松本人志から考える映画『美しい星』感想文(ネタバレないです)

《推定睡眠時間:0分》

原作・三島由紀夫とのことですが三島は読んだことが無いのでたしか、星新一の文庫の解説か何かに星と共にUFO研究会的な集まりに参加してたと書いてあったような? というのがほぼ唯一の個人的三島記憶。
もうすこし頑張ってもそういえばRPGの『真・女神転生』にパロディキャラの五島(ゴトウ)つーのが出てきたなぐらいな三島記憶にカウントするにはかなりグレーゾーンなメモリーしか出てこないので薄い、俺の三島薄い。三島シナプス切断寸前。ハマるきっかけが無かったので、三島…。

それでそのUFO研究会的なやつですが検索してみると正式名称を日本空飛ぶ円盤研究会というらしい。記憶違いではなくちゃんと所属していたしかなり熱心なメンバーだったと信用できないインターネットに書いてあるがまぁどの程度本気だったかはともかくハマっていたのは間違いない。
後年また別の方向にハマるわけだからなんていうか俺は三島にハマりませんでしたが三島はハマる人だったんすね。それでこれもハマる映画だったのか!

ハマります『美しい星』(見てる側じゃなくて見られる側が)

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何にハマるかというとUFOにハマってマルチ商法にハマって政治にハマって売れない金沢バンドマンにハマると要するに新興宗教以外でアレなものに大体ハマる。ぼんやりとなんとなくのんべんだらりの惰性で生きてきた家族がある日突然ハマってしまい各々が本当の自分と使命に目覚めていくつーのがこの映画のお話だった。
『美しい星』か…たしかにハマってしまった人は美しい○○のワーディングを、しがちッ…!

ところで橋本愛。ハマる家族の長女だったのですが『桐島、部活やめるってよ』の童貞ターミネーターっぷりにますます磨きがかかっており処女と金沢系サブカル女子の属性も獲得していた。
殺す気か。一見清楚系の橋本愛にはチャラい彼氏がいたの現実がオタクの目を覚ました『桐島』と違って『美しい星』の橋本愛は目を覚まさせてくれないのでR童貞Rオタク的な指定が必要なのではないか…。

美貌で殺しにかかってくるのは政治(保守)にハマる長男の亀梨和也くんもそうで。『PとJK』の男気ポリスメンに比すれば『美しい星』のフリーター亀梨は星屑のようなものかもしれないがでもほらやっぱ見た目いいからね見た目いい人はちょっと情けないところも含めて魅力なんじゃないの。情けない亀梨くんが慣れないスーツ着て戸惑うの、魅力なんじゃないの!
今回もやっぱりめっちゃイケメンで見ているだけで服を脱ぎ捨てたくなってきてしまう魔性の亀梨くんなんであった…。

あれなんかこのハマった家族、そんな悪くないんじゃないのと思えてきませんか。『悪魔のいけにえ』で恐怖の対象でしかなかった食人一家が『悪魔のいけにえ2』ではユーモラスでノリの良いみんなの友達になってしまったように…橋本愛はかわいい亀梨くんはかっこいい父親のリリー・フランキーはおもしろいの理想的なお友達ファミリーな気がするぞ。

というかこれはそういうお話だったよな。おかしな人がおかしさゆえにおかしさの中に俗世を超越した真理と美を見出されて大衆のスターに祭り上げられていく、ほいで政治の魔手が伸びてくるっていうその不気味な構図がX線で透かせば下地に見える、一見ゆる〜いがよく考えたら笑えるが笑えない映画だったよ『美しい星』…。

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三島由紀夫は読んだことがないはずですがこの映画にはなにか既視感がある。記憶をまさぐってみたところ、『頭頭(とうず)』。松本人志第一回監督作品『頭頭』と空気感を分有してないすかね『美しい星』。
水揚げされた親父の頭皮が珍味として流通する空想日本のシュール設定をぶち上げといて何食わぬ顔で綴られる平凡な家族のポートレート、の『頭頭』に対して金星人だ火星人だ言いながら普通に家で飯を食うような『美しい星』なわけですが。

