映画感想:『ロスト・イン・パリ』『山村浩二 右目と左目でみる夢/サティの「パラード」』

なつやすみ遊戯映画をふたつ見たので感想2本立て。リアル道化師コンビがパリの街でふらふらする『ロスト・イン・パリ』と、『頭山』の山村浩二の新作短編+企画ものアニメ集『山村浩二 右目と左目でみる夢/サティの「パラード」』です。

あそぶフランスって良いですよね。

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『ロスト・イン・パリ』

《推定睡眠時間:30分》

パリの町は不思議と魅惑と退屈でいっぱい。カナダの極田舎から大都会パリに移住してウン十年、幸せでアモーレな日々を送っているはずだった叔母さんから主人公の図書館司書の下にSOSの手紙が届く。なんか知らないがやばそうだったので一路パリへ向かう主人公。ついでに観光もしてこよう。
だが憧れのパリは思ったより垢に塗れていた。セーヌ川とか写真で見ると綺麗だったが近くで見ると隅田川と大差ない。しかも変なホームレスがいる。しかも友達になる。しかも叔母さんは見当たらない。しょうがないのでホームレスと一緒に叔母さんを探す主人公なのだった。いったいどうなる! まぁなんか色々あったようでなかったね。

『ロスト・イン・パリ』で監督・主演を務めるのはアベル&ゴードンという現役道化師カップルだそうで、道化師の映画なのでパントマイム中心の笑い、レゴブロックみたいにカラフルに才色されたパリの上で茶目っ気とエスプリたっぷりにボンソワーなのですがー、そういう共通項からミュージックホール出身のパントマイム芸人兼天才映画監督ジャック・タチの名前がポスターとかに書いてある。タチの再来! みたいな。

そのジャック・タチの映画というのはちょうど今ザムザ阿佐ヶ谷で特集上映されているからこれは縁でしょうか、なんか横の繋がりでしょうか。ともかく、この『ロスト・イン・パリ』とタチの『プレイタイム』でも『ぼくの伯父さん』でも『トラフィック』でもなんでもハシゴでセルフ二本立てが組めるのだからとても上映条件に恵まれているといえる(東京限りでしょうけど)。

セルフ二本立てといえば。音楽も印象的な『ロスト・イン・パリ』だったのですがその最もうつくしい場面でサティのジムノペディ第1番が流れだし、サティといえば山口昌男が『道化的世界』で章を割いていたなとふと思い出したので押し入れから引っ張り出してきて読んでみる。
書かれていたのは『パラード』のことであった。コクトーが台本、ピカソが舞台美術、サティが音楽を担当したバレエ・リュスの公演、と言われてもバレエとか見たことないしよくわからないが実はよくわかる。『ロスト・イン・パリ』が上映中の渋谷ユーロスペースで今まさに公開されている山村浩二の新作アニメ、『サティの「パラード」』を見たばかりだったから!

パリの街に点在する無関係な人々を事物を外国人とホームレスのアウトサイダー二人の道化がでたらめにしなやかに接続していく『ロスト・イン・パリ』はスクリーンの外でも方々にふわふわっと接続されるのだ。

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『山村浩二 右目と左目でみる夢/サティの「パラード」』

《推定睡眠時間:25分》

『道化的世界』にアポリネールという人の『パラード』評が引用されていて知らない人だがシュルレアリスムの重要人物、それでこの批評で初めてシュルレアリスムの語が使われたとか書いてあるからなにか、ワンダー。
そういうわけで『頭山』とか『カフカの田舎医者』のシュルレアリスムの人、山村浩二がアニメにするんですがこれがどんなシロモノかつーとアポリネールの評を引けばこう。

絢爛豪華な中国の寄席芸人は、観客の想像力を開花させるであろうし、「アメリカ娘」は空想の自転車の警笛を鳴らすとき観客の日常生活の呪法を表現するであろう。青と白のタイツに身を包んだアクロバットは、彼らの無言の儀礼をえもいわれぬ、思わず息をのませるような敏捷さで祝福するのである

前足と後ろ足に別の演者が入った中国獅子舞的な馬ダンス(?)の記述があるが、階段を降りるスプリング(スリンキーというそう)みたいに歩きながら胴体がパカパカ割れる動きがアニメになってました。おかしいおかしい。あとアメリカ娘はかわいい。

いつも描線がくねくねうねって形の定まらない実験的アシッド風味な山村アニメですが、これは題材がサティなのでサティサウンドにノって決まった動作をカラクリの如く反復する愉快で優雅なこどもアニメになってんである。こどもは反復がたのしい。反復はこどもがたのしい。
しかしカラクリとシュルレアリスムである。カラクリとシュルレアリスムと言ったらクエイ兄弟なのでこの間松濤美術館でやってたクエイ兄弟展めっちゃ眼福だったよの早くも忘却候補の記憶を繋ぎ止めるが、そういえばジャック・タチの映画もまたカラクリとそのメカニズム、反復動作とその崩壊ついでにこどもについての映画だったし、タチの遺作に与えられたタイトルが『パラード』だったことなど脳に去来しニヤつきます。

(サティの)『パラード』の音楽では騒音・ノイズとされてきた音を大胆に導入しているというがー、騒音に対する感受性の鋭さといえばやはりタチもそうだった。『プレイタイム』を見たまえ『トラフィック』を見たまえ、都市の喧噪のクルマの排気音のあの騒音へのジャック・フェチ。
ほら段々と、山村浩二の描く無気味なサティがタチ演じるおとぼけニートのユロ氏に見えてきませんか。見えてきたらこっちのものだ。見えなくても見えることにしよう。もう山村浩二とか関係なくなってしまった。

『サティの「パラード」』と同時上映の『右目と左目で見る夢』は短編集で、最近手掛けた企画ものアニメをだらーって流すのでわりと寝てました。
なんか日本昔ばなしみたいのやってたなぁ。あれなんだったんだろうなぁ。稚気稚気しぃ『怪物学抄』と『干支1/3』は面白かった。面白かったと言いながらも前者は途中で寝ているからよく覚えていないが、『干支1/3』はスクロールする干支の文字が束の間だけ動物に変化してすぐまた字に戻るのです。わぁい。

実質的に遊びが競争を意味していたホイジンガの遊戯論を継承したロジェ・カイヨワは競争ではない無為な遊びの弁証法的価値を強調したが急になんの話かといえばアベル&ゴードンとかタチとか山村浩二がやっているのはそういうガラクタの遊びだよねという話でそのガラクタ遊びが凝り固まって腐っていく生真面目な日常生活をやわらかく再活性するイメージで共通し、カイヨワの『神話と人間』は擬態生物が世の中こんなにいるから人間にも本能的に環境に埋没したい願望があってそれが神話を云々歴史を云々と無茶な接続をして遊んでいるが、この本はカマキリの奇怪な生態の描写から始まり、そういえば『ロスト・イン・パリ』の主人公(アベル)はすごくカマキリっぽかった!

あぁたのしかった(映画がとは言ってない)

【ママー!これ買ってー!】


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サーカス(ていうのあれ)の芸を見せるだけの映画のくせに妙な寂寥感がチラつくあたりタチ詩人。哀しいなぁ、あぁ哀しいなぁ。
芸人の哀しみはタチの脚本をシュルレアリスム派アニメ監督のシルヴァン・ショメが映画化した『イリュージョニスト』に受け継がれるのであった。

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