ニコラス・ケイジの代表作『ヴェンジェンス』を見た

《推定睡眠時間:0分》

キャリア30余年にしてニコラス・ケイジの新たな代表作がここに誕生した
http://vengeance-nicolas-movie.com/

お前ら毎回それ書いてるじゃん的な公式サイトのテンプレ紹介文は嘘でも間違いでもないのである。いや、間違いかもしれないが今回ばかりは間違いじゃないと言い切りたい。『ヴェンジェンス』、ニコラス・ケイジの代表作になるであろう傑作である。
どれくらいの傑作かというとそうだなあの『トカレフ』と並んだね。ていうか超えたろ『トカレフ』。それぐらいの傑作だ。『ドッグ・イート・ドッグ』『パシフィック・ウォー』『ラスト・リベンジ』など力作話題作に立て続けに出演している近年のニコラス・ケイジだが…そのへん余裕で超えてきたね『ヴェンジェンス』! 『ヴェンジェンス』!!!

最初に褒めたら後はどんな感想書いても良いだろうっていういつもの自分ルール。

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再び引用するとYouTubeの予告編説明文にはこうある。

ニコラス・ケイジ主演最新作
外道どもに死の制裁を下す衝撃のパニッシャー・アクション!

誰もが知っているように後半部分は嘘というか虚言に近い過言だが、でもグっときましたね。衝撃のパニッシャー・アクション。そうだ。我々は衝撃のパニッシャー・アクションと言うべきなのだ。たとえ嘘だとしても言わなくてはならないのだ…!

その話は一旦脇に置いておくとして『ヴェンジェンス』がなんの映画というとみんな大変、お金ないし希望もないしみんな大変、そういう映画であったな。
どこにあるかも知らないが、ナイアガラの滝といったら観光名所。観光名所だし瀑布だから二つの意味で地元潤ってるんだろうなぁと思ったらところが全然潤ってない、潤ってない枯渇人間がなにをするかといったら酒飲むとか薬やるとか金盗んだりしながら神様にお祈りするぐらいしかないので枯渇段階も過ぎて荒廃、うわぁなことになっているらしいナイアガラフォールズ市というところで子連れの母親を子供の目の前で犯して瀕死の重傷を負わせてついでに財布の中身も抜く凶悪強姦事件発生。地元刑事ニコラス・ケイジと被害者母娘の闘いの日々が始まるのだった。

ニコラス・ケイジ主演を謳っているが話の軸はあくまで母娘。グレーゾーン宣伝だがセガール映画なのにセガールが出てこないし出てきたら逆に萎えた『斬撃』やジャン=クロード・ヴァン・ダム対UFO的なことが書いてあったのに後ろ回し蹴りを繰り出す前にヴァン・ダムがUFOに焼き殺された『UFO』を経験済みの我々からすればむしろ良心的なグレーゾーンだろう。
このグレーゾーンは白い。なにか、日常的にDV被害を受けている人間がいつもより弱く殴られた時に優しさを感じてしまうあれに似ている…。

それでその母娘がとにかく酷い目に遭うわけですが、母娘のお話とするとこれネタバレに抵触するんじゃないかという気もするが、公式がそのへん「法で裁けぬ悪を」とかいってバラしてしまっているからこちらも書いてしまうと犯人たちを裁けない。というか裁く前に母娘の方が潰される。
なぜかというと犯人側弁護士の法廷戦術がうまかった。あんまり明確に描かれなかったとおもうが強姦されたシングルマザーというのは売春で金稼いだりしてたぽい人。たいへん蓮っ葉な性格。娘、そんな母親に嫌気がさしてグレかかっている。そういう口コミ情報とか集めて、こいつは子供を虐待してる悪い売春婦で犯人とされた純粋ヤンキー四人組は騙されたのだ! みたいな物語を流布。
セカンドレイプ攻撃によって法廷で争う以前に潰してしまうのである(なんだか最近聞いたような話だ)

