《推定睡眠時間:0分》
自分の力でガラスの家を建てようとするボヘミア~ンなヒッピーの残りカス親父がウディ・ハレルソンなのですがウディ・ハレルソンといえば『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の殺人鬼ですから殺人鬼が理想のハウスを追い求めるという点でまさかの『ハウス・ジャック・ビルト』とネタかぶり! かぶってない。
しかし資本主義的価値観を敵視して自然の中での素朴な生活を夢見ているのはジャックもウディ・ハレルソン演じるレックスも同じである。
レックスはエンジニア、その妻ローズマリーは素人画家、ふたりは自由な暮らしを求めて四人の子供と一緒に方々の田舎の廃屋を転々とするホーボー的な生活を送っている。
ホーボーといってもそこはさすがエンジニア、盗電なのだがちゃんと電気を引っ張ってきてガスも入れて勝手にリノベーションしてしまうので家族が移り住んだ廃屋は人家として息を吹き返す。
ローズマリーの描いた絵を家中に置いてしまえばそこはもう立派なビフォアフハウス、お金がなくて満足にご飯が食べられなかったりなけなしの金を親父が酒で溶かしてしまったり経験知を重視する両親の教育方針により学校で正規教育が受けられなかったり病気になっても医者を敵視する両親のせいで病院に行けなかったりする以外は子供たちにとっても理想の生活だろう。
以外はじゃねぇよそっちの方がむしろ幸福生活のメインだよ。なんだよその虐待事案。つらいよ。つらい。
つらいのでこの家族の中でいちばん経済的な成功を収めた次女ジャネットのブリー・ラーソンは大人になって毒親から離れてもまだ事あるごとにつらかった子供時代を思い出す。そのうえ今の彼女が住むマンハッタンにいつの間にか両親もやってきて相変わらずの廃墟暮らしを始めてしまった。これはもう逃げるわけにはいかない。結婚も控えていよいよ最強毒親レックスとの対決を決意するジャネットであったが。
家族の絆というのは言い方を変えれば呪縛だろう的なホロ苦ぬくぬくファミリードラマで、こう書くと無自覚の虐待事案としか思えないが、というか虐待事案なのだが、じゃあその虐待事案な日々の100%が当の子供たちにとって地獄かというとたぶんそうではないでしょうというあたりがたいへん真面目。
そうっすよねぇ、0か100かじゃないっすよねぇ実際の生活は。善か悪もごっちゃになっちゃってるんだもの。社会正義の眼から見れば完全にアウトでもその当事者の個の眼から見ればどっちともつかないのが生活のリアルであるし、独立独歩の精神を最重視した毒親の下で育ったジャネットは金融アナリストだかの俗物フィアンセのように個の眼を捨てることができない。それがジャネットを悩ませるという話なのだから単純な善悪で割り切ってはいけないのだ。
アメリカはエンジニアの国と誰かが言っている。毒親レックスが体現するものは原アメリカ的な精神だろう。放浪して、開拓して、建てて、その経験の中で学ぶ。レックスの呪縛を解きたいジャネットがフィアンセに選んだのが金融アナリストというのはシナリオの対照法としていささか安直な気もするが実話ベースらしいので安直とか言えない。
土と経験的エンジニアリングのアメリカと金と仮想的マネジメントのアメリカに静かに引き裂かれながら自分の歩むべき道を定めようとするジャネットの姿は風変わりな家族の物語を超えて、結構ガシガシ現代アメリカの一般的葛藤を照射するんであった。
家族の物語として見ればこの虐待事案がある種の虐待の連鎖であったことを率直に描き出しているのが立派なところで、そのまた背景には経済発展の恩恵を受けられない取り残された田舎の貧乏白人の問題があり、毒親レックスの過激な独立独歩の精神はその中で涵養されたものだったというわけで家族の問題が社会の問題に接続される。
その手並みの鮮やかさ。様々なファクターの絡む児童虐待を俯瞰的に捉えつつあくまで個人の経験として語り、ながらそこからの脱出法を押しつけがましくない形で提示してみせるストーリーテリングは見事と言う他ない。
ちなみに主役はブリー・ラーソンとウディ・ハレルソンですが一番よかったのは母親役のナオミ・ワッツで、躁的で危なっかしい画家がハマり過ぎていてもうなんだか見ていてこわい。
全体的にこわい緊張感のある映画なのですがここでの怖いは笑いと表裏一体、表面的な穏やかさの裏にベッタリ張り付いたその絡み合いがシーンの意味合いをコロコロと別のものに変えていくあたり実にスリリングだったが(庭の穴のシーンが最高)、そこにちょっとだけファンタジー風味をふりかけて、けれども奇を衒わずにごく自然なものとして見せてくる。
よくできた誠実な映画だ。実話系アメリカ映画によくある鼻白みがちなエンドロールのご本人映像も、こういう映画、こういう使い方なら微笑ましい。
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ナチュラルでボーンって言ってますけどこのウディ・ハレルソンも毒親環境で育ってましたよ。
↓原作
こんにちは。
叶わないから夢、なんであってね…なんて思いつつ、知り合いにも、不安定な両親のもとで育ち、タフで固い結束で結ばれた兄弟がいたのを思い出して切なかった。100の家族があれば100の姿がある。それ以上でも以下でもない。
〉全体的にこわい緊張感のある映画なのですが
映画の間中、私を支配していたのはこの感じだったのかも!
「ハウスジャックビルト」とは、〝技師(エンジニア)〟かぶりでもあります。
あ!記名忘れました。
あ、エンジニア被り!確かにそうですね!アメリカのエンジニアは怖いなぁ(違う)
この家族と親をどう捉えたらいいのか、なかなか難しい映画でした。実話ベースですしね。倫理的には明らかにダメなんですけど、でもだからと言って第三者がそれを全否定してしまうと、家族の子供たちの人生に第三者が勝手にジャッジを下してしまうことになるわけで。
だから結局は世の中には様々な家族の形があって、どれが良いとか悪いとかじゃなく、どんな家族にも固有の問題も良いところもあると受け入れるしかないのかなと思いました。表面的にはポップですけど、本質的にはすごく厳しい、難しい映画でしたね。それがあの独特の緊張感に繋がってると思いました。
「ショートターム」を見た時も、ああ、逃げてはいかんのだな、人生に立ち向かってる人もおるのだな、と我が身を恥じましたよ。細かいとこは忘れちゃったですけど…
でも『ガラスの城』のブリー・ラーソンは結局逃げて生き延びたわけですからキツいときは基本的には逃げた方が良いんじゃないすか笑
逃げないと立ち向かう余裕もできないですし。