こども映画感想:『フェリシーと夢のトウシューズ』

《推定睡眠時間:0分》

勘違いかもしれない気もしてきたが劇中で主人公フェリシーの恋人未満相棒以上の少年、ヴィクターと呼ばれる人、実在のモデルがいるのかと思ったがー、誰かわからない。いないのかもしれない。
この人は発明家を目指していてフェリシーと一緒にパリにやって来たのだ。時は19世紀末、エッフェル塔はまだ建設途中。偶然エッフェル社に職を得たヴィクターはエッフェル塔の建築に携わりながら、飛行機械の制作に励む。

エッフェルは航空力学の分野でも業績をとウィキペディアに書いてある。エッフェル式風洞というのもあるらしいが、なんでも当初は数年で解体予定だったエッフェル塔(パリ万博のモニュメントだったため)、気象観測や風洞実験などに目的をチェンジすることで解体を免れたらしい。
ということは…ヴィクターという人、もしかしてこのへんに関与した誰かをモデルとしてるのでは? そこまで考えたはいいがまぁわからないからフィクションの人でいいです。おもしろかったよ『フェリシーと夢のトウシューズ』。

いい映画の基準も人それぞれありましょうが俺にとっては映画に付随する別の出来事が映画の良し悪しを決めたりするのであるがこの映画、『フェリシーと夢のトウシューズ』、バレエ教室の推薦映画にでもなっているのか映画館にいるのは女児ばかりであった。
映画が終わって外に出る。ツイ廃だからすぐさまスマホをチェックするのであるがふと傍らに目をやるとさっきまで映画を見ていた女児がバレエっている。映画を見てバレエりたくなってしまったのか。なんて素晴らしい。『ロッキー』とかを見た帰り道に周囲に誰もいないことを確認してシャドーボクシングをしてみたはいいが実は窓を開けてタバコを吸っていたオッサンに見られていてすごい恥ずかしかったりするあれと同じ現象だな。
めっちゃいい映画やないか。傑作とか良作とかそういうことじゃないよ。いい映画だよ!

なんかネットでユーザーレビュー的なやつを見るとこどもは楽しそうだったとの証言多数であるから少なくともこどもウケはいい映画に違いない、こども向けのアニメ映画でこどもが楽しそうだったに勝る褒め言葉はないだろうから、おとながあれこれ文句を突っ込むのも野暮ってもんだろう。
実際いろいろあるのです、いろいろ。フランス・カナダ合作のフルCGアニメですが、やっぱほらピクサーとかイルミネーションのアニメと比べると表現とか演出が荒っぽいような。バレエが題材だからバレエシーンは最重要、ふたりの元エトワールが振り付けているから華麗な動き、も、しかしなにかマリオネットのようで躍動感がないような気がする…。

ストーリーとか単純。バレリーナになりたい孤児の少女フェリシーが友人のヴィクターと一緒に牢獄のような孤児院(ブルターニュの古城)を脱走、パリ・オペラ座バレエ学校に嘘をついて潜り込む。果たしてフェリシーはバレリーナになれるんだろうか。それからヴィクターは発明家になれるんだろうか。まあバッドエンドとか基本的になんないと思いますよ、こどもアニメだし。
おとなには物足りないかも知れないが、たぶん精神年齢がバレエ女児と一緒なので俺は大満足であった。バレリーナになりたいずる賢くて身勝手な少女が幸運と温情と厚かましさで成り上がっていくなんて、最高だね。努力とかあんましません。人にあんま感謝しません。そんなものはヒップなホッパーの人にでも任せておけばよい。これは極めて不真面目な映画である。

だがどうだろう。俺はこういう映画を見るといつも思うのだが、これこそリアルの一側面なのだ。こどもっぽいもの、くだらないもの、キッチュなものの不条理は確かにリアルに属するのであって、大したドラマもなくあっさりと夢を叶える小憎らしい少女というのも世の中にはおらんこともないはずだ。
汗と涙のサクセスストーリーで噛み砕かないと不条理を受け入れられないおとなの方がこどもよりも物を知らないということはあり得るのであって、その意味でいえばこの薄っぺらい俗っぽいマリオネットアニメは現実の不条理をよく理解しているからこそ、真面目に不真面目を遊べるんである、と言えなくもない。

