スパイはたいへん映画『工作 黒金星と呼ばれた男』感想文

《推定睡眠時間:0分》

時は1992年、北朝鮮の核開発疑惑に神経を尖らせていた韓国の情報機関・国家安全企画部(国家情報院の前身)はその実態を掴むべく黒金星=ブラック・ビーナスと呼ばれるスパイを送り込む。やがて北京を拠点とする北の対外経済委員会所長リ・ミョンウンとビジネスマンを偽装して接触することに成功したブラック・ビーナスは南北共同の広告事業を提案、広告撮影を通じて核の所在を明らかにしようとするが事態は思わぬ方向へローリンしていくのだった。

このブラック・ビーナスが真面目な良い人なのですが演じるは『アシュラ』の人を人と思わぬ極悪市長ファン・ジョンミンですよびっくり。役者というよりヤクシャだったファン・ジョンミンが! しかしアシュラもヤクシャも仏教世界に勝手に取り込まれて元ヤンのマル暴刑事みたいな扱いになっているわけだから映画が違えば悪い人も良い人になるのだ。当たり前だ。

いやそれにしても糞面白かったな。国家に尽くすポジションの南北オッサンふたりの暗闘と友情、そこにキム・デジュンが出馬した韓国の大統領選と国家安全企画部の組織防衛のための裏工作、北の将軍様の思惑などなど絡んでくる大サービス。どの程度事実に近いのかはあまり気にしない方がいいタイプの映画だとは思うがこれで実録。映画向けのネタありすぎだろう韓国。パク・クネのスキャンダル&弾劾もそのうち超おもしろいサスペンス映画になるんだろうな。もうなってるんだろうか。

よいところはいっぱいあるがなにはともあれハイテンポなのが良かった。ブラック・ビーナス結婚してるんで家族とかいるらしいんですが画面に出てくるのは写真のみ、言い訳がましく家族団らんの場面とか非スパイ時代の回想とか入れたりしないからポンポン進んで緊迫感が途切れることがない、それどころかブラック・ビーナスの内面描写もほぼほぼないのだから硬派な作りだ。(国家の)奴隷の一生は恐怖の連続だ…ヒューマンドラマ要素とかラブストーリー要素とか入れる余地なんてないんである(それは違う映画の台詞)

『アシュラ』とか『コクソン』とは打って変わって平凡さを強調したファン・ジョンミンが素晴らしかったが外貨獲得のための窓口となって北の外の世界に触れるうちに体制とは異なる価値観を持つに至った対外経済委員会所長を演じたイ・ソンミンもまたすばらし。
常に仏頂面を崩さない腹の読めない不気味な男、最初は頭のキレる強敵としてブラック・ビーナスの前に立ちはだかるが、南北共同事業を進めるうちにその仏頂面が複雑な色彩を帯びてくる。一方、ブラック・ビーナスの方も彼と事業を進めるうちに複雑な感情を宿していくのだった。

国家の中にあって国家に尽くしながらも国家に非ずというような開放的なナショナリズム、その緊張関係を韓国政府-国家安全企画部-ブラック・ビーナスとして、また北朝鮮政府-対外経済委員会-所長として三重の構造で図式化しつつ、そこに第四項として国家安全企画部と対外経済委員会それぞれの獅子身中の虫を挿入(チュ・ジフンの好戦的な北朝鮮軍人が良いスパイス)。
これだけ複雑っぽくなりそうなシナリオをちゃっちゃと2時間ちょっとで見せ切ってしまうのだからすごい。で、すごいすごいとその技巧に冷静に感心していると、立場は違えど想いは…なオッサンふたりの眼差しの交感に涙ドーンなのであった。コリア現代の『JSA』っすね。今こりゃあとコリアを駄洒落たんですけどわかりました?

【ママー!これ買ってー!】


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ソン・ガンホもイ・ビョンホンもパク・チャヌクもみんなまだ若かった。

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