そういえばリリー・フランキーがアレするあのラストシーンも松本映画の○○○が同じような事をやってたな…ネタバレになるからタイトルは伏せますが各自考えていただきたいのですがちなみに文字数は関係ありませんが。あるいは『大日本人』のシニカルな社会風刺というのも近いものが『美しい星』にはあったんじゃあないか。ハードコアテクノみたいな音楽のセンスもなんとなく松本映画的である…。

思えば松本人志の映画もまたハマる映画だった。ハマるが、三人称の『美しい星』と違ってハマった人の視点で描かれるのでハマりではなく覚醒なんである。傍から見ての騙されたは本人の目が覚めたってなもんだ。
面白素人が武士に覚醒する『さや侍』、サラリーマンがマゾに覚醒する『R100』、松本本人が神に覚醒してしまう『しんぼる』…観客の失笑を買いながらも、というか笑われれば笑われるほど覚醒を確信してその物語の強度を増していく松本人志なんである…。

松本的覚醒物語は覚醒の先に救済を見る。なぜ覚醒するかと言えば救済のためだ。『大日本人』において松本人志は国防のために覚醒させられるヒーローであり、人々から後ろ指を指されながらも赤い怪獣(このメタファーは…)との孤独な戦いに身を投じるんであった。
誰もが眠った世界の中で自分ただ一人だけが覚醒していて、それ故に孤独と受難の運命にあるが、受難の先にしか救済はあり得ない…松本映画はすべて封切り時に劇場で見ている俺からすればそれが松本映画に一貫する思想である。

…ハマっているな! ハマっているな松本人志! 芸術家肌のトリックスターが年齢を重ねて肉体改造と保守にハマったその人生軌道も三島と重なるから松本人志、この人もまたハマる人だったのだ…。

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『美しい星』の感想だったはずなのに思いつきの勢いでもうこれだけ松本映画について書いてしまったから最後までどうにかたとえ強引だとしても松本人志を話に絡めますが、松本的なものの共鳴しつつのクールな批評っていうのが『美しい星』だったんじゃないすかね。
ハマりと覚醒を分かつものはなにか。ハマった人は本当にハマった人なのか。覚醒と見えるものは本当に覚醒なのか。ハマりも覚醒もしないで眠り続けることはそうあることよりも賢明なのか。リアルとは何か…とそのような松本的問題系を松本映画のようにハマることなくあくまで半覚醒状態で平然とブン投げてくる映画のように俺には見えたわけですよ。

松本的覚醒物語の目覚めである『頭頭』は仲良し家族の幻想に破れた老人が死のリアルに覚醒する話だったが。理想的な家族のイメージをリアルな家族が塗りつぶすところから『美しい星』の物語は始まる。
ある意味で『桐島、部活やめるってよ』の延長線上にある物語とも言えるんじゃないすかねこれは。失われた秩序を回復しようと家族の代わりになりそうな何かにハマっていく人たちのモザイクには桐島を失って右往左往の高校生たちがダブらなくもない。

『桐島、部活やめるってよ』ではリアルに覚醒した東出昌大が泣いていたが、『美しい星』のリリー・フランキーもリアルに打ちのめされて思わず泣き出してしまう。松本映画から覚醒者であることの自己陶酔を抜いたら後に残るのは荒涼とした風景だけなわけで、ちょっとでも触れようものなら嘔吐してしまうほどの圧倒的なリアルつー認識がそこにはあるんである。
だがでもしかし、それでも救われるためには覚醒の道を探らなければならないというこれは結構…なんかアホらしいが破壊的でアジテーショナルな実存主義の映画だったんじゃないかと思いますね。

松本映画と同様に!(評価を下げる意図はないです)

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リアルに覚醒したニートが金持ちを拉致してきて地球を救うために拷問する驚愕のコリアンSF。このニートは『未知との遭遇』を見てリアルに目覚めたまたはハマったのでスピルバーグの功罪を大いに考えさせられる。

↓その他のヤツ

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美しい星 (新潮文庫)

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