有罪にできて当たり前的な見通しの甘さを悪徳弁護士に利用され、逆に母娘を苦境にぶち落としてしまった検察の人はなんか勉強とかできそうな雰囲気はあるが全然頼りにならない。悪徳弁護士を主犯格のヤンキー兄弟家族に紹介したのは町の牧師様だか神父様とかそういうのもあり、またその際に超高額弁護費用を値切ろうとする父親の「家内は息子を二人産んだがオッパイも二つあったから一人で育てた!(=兄弟で強姦したんだから一人分の費用でお願い)」とかいうぶっちぎりで今年NO1のクズ名言を頂戴したのもあり、心の中ではニッコリ笑ってニコケイの私刑許可。

かくして衝撃のパニッシャー・アクション()が幕を開けるが――不思議なことにパニッシャー刑事ニコケイがどんだけ自分判決で犯人殺しても捕まるとか免職になるとかそういう気配が無い。ダーティハリーはさそりを撃ち殺すために警官の職を捨てたのに。

保釈された加害者ヤンキーの一人が顔見知りのアウトロー仲間にグータッチを求めるもアウトロー仲間は会釈だけで応じないというちょっとした場面があった。これがひどく印象に残って、で思いましたね。弁護士のおかげでヤンキー悪くなかった説が法廷では濃厚になったんですけど、加害者ヤンキーを知っているやつはみんな本当はヤンキーがやっただろうと思ってるんですよたぶん。関わり合いになりたくないからなにも言わないだけで。
母娘を知ってるやつもまた然り。近かろうが遠かろうが事件のことを知ってる人間たぶん全員然りだよね。売春婦とヤンキーの犯しただ犯されただなんて話に限られた人生の貴重な一部を割こうとするやつがどれだけいるかってことで。そのヤンキーが不自然な死を遂げたからといって気にするやつがどれだけいるかっつったらいないでしょ。

だから、こりゃあ何の映画かというと取り残された人たちの映画ですよ。経済成長からも公的支援からもグローバル化からも情報化からも取り残されて学習のチャンスも就労のチャンスも人生を変えるチャンスも全部奪われてそこにいるのに誰の目にも見えなくなってしまった人たちの映画。
パニッシュされる前にバニッシュしてしまった人たち相手に衝撃のパニッシャー・アクションなんて成立しようもないが、衝撃のパニッシャー・アクションが成立しないことで逆説的に取り残された人たちの存在が浮かび上がる、そういう映画だと思いましたね。

物は言い様とか言うんじゃない。

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まぁそういう映画だもんだから取り残され人間の臭気充満て感じてそこすごい良かったですよね。顔がいい顔が。安っぽい顔きたない顔いーっぱい。あの人とか凄かったですよ加害者ヤンキー兄弟の母親ね。だらしなさと貫禄の同居する肉付き、たるんだ皮膚を揺さぶる所作のナチュラルな威圧感。絶対チンピラクレーマーだと思う。
被害者シングルマザーの母親はデボラ・カーラ・アンガーでこちらも安さ爆発の名演、この母親というのはすごく娘想いなんですけど過剰な愛情が娘の重荷になってる感が少ない出番の中にも垣間見えて、これも貧困のリアルよねぇとしんみりしてしまうな。無学で貧乏な親が子離れできないと子供もその世界観から出られなくて悲劇じみてくるっていう。

加害者ヤンキーの一人が腕にタトゥーを入れてもらおうとする場面があるが、頼む柄は昔ママに作ってもらったパイ。このヤンキーは加害者の中でも取り立ててバカ度が高かったので腕からぶしゃぶしゃ血を流しながらママが一度だけパイを作ってくれた日のことを彫師に話し続けてガン無視されるのだが、底辺感滲みすぎてなんか泣く。

