ネッフリ映画『オクジャ/okja』を見る(ネタバレは自由にする)

《推定睡眠時間:0分》

寝てないは寝てないがスマホ片手に見てるから細かい部分は把握していない。映画館で見れば寝るし家で見るとちゃんと見ない。映画を見るのはむずかしい。

おはなしは遺伝子操作で生み出された食用スーパー豚を巡る寓話。こいつは大変コスパに優れていて飼育が容易。しかもエコ。これで世界の食糧問題も環境問題も一挙に解決だ。やったね。
ほんでそのスーパー豚ちゃんをオクジャと名付けて可愛がっているのが主人公の韓国少女ミジャちゃん。この世の果てみたいな人里離れた山奥で祖父とオクジャと一緒に楽しく暮らしてます。

ところが! まぁ詳細は省くが色々あってオクジャが強欲アメリカ多国籍企業に奪われてしまった! ていうわけでオクジャ返せっつってミジャちゃんのクロコダイルダンディ的またはゾウを奪われたトニー・ジャー的大冒険が始まるのだと思わせといてエクストリームなエコテロリストが絡んできたり企業理念と現実の企業活動の矛盾が云々とやってみたりアメリカ的ショウ文化を皮肉ったりして途方に暮れるミジャちゃんの顔を我々は見ることになるのだった。

その顔は母国韓国を離れてアメリカ流の製作環境の中で戸惑う監督の顔だったかもしれないというポン・ジュノ監督作です。

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まぁ『グエムル 漢江の怪物』みたいなオクジャ大暴れシーンもあるが、ここでしか見れないかもしれないすごい見物は野山暮らしで培った健脚でオクジャを追うミジャちゃん。
そのように書いたところでピンと来ないかもしれないが、場面的にはオクジャを乗せてソウル市内を走る大型トラックの追跡シーンということになる。
捕らわれのオクジャをやっと見つけた! と思ったらミジャちゃんの目の前でトラックは発車してしまった。…なんか、乗るじゃん普通。追いかけるのにそこらへんに置いてあるバイク乗ったりするじゃん、よくあるアメリカ映画とかのそういう場面。

なおかつミジャちゃんはトラックに追いついてしまっていた。追いついて荷台に飛び移って車高ギリギリのトンネルに入るときに咄嗟に身を伏せる定番アクションも披露するスーパーヒロインぷりでありそんなバカなと呆気に取られていたが衣装を見てみると赤ジャージである。
そういうことか。ポン・ジュノの名を一躍知らしめた『吠える犬は噛まない』でご近所スケールの巨悪に挑むペ・ドゥナの戦闘服がジャージだった。『グエムル』で一家の情けない男どもを尻目に一人怪物討伐に向かうペ・ドゥナもまたジャージを着ていた。

よくよく考えてみればソウル追跡の前夜にはミジャちゃんがジャージに着替えるというシーンまでわざわざあったのだった。ジャージさえ着れば無敵である。ジャージさえあれば世界と戦える。ポン・ジュノのジャージは押井守におけるプロテクトギアであった。

なぜ押井で例えたのかという話はともかく、そういうところからするとこれ相当ハイコンテクストな映画だったのかもしれないなあ。後半に入ると前景化してくるのはアメリカ的なもの/グローバリゼーション批判なわけですが、つーとミジャちゃんのハリウッド大作的スーパーアクションというのもパロディの意味合いが強かったのかもしれない。
金の無いコリアンがハリウッド大作と同じことをするにはテメェの足を使うしかないんですわぁ! みたいな。

ハイコンテクストか。エコテロリストの襲撃場面で『12モンキーズ』が脳裏を過ぎったのですが、製作がプランBだよブラピ率いる。んでこの狂信的エコテロリストのリーダーはブラピじゃなくてポール・ダノで、ダノの狂信的リーダーつったら『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』じゃん。
いやそのへんの楽屋落ちも狙ってると思うんだけどなポン・ジュノ映画オタクだから…。

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グローバリゼーションがなんたらと言えばポン・ジュノ的に思い出されるのは前作の『スノーピアサー』で、本人的にどういう位置づけかは知らないが姉妹編のような趣もあったような気もしなくもない。
ティルダ・スウィントンとか『スノーピアサー』に引き続いての出演だし、つーのもありますが総覧的な構成なんてよく似ていたんじゃないだろうか。一両一両にそれぞれ異なる社会の諸相と機能の割り当てられた、現代の縮図としての恒久走行列車を順繰りに巡って世界の形を探っていく話が『スノーピアサー』だったわけですが、特にミジャちゃんがアメリカに渡ってからの展開は『オクジャ』も同じようなものだったし、『スノーピアサー』でも『オクジャ』でも関心事の中心はこの世界を動かすエネルギー源は何かという点にあった。
一見散漫な物語の全てが結局はそこに集約されてしまうってところで、全然違う話に見えて描くものは同じだったように思えるわけですこの二作は。

それでそういう視点から見てみると。閉鎖された列車っていう舞台設定が世界巡りに確かな輪郭と必然性を与えていた『スノーピアサー』と違って、『オクジャ』は設定と展開があんま噛み合ってないんじゃないかって気がちょっとした。
つまり要するにぶっちゃけると後半のアメリカ編、あんま面白くなかった…。いや正確に言えば面白いは面白いがなんか優等生的な作劇でなんかムカついた…。正負一対一の原則(いやそんなものがあるか知らないが…)に基づいてあらゆるキャラクターとあらゆる事象の裏と表を描こうとする批評的であると同時に八方美人でもある作劇は、それを支える時間的な(たとえば連続ドラマ)あるいは空間的な(例えば『スノーピアサー』の列車だ)支えがないとこんなにも厭らしく感じられるのか…とちょっと思ってしまったね!

オクジャを所有し屠殺しようとする多国籍企業の代表者ティルダ・スウィントンから、(英語を学んで)ミジャがオクジャを買い取るというのがこの映画のオチだった。自然の中で育った少女のイノセンスが市場経済に飲み込まれてしまうつーわけである。
念願叶ってオクジャと共に故郷に戻った少女だったがその表情にもう以前と同じ明るさは見えない。『吠える犬は噛まない』のラストもなにかこんな感じだったし、ていうかポン・ジュノの映画だいたいいつもそんな終わり方じゃないのか。

現実の闇を覗き込んでイノセンスを喪失してしまう人間。じゃあ何も知らないままでいたらええのかというと、何も知ろうとしないことが闇の発生を許す的なイノセンスの両義性つーのも同時にそこに描き込もうとするのがポン・ジュノだ。
いいのだけれども、『殺人の追憶』のトンネルの闇とか、『吠える犬は噛まない』の団地とか、『スノーピアサー』の恒久列車とか、あるいは『グエムル』の漢江みたいな、その複雑なテーマを乗せる器がこの映画にあったかと言うと俺には無かったように思える。

ちなみにティルダ・スウィントンは二役で、世界平和の理想に燃えてスーパー豚事業を立ち上げる妹と彼女の代わりに現実的な判断を下してく姉を演じていた。
この人の中性的なイメージを生かした配役であるがそこにもイノセンスの両義性と喪失が浮かび上がる構図になっているわけであーあ上手い上手いはいポン・ジュノ上手い立派天才!

ていう感じには、なる。

【ママー!これ買ってー!】


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オクジャのケツ口にこの軟体怪生物ジンジャーとフレッドを連想する。

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