映画感想『キングコング 髑髏島の巨神』&『SING/シング』

ポスターからして『地獄の黙示録』オマージュがモロ出しのキングコング2017なんですが。ちょうど、『オン・ザ・マップ』という地図史の本を読んでいたら。『地獄の黙示録』の元ネタで新コングも孫引きしているジョセフ・コンラッドの『闇の奥』に触れている箇所に当たる。
謎と魅惑に満ちていたアフリカ大陸が隅々まで地図化されてしまったことを嘆くセリフが引用され、地図化と軌を一にする植民地化の暗黒史へと話は続くのですがどういう文脈でというとこれが、18~19世紀のアフリカ大陸地図に描かれていた幻の超巨大山脈〝コング山脈”について書かれる中で。

測量の不足はワイルドな想像で補ってしまえ式のロマン溢れる地図作製法によって生み出されやがて植民地主義によって姿を消したコング山脈と、キングコング…ちなみにコングの後には『SING/シング』をハシゴしたのですがコング山脈と地図の上で接続されていたのがこちらも壮大な願望と憶測が生んでしまったムーン山脈という空想山地だそうで。
『シング』の主人公たる夢に生きる劇場支配人(コアラ)の名はバスター・ムーンといったが、この映画でシンボリックな役割を果たしていたアイテムは滅びゆくボロ劇場のペーパー・ムーンだ…!

だからなんだとか言わないでこういう因果は積極的に汲み取っていきたいシングコングの感想です。

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『キングコング 髑髏島の巨神』

《推定睡眠時間:15分》

まずたのしいのは怪獣が一匹ではない! コング! ドクロ蜥蜴! おおきな蜘蛛! おおきな蛸! おおきな山羊! なんかよくわからないけど危険そうな羽虫!
怪獣いっぱい! 怪獣でかい! 怪獣あぶない! 怪獣でかい! 人間ごときおもちゃみたいにぶちぶち潰され引き裂かれていきますよ! ちょっと木陰に入ったら変なのに刺されて死ぬよ! おい人間ども! これが髑髏島の法律だ!
たのしい、たのしい。実は初めてのキングコング。たのしくてよかったです。

あのでも今度のコング。前までのコングは誰かが童貞と呼んでいたが。中年でしたね。いや中年と童貞は別に矛盾しないが。このコングは童貞だとしても素人童貞だろう。トラック野郎の桃さんみたいな。
コングの演技は最高に素晴らしかった…身のこなしの端々から漂う重量感…この重さは量的なものでは断じてない。これは質的な重さだ。

髑髏島では人類は最弱。つまり我々は蚊の如し存在。まさに一世を風靡したバ蚊ゲー『蚊』のようにコングの髑髏島生活を観察するしかない。
そこで我々が目にするものはなにか。独り言で罵りながら不快害虫の処理に追われるコング。風呂に入りながらままならない人生に思わず溜め息を漏らしてしまうコング。ゲソが落ちているのを見つけて勿体ないからつい食べてしまうコング…こんなにも生活の重さを背負ったコングが他にいただろうかいや初めて見たんですけどキングコング。

生活。それが今度のキングコングの核心だったように思う。平凡な生活を恐れるあまりコング討伐に執念を燃やす人間、失われた平凡な生活の記憶を糧に地獄で生き続ける人間、そしてただ平凡な生活を守りたいだけのコング…国家の都合に生活を奪われた者どもが、己の居場所を求めて激突する!
居場所を求める闘いはベトナム戦争・ベトナム帰還兵映画が繰り返し描いてきたもの。『地獄の黙示録』を引用した所以なんだろうな。

これはアツい。アツすぎる。これは泣ける。泣けすぎる。そしてフルスロットルな豪快アクションにめっちゃ笑う…!
ただ一点悔やまれるのは! 最終決戦の直前で疲れて寝てしまったから誰が勝ったのかよくわからないことだな…でも最高!

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『SING/シング』

《推定睡眠時間:0分》

動物いっぱい、生活たいへん、そしてどちらにもジョン・C・ライリーが出演している…まるで姉妹編のような映画だな『キングコング』と『シング』は!
だからなんなの! 知るか! 連想を続けよう! 姉妹編ときた! 姉妹! そして歌の映画である! 歌! 姉妹と歌! ジョン・C・ライリー!

