映画とか音楽って世界中のみんなが好きなんでしょ? と言わんばかりの傲慢さも感じなくはない。
こういうお話であるならガゼルが大嫌いだったりガゼルに蹴落とされて夢破れた人(動物)も描くべきだったんじゃないかと思うが、そんなことしたらユートピア幻想が崩れてまうってことに気付かないほどこのスーパープロな作り手はアホじゃないだろたぶん。一方で宗教と神話の臭いを元から脱臭しつつもその諸相はショービズとアメリカン・ドリームにこっそり移し変えられている。

こーゆーあたり、ちょっとセコイ作りな感じある。いや子供向けなんだから目くじら立てんなよ死ねゴミと思うが、グローバルな子供向けアニメでそーゆーことやるのが逆にセコイ、嫌らしい。果たしてディズニーが嫌らしくないアニメなど作ったことがあったかと言われれば困るが…!

しかし姑息な映画だなとは思ったがサイコーに面白いので宗教がうんたらとか実はどうでも良かったりする。
シナリオは詰め込み過ぎで逆に展開が平坦とゆーよーな気もするが、例のデジタル機器(ネタバレになるから書けない)を多用し過ぎて工夫がねぇなともちょっと思うが、こーゆーのも単に最近の潮流に乗っただけだと思うのでどうでもよろしい。
レミング銀行員の群れとナマケモノのくだりだけでも面白すぎ、いやそれどころかエキストラ的なライオンの若者が歩きスマホしてるだけでもお腹いっぱい。
こらぁもう細かいことはどうでもいい出来すぎた映画だな…出来すぎててやっぱセコイけどもう一回観たいぞチクショー!

(文・さわだきんたま)

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旧映画ドラえもん後期の『アニマル惑星』『雲の王国』『創生日記』は三部作みたいなもんなので全部続けて観た方が面白いが、単品で観てよくできてるなぁ面白いなぁと思うのはやっぱ『アニマル惑星』だな。
宇宙の果てにあったもう一つの『ズートピア』。意外と、被害者意識と先入観の恐ろしさみたいなとこで共通したりもするなこれは。

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