『ロッキー』とかなんとか言ったがフェリシーの特訓場面、これは笑ったね。オペラ座で出会った影あり雑役婦にバレエのイロハを叩き込まれるフェリシーなのですが、その一環で木にくくりつけたトウシューズ(だったような)をジャンプして手で触れろ、ただし足下の水溜まりに波紋を立ててはいかん! つーのやらされる。
これじゃあ『ロッキー』というかジャッキーじゃないか。カンフー映画の世界じゃないか。カンフー・マスター!(©アニエス・ヴァルダ)。最近、これ含めてアートじゃないフランス映画を立て続けに見ていて思ったのですがフランス映画って香港映画みたいなとこありますね…大雑把で理屈よりもケレンと雰囲気優先みたいなとことか…。

シーアとかカーリー・レイ・ジェプセン(原語版では声優も兼任)の憧れのお姉さんポップソングをガンガン流してアゲアゲ気分でなんとな~く物語が進行してくあたり完璧に客を見下してんのであった。フェリシー役、日本語吹き替え版は土屋太鳳で原語版はエル・ファニングか。女児こういうの好きでしょの足下ガン見感である。
だが足下ガン見の下品なラーメン屋こそ旨いとかそういうのあるわけで…それが俺が思う香港映画的ということだが…憧れお姉さんの歌に合わせて超人バレエとかやったらそらテンション上がっちゃうのであるそんなものは。シーアといえばあのなんかPVの、なんかブレランのダリル・ハンナみたいな天才少女ダンサーの超絶ダンスPVで話題んなったでしょ。
つまりそういう、節操のない女児の憧れイメージでゴテゴテに塗り固められているのだ、この映画は。楽しくないわけが、ないな!

もはやバレエではないバレエバトル、馬鹿馬鹿しくて強引で良いっす。カートゥーン的ドタバタのあまりのベタさはリラクゼーション効果を感じさせます。脳が安心、わくわく爽快。初期の宮崎アニメはこういうところがあったよね…関係ないが…!
物語の背景を成すのは19世紀末のパリの景観。エッフェル塔はまだ建ってない、パリのミニ自由の女神だって作りかけ、セーヌ川に落っこちたってなぁに別に大丈夫…なんだか泣けてしまうな。ここには根拠のない楽観と輝かしい未来の青写真しかない。『三丁目の夕日』じゃねぇかと言われたらまぁ、確かにそうですが…。

こないだ見た『ロスト・イン・パリ』という映画、そういえばあれもチャンスを求めてパリにやってきた人の話だった。自由の女神もエッフェル塔も出てくる。もちろんセーヌにも落ちる。川に落ちても案外平気! このシンプルな暗喩的メッセージは素直に受け取っておきたい。
全体の印象から連想したのは去年の『ハートビート』という映画で、これはバレエダンサーを目指す女性(キーナン・カンパというリアルバレエダンサーの人らしい)がニューヨークに出てきて、ルームメイトのソノヤ・ミズノなんかと一緒に頑張る。

ソノヤ・ミズノのルームメイト第二弾(『エクス・マキナ』もルームメイトに分類すれば第三弾か)は反対側のハリウッドが舞台の『ラ・ラ・ランド』であった。『ラ・ラ・ランド』が言わんとすることは今やこう解釈されよう。落っこちてたって、大丈夫。
『フェリシーと夢のトウシューズ』のチープな夢は『ラ・ラ・ランド』がそうであったように嘘くさいからこそ人の心を打つのだ。やはり人生一度くらい、変におとなぶらないでこういういかがわしい夢に釣られたいよね。そういう気持ちを後押ししてくれる映画でした! 後押しされて川にドボンッ!

【ママー!これ買ってー!】


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ダンスとスポ根サクセスの観点から考えると『ロッキー』と『フェリシー』を繋ぐライン上に『ステイン・アライブ』が浮上するのは必然。
なんとなくこどもは好きそうな『ステイン・アライブ』。

↓その他のヤツ

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