映画感想:『イップ・マン 継承』『午後8時の訪問者』

たたかう映画の感想2本立て。マイク・タイソンと、苦しい生活と、自分自身と、そして見てるこっちは睡魔とたたかった2本立て。ドニー・イェン入魂の『イップ・マン』シリーズ最新作『イップ・マン 継承』と貧困層の若者が職安帰りにコンビニで万引きするような映画ばかり撮り続けているダルデンヌ兄弟監督の『午後8時の訪問者』です。
なんて共通項とか全然なさそうな2本。でも根底にアメリカ映画的なファイティング・スピリットとヒューマニズムが流れているようなところでちょっと近いものを感じておもしろいかったですねなんか。

『イップ・マン 継承』

《推定睡眠時間:15分》

前作の最後に少年時代のブルース・リーが出てきて、その時点ではシリーズ完結のつもりだったと思われるのでたいへんキマった幕引きになっていたのですが、結局作られてしまった更なる続編はおとなに成長したブルース・リー(チャン・クォックワン)がイップ・マン(ドニー・イェン)を再訪するところから始まる。
ブルース・リーで時間経過の表現! こんな贅沢なブルース・リーの使い方はほかに無いと思うが(サモ・ハンが怒るぞ!)否応なしに期待値が限界を突破するマイク・タイソンVSドニー・イェンのドリームマッチも実は! …エキシビション!
ブルース・リーとマイク・タイソンを前座にするつーんだからなんというか盆と正月が一緒に来てしまったような感じだ。2人を差し置いてのラスボスは『ドラゴン×マッハ』の最強監獄長マックス・チャンなので更にクリスマスも来てその勢いで年を越してしまった。あけましておめでとうございマックス! おめでたい映画です。

でもおめでたいはおめでたいが最初の方でぶっちゃけなんだこんなもんかよ感はあった。激動の時代を拳で切り開いていった前2作と違ってイップ・マン平穏な生活を手にしちゃったんである。良いことかもしれないが。それは良いことかもしれないが。…盛り上がんないじゃん映画として。
地元ギャング集団とのバトル。それ『イップ・マン 葉門』で見た。マイク・タイソンとのカンフー対ボクシング異種格闘技戦。それも『葉門』で見たしシリーズ1作目『イップ・マン 序章』での池内博之とのバトルの方が異種格闘の本気度は遥かに高かった…。
つまりこう言ってよい。イップ・マンいやドニー・イェンの目から、ハングリー精神が消えてしまった。『序章』から十年弱。その間にスターウォーズにも出たしヴィン・ディーゼルとも仕事をした。もう香港ローカルじゃない。世界的アクションスターだ。その名声と引き換えにしかしドニーはなにかを失ってしまったんである…。

この構図はどこかで見たことがある。そうだこれは…ふ抜けたイップ・マン/ドニーに“虎の目”をした新人が挑戦状を叩きつけるこの光景は…『ロッキー3』だ! それに自宅で虎を飼っているマイク・タイソンとの異種格闘技戦は…まるで『ロッキー4』のドラコ/ドルフ・ラングレン戦じゃないか!
得心した。『イップ・マン 継承』はドニーにとっての『ロッキー3・4・5』だったんである。しれっと『5』が入ってきているのは中盤から終盤にかけてのドラマに共通するものがあったからから。そのへんネタバレになるから書きませんがロッキー/スタローンとイップ・マン/ドニーの辿った道はどこか重なって、更にはそこから『ロッキー・ザ・ファイナル』にマイク・タイソンがカメオ出演していた事実に、シリーズ最新作にして新章突入の『クリード チャンプを継ぐ男』のテーマがまさに“継承”だったことに思考を泳がせることもできるんである…。

なにそれは褒めてるの貶してるのって感じですが1作目は言うに及ばず『ロッキー』シリーズはすべてがすべてマスターピースです。もうそれ以上は言わないでも分かるな! 『イップ・マン 継承』、魂の大傑作!(言ってるじゃん)

『午後8時の訪問者』

《推定睡眠時間:0分》

ダルデンヌ兄弟の労働者つらいシリーズ第二弾。前の『サンドラの週末』は雀涙ボーナスと引き換えに人身御供と書いてリストラと読むに処されたおんな工場ワーカーが同僚宅を次々襲撃していくさそり的リベンジ・アクション(※)だったので今度は襲撃された側だってつらいという姉妹編みたいなハードボイルド。
診察時間を過ぎてからクリニックにやってきた訳ありぽい女の人を追い返したら後日死体で見つかっちゃっておんなドクターすごいショック。その死体身元不明で誰も引き取りにこないんで更にショック。ていうわけで責任を感じたおんなドクターが身元調査に乗り出したところなにやら暗黒街案件の気配が漂ってきちゃうのだった。うーん、ハードボイルド。

それにしても。暗黒街案件ではあるが恐いのはむしろ恐い人ではないというのがこわい。過重労働に心身ともにざっくり削り取られたオフの時間帯にこども患者の様態激変の電話。おんなドクターが駆けつけるとそこにはサプライズプレゼント(先生大好きの歌)を用意したこども患者の姿が。どっきりだったのだ。
カメラ、こども患者を微動だにせず見つめるおんなドクターを背後から捉える。めっちゃこわい。めっちゃ嫌な汗でる。幸いにも惨事にはならなかったが今にもおんなドクターが疲労と怒りを爆発させるんじゃないかとドキドキだったよね…恐いのは恐い人よりも生活に疲れた普通の人っすよ…。

なんかそういう場面ばっかだったな。とりあえず診察がてらに亡くなった女性を知らんか聞いてみたりするおんなドクター。だが日ごろ先生先生ありがてぇと慕ってくる顔馴染みの貧乏患者どももなにか面倒に巻き込まれそうだと知るや態度を一変。さんざん世話になってるくせに変なこと嗅ぎまわるじゃねぇぞこの野郎ぐらいな勢いで凄んでくるやつも出てくる始末。
追い払った午後8時の訪問者を追ううちにおんなドクター自身が午後8時の望まれぬ訪問者になってしまった。で、生活に追われて他人を顧みない人々の表情に彼女は彼女自身を見出すってわけですね。
いやぁ! 身につまされるねぇ! 今回も身につませてくるねぇダルデンヌ! つらいたいへんつらい! つらいぶんだけ一応、ささやかな普通の人の善意に泣ける映画ではあるのだけれども。

ところで『サンドラの週末』に感じたアクション感の正体が公開時にはいまいち掴めなかったのですがこれ見てハタと思い当たった。あれ『真昼の決闘』だ。共闘者を求めて知り合いを訪ね歩くところがおなじ。終盤でおんな工場労働者が上司と対峙するシーンの絵面、銃こそ出てこないけど西部劇の決闘だよね。あぁなんかすっきりした。
『午後8時の訪問者』の方は典型的なハードボイルドなわけだからアメリカ映画的なものの再構築が最近のダルデンヌ兄弟のテーマなのかもしれない。意外。

【ママー!これ買ってー!】


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以上の感想からキーワードを抽出すると「スタローン」「ハードボイルド」「ロッキー」「西部劇」「スタローン」「生活苦」「スタローン」のようになるが、そのすべてを完璧に満たす映画といえば『刑事ジョー/ママにお手上げ』を超えてスタローン史上最弱候補のスタローンが出てくる『コップランド』である。
『イップ・マン』とも『午後8時の訪問者』ともまるで関係ない。それにキーワードの抽出法があまりにも恣意的すぎる。たしかにそのとおりですが『コップランド』めちゃくちゃおもしろいからうるせぇいいから黙って見ろ。

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