取り壊しの決まった老舗劇場で行われる音楽ラジオショウ最後の公開生中継、ロバート・アルトマンの遺作『今宵、フィッツジェラルド劇場で』に何組か出てくるカントリー・ユニットの中に姉妹デュオとジョン・C・ライリーがいる。
『シング』がどういうお話かというと、潰れかけの劇場の立て直しを図って歌謡コンテストを企画した支配人コアラ。そしたら想像を遥かに超えるのど自慢動物が集まって…まぁとにかく毎日の生活に満たされないものを感じる素人動物たちがショウに向けて頑張る。

頑張るつーてもスポ根的なノリがないからこういうのは良いなぁと思う。努力と根性より楽しく歌うことが大事。日常生活の軛から自分を解き放ってみるのが大事。みんなでショウを目指すがみんなのためにショウを目指してるんじゃない。
仲間が絆がの人情に流れない、一致団結なんてしない。クズなやつは最後までクズだしウゼェやつは最後までウゼェのあけすけドライな人間観が痛快だったがそんなやつらを結びつける「うた」と「ショウ」の緩い紐帯は感動的だったなぁというのは『シング』にも『今宵、フィッツジェラルド劇場で』にも思うことですが。

時代遅れのオッサンとショウが結びつける不器用人間たちの輪、の構図からポルノ業界哀歌『ブギーナイツ』の記憶も呼び出される。基本的な物語構造は『シング』も『ブギーナイツ』も同じようなものだよね。その場合スター願望のある素人さんたちを招集するコアラのポジションがバート・レイノルズになってしまうが大したことじゃない。『シング』の主役級歌い手はゴリラですが『ブギーナイツ』の主役はハリウッドゴリラのマーク・ウォルバーグです。同じじゃないですか!

そして『ブギーナイツ』でポルノ男優だったのはまたしてもジョン・C・ライリーだ…ゴリラとかショウとか縁がありすぎなんじゃないのか…!
『ブギーナイツ』のポール・トーマス・アンダーソン監督はよっぽどこの顔に惚れているらしいので長編デビューの『ハードエイト』でもこんなへちゃむくれを主役に据える。ラスベガスのギャンブラー師弟の映画だったが、ギャンブラーは父親がギャンブル好きだったアルトマンの主要なモチーフなわけで、アルトマンの背中を追うアンダーソンはそこから歩みを始めて『今宵、フィッツジェラルド劇場で』の現場に顔を覗かせることになる。
アルトマンとアンダーソンの橋渡し役がジョン・C・ライリーと言っても過言ではない。アルトマンも、やはりゴリラ属に分類される顔面類型ではないだろうか…。

アンダーソンが度々参照していると思われるアルトマンの代表的一本『ナッシュビル』、カントリーフェスに集まった24人くらいの織り成す主役不在の音楽群像劇は混乱の頂点で放たれる「it don’t worry me」のうたで幕を閉じるが、そのときステージに立っていたのはうたが好きでショウが好きでいつか歌手になりたいと思っていたが誰にも相手にされることのなかった名も無き誰か。
その誰かが「it don’t worry me」と歌って、カントリーフェスを襲った予期せぬ悲劇にうろたえるばかりだった人々はいつしか手拍子をしていた。

『シング』のラストを飾る素人動物愚連隊のショウを見ながら俺が思い浮かべていたのはこの一幕で、うたの力とショウの力に、というかうたとショウであらゆるネガティブに抗おうとする意志にダダ泣きはおろかバイブレーション止まらずという具合だからこんな平凡なお気楽アニメでその反応はねぇだろ…とは思うが『ナッシュビル』が凡庸人大集合映画だったように凡庸を描いた凡庸な映画だからこそ、うたとショウの信仰が真実味を帯びて感動的に映るというのはあるんじゃないすかねやっぱ。

うたと笑いとアクションいっぱいで2時間以内、映画は小難しいこと言わず楽しくあるべしなこのイルミネーションというスタジオのアニメが最近は一番響くようになってしまったな…最高!

【ママー!これ買ってー!】


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『ズートピア』の動物ニューヨークは体躯の違う動物が一緒に暮らせるようにバリアフリーが徹底されていたが『シング』の動物サンフランシスコはまったく一切微塵も少なくとも建築上はバリアフリーになっておらず『ズートピア』では居住区や通路が分かれているため未然に防がれていた大きな動物がつい誤って小動物を踏み殺す的な事故が頻発している。

セレブ歌手のアリーナライブで盛り上がる映画と素人が無許可で設えた野外ライブで盛り上がる映画。ウサギ警官とゴリラ強盗。この嫌がらせのような双対性はいったい…相補的に見たらいいのかもしれないなこういうのは。共生と共存みたいな感じで。

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