あとこの映画が良いのは前触れのなさですよ。警察に気付いた加害者ヤンキーがトンネルを逃走する場面があったんですけどあれ、本年度ベスト犯罪者の逃走シーン。急に始まってあっけなく終わる感じが『フレンチコネクション』みたいでかっこいい。
こんな現代劇でホルスターから銃を抜いたニコケイが警告もなくワンカットで悪党を撃ち殺すとか、そんなんあると予期してなかったが普通に出てくるんだこの映画は。急に始まってあっけなく終わる西部劇的アクション美学というものがある。

アクションだったら美学で済むが、前触れのなさはドラマの面では怖さに転ず。たまたま通りかかった子連れのシングルマザーにたまたま通りかかったという理由だけで絡む加害者ヤンキー。絡んだら抵抗された。抵抗されたらムカついたから半殺しにして犯して放置。バカだからヤバいことやったと思ってないし逃走とか証拠隠蔽とかしない!
前触れのなさっていうか因果律の希薄さっていうか、この荒涼とした不条理なまでのバカリアリズム。理由もなく女を半殺しにするようなバカは理由もなく(あるが)殺されても別に構わないだろうというわけで飯の合間にトイレ行くぐらいの感覚でバカどもを処刑していくニコケイだが、その光景はほとんど『CURE』の世界であった…。

ここから話が脱線する。

とにかくこういう形式でこういう内容の映画をやるということは大変重要であるように思われるのはバカにはバカの文法で話さないと話が伝わらないということがあまりにも頭の良い人に伝わらないからやはりバカにはバカの文法で話さないと話が伝わらないと痛切に感じるきょうこのごろだからだ。
話が伝わる必要はないがルールを理解する必要もないがルールに従えないならず者は出て行けとでも言えば勇ましくて今まで虐げられていたような人たちに勇気の一つも与えるに違いないがゴミはゴミ箱に捨てても決して勝手に消えたりはしてくれない。

自分の関知しないところで難しくてよくわからないがどうも今まで当たり前だった行動を制限するらしい変なルールが勝手に決められたと感じたらバカは自分たちにも理解できるもっと住みよい世界を作ろうとするに決まってる。追い立てられた獣はこっそり森に巣を作るかもしれないし、そこで何が起こるかは映画を見ればバカにも一目瞭然だ。
安全な世界の外に排出されたそれ自体がオルタナティブな世界を形成し差し迫った人権的脅威として排出元に戻ってくる逆流的循環がゴミの再排除を正当化するのであればマッチポンプも甚だしい。これはゴミに対する想像力の問題だ。ゴミに対する想像力がこんなに軽視されている時代はないのではないかと思う。

以上はちなみにアメリカ映画とその周辺に関するたいへん婉曲な愚痴なわけですが要するにそういう現代アメリカ映画にあって! バカと底辺にも分かるように90分のB級アクションの体で、バカと底辺でも親しみが持てるニコラス・ケイジを使ってだね、バカと底辺の立場に立っていくらバカでも底辺でもやっちゃいけないことをこう、メッセージするわけだよこの映画は! でなんか次世代に希望を繋ごうとか…そういうの底辺向けB級映画としてあくまで芸術映画じゃなくて高尚な人間ドラマじゃなくて賞レースとは無鉛の底辺向けB級映画としてやるんだよこの映画は! こういうのが映画の運動実践ていうんだよ! これがアメリカのデモクラシーですよ!

社会的に影の薄い人にスポットライトを当てたら映画自体が上映されてるんだかされていないんだか分からない影の薄さになってしまったけれどもこういう立派なのは積極的に支援して行きたいですね! おもしろいよ『ヴェンジェンス』! 影は薄いがニコラス・ケイジの髪は濃い!(…ヅラ?)

【ママー!これ買ってー!】


トカレフ(字幕版)
トカレフ(吹替版)


ラスト・リベンジ(字幕版)

ニコラス・ケイジ引退の文字で煽る『ラスト・リベンジ』を見ながら映画は嘘をつくし宣伝も嘘をつくしもちろんレビューとか感想も大いに嘘をつくということを考えたい。
フェイクニュースが隆盛を極める昨今、テキストを疑うことの必要性をバカに説くニコケイ映画はやはりアメリカ映画の良心。

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