『ソウル・ステーション/パンデミック』を見た

《推定睡眠時間:0分》

見ながら頭を過ぎった映像があって地下室の壁が崩落して腐った死体がどわぁと流れこんでくる、そういう映像だったが正体を探ると物の本で読んだエピソードの無断脳内映像化記憶で1780年、パリの死体が集まるイノサン墓地に隣接するアパルトマンの住人がなにか物凄い音を聞いた気がした。

それからなにか異臭が漂うようになる、住人たちの間で原因不明の病気が蔓延ったりもする、一体これはということで当局が調査に乗り出したところ判明したのはイノサン墓地に埋められた死体が超過密状態のため溢れてしまい、2000体(ほんとかよ)もの腐った死体の重みでアパルトマンの地下室の壁がガシャーンと逝ってしまった、というホラーなのだった(P・D・スミス著『都市の誕生』より)。

まさしく、地獄が満員になると死者が地上を歩き出す。

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記憶上でそのエピソードとミックスされてしまっていたのは1854年ロンドンはソーホーで巻き起こったコレラブームのエピソード・ゼロで、これが果たして実際に原因だったのかは知らないが、赤ん坊の糞尿混じりの水を地下室の汚水溜めに捨てていた夫婦がいたことが地元聖職者ヘンリー・ホワイトヘッドの独自調査によって発覚、この赤ん坊は下痢が治まらず死んでしまったというわけでホワイトヘッドが地下室を見に行くとなんと汚水が土壌に染み出しているではないか。

夫婦が住んでいたのはソーホーのブロード・ストリート周辺だったが、ブロード・ストリートというのはコレラブーム終息に尽力したジョン・スノー医師が感染のグラウンド・ゼロと見た街区。そこには公共ポンプがあったのだった。(サイモン・ガーフィールド著『オン・ザ・マップ』)。

…『新感染』エピソード・ゼロもしくはプロト『新感染』の韓国アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』とまったく関係ない…がしかし! 『ソウル・ステーション』から遠く離れた以上のエピソードの印象はプエルトリカン・アパートの地下に投棄された死体がバリケードを突き破って溢れ出す『ゾンビ』ともうもう分ちがたく結びついてしまうので、『新感染』が大王道ロメロ主義ゾンビ映画であったことを思えばこれは決して無関係ではないしだいたいお前らの無関係が! 無関心が! 臭い物には蓋根性が! そういうのがお前大惨事を引き起こすんだよ!

みたいな『ソウル・ステーション』なので相互不干渉を是とする都市生活者の寓話(そういえば都市伝説的な趣がある)として前述エピもしっかりリンクすんである。現代韓国の風刺という側面はあるにしても、それに留まらない都市生活そのものの恐怖の表象として。

『ソウル・ステーション』、見てきたんですけどなんかこれはゾンビ禍スタートのその瞬間! から終末の夜明け(ドーンだぞ!)まで持ってく90分ちょっとの映画でスケールは小さいがゾンビ黙示録フラクタルの最小単位。こん中にロメロ主義ゾンビ映画の構成パーツ全部あるような感じだったのでヨン・サンホ監督ゾンビ好き過ぎるんだとおもいましたね…。

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どういうストーリーかと言うと首から血を流した浮浪者がいる。誰の目にも酷い怪我してるのは明らかだが浮浪者なので誰も積極的に手助けとかしようとしない。ゾンビ映画なのでそこから先は言わずもがな。
ゾンビ禍に見舞われたソウルにネカフェ入り浸りのクズ学生とその彼女で金が無くなると売りをさせられてる女がいた。そこに女を捜す親父が加わって、まぁなんか色々ある、人生色々あるっていうそういうお話だった。

ハードコアなゾンビ黙示録も『新感染』と同じく残酷描写はほとんど無かったな。ゾンビは食ってナンボ殺してナンボ派の人には退屈そう。青筋浮いただけのゾンビのビジュアルも格好悪いのでなんかこう、見た目にあんまキャッチーな感じない。ダバダバしたゾンビの挙動はなんとなく可笑しいのであんまり怖いところもない。
ゾンビ好き過ぎたからだろう。月亭方正は大好きな『ゾンビ』を笑いながら見るというが、ゾンビ好きにとってゾンビは恐怖の対象ではないからな…むしろ共感の対象だから…。

最後にエーな飛躍があるとはいえ基本ゾンビクリシェ数珠つなぎ。武器を変えステージを変えゾンビバトルを繰り返す淡泊な展開にゲームも含めたゾンビ愛が滲み出る。このシチュエーションでここからゾンビが出てきたらこれ武器になるじゃん! みたいなことを常日頃考えている人に違いないこの監督は。
鉄道オタクがいくら熱っぽく鉄道の話をしても興味がない人には全部同じに聞こえるので全然つまらないっていう、これそういうタイプのオタク語り映画なんだとおもいます…。

『新感染』を見たときに連想したのは『28週後…』だったが『ソウル・ステーション』の方はもっと『28週後…』を思わせたので絶対意識している。オマージュするのがゾンビクラシックじゃなくて(いやもちろんそれもあるだろうが)無差別大量虐殺ゾンビ映画『28週後…』のゾンビオタク。何故か知らないが信頼感がすごい。

『新感染』と比べたときにあれは一応ハッピーエンドだが極めて苦いハッピーエンドで大人の映画だなぁという気がしたが、一方『ソウル・ステーション』はハッピーな終末を待望する。正編続編の関係は逆になるがこれにはエンタメ政治的に正しいが凡庸なハッピーエンドに落ち着いた『28日後…』と善意とか好意が全部裏目に出てひたすら人が死んでいくだけの『28週後…』がパラレルに重なるように思う。理性の映画と情緒の映画。

あの終末の夜明けの暗いエモーションは『新感染』が捨てたものだ。そんなニヒリズムはダメだと言って捨てたもので、だから『新感染』はすごいという話かもしれないが、でもやっぱりゾンビ映画の終末には抗いがたい魅力がある。
そういうガキっぽい、後ろ向きな態度がゾンビ映画のトレンドじゃないつーのはこの監督の人も重々承知していると思うがそれでもあえてやる、ゾンビオタクの矜持(?)がたいへん感動的な『ソウル・ステーション』だった。

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その展開の綾も含めて『地球最後の男たち』が『ソウル・ステーション』と感覚的に近い気がしたな。先の読めない面白い終末映画で、これが。

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