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世界の名作っぷりにびっくりしてしまった。方角的には全然違うがゴーギャンが求めたのはこういう原初的な力強さを持った風景なんだろうみたいなサバンナ景がなにはともあれ素晴らしく撮影ディック・ポープ、フィリップ・リドリーの『柔らかい殻』でアンドリュー・ワイエス風の美麗な映像世界を作り上げた人。
『風をつかまえた少年』でも絵画的なアプローチでサバンナを撮っていて浅めの被写界深度の中に点在する緑が生命力と寓話性を画面にもたらしたりしてとそういう感じ、絵本のような、とも言えるかもしれない。その美しい風景にマラウイの言葉(何語か知らない)で収穫とか干ばつとかを意味するテロップが場面場面で乗る素朴な章立て進行も絵本的、絵本的であるということはつまり世界映画ということだろう。断言。
マラウイの貧村に住むウィリアムくんは将来を嘱望されるエンジニア男子。公教育なんか受けていないがウチは呪術とか宗教なんかに頼らねぇぜの進歩的な農民両親のもとに育って、村人たちの貴重な娯楽であるラジオの修理で小銭を稼いだりしている秀才っぷり。
だがテレビもネットもクルマもねぇ吉幾三的環境では言ってもそこらへんが限界、ということで両親はなけなしの金をはたいてウィリアムくんを学校へ送る。
さぁ学んでこい! 学んでくるんだ! がんばれお前ならできる! 並々ならぬ両親の期待を背負って意気揚々と学校に向かうウィリアムくんだったが初日から校長に前金しか払ってないやつは期日までに払わないと即退学だからとすげなく言われ意気消沈、時を同じくしてマラウイに干ばつ到来、政府の無策により村人たちは金銭的にも体力的にもみるみる衰え略奪が横行したりしちゃってぶっちゃけ勉強どころではなくなってしまうのだった。果たしてウィリアムくんは風をつかむことができるのだろうか…まあタイトルになっているぐらいだからできるんですが…。
なんでもこの話リアルストーリーだそうで風をつかむというのは風車を作るということ。ダイナモを繋いだ風車を作って枯れた土地を井戸水で灌漑農地にすれば乾期でも栽培や収穫ができるので生活がとっても安定してしまう。学校の図書館で電気の本を読んだウィリアムくんはみるみる細っていく土地や家族や村の人々を見かねて風車でこの状況を打開しようとするのだが簡単に思えてこれがまったく苦難の連続。
とにかく、先立つものがない。ウィリアムくんの家は立派なトタン屋根なのだが空前の干ばつ到来&先行きの甘い見通しで貯蔵穀物を売り払ってしまった政府の失策のせいで食うことも出来ず、ついにはこのトタンをひっぺがして藁葺きに変えてしまう始末。ひっぺがしたトタンは二束三文で市場に売って食料を買う。それでも一日一食がやっとなのだから極限だ。
長い目で見れば風車を作った方が得だとわかっていてもそんな状況でうまくいくかどうかもよくわからない風車に投資する余裕などない。それどころかそもそも、基礎的な近代教育が行き渡っていないこの村では風車を作ることの意義も意味もあんま理解されないのだった。
ウィリアムくんはそんな逆風の嵐の中でシコシコ風車作りに勤しんで後にコロンビア大学に進学するまでになったのだからたいへんな偉い人、『風をつかまえた少年』というと児童文学みたいですがお話は現代の偉人伝なのであった。
ウィリアムくんの父親役が監督兼任の『それでも夜は明ける』キウェテル・イジョフォー、科学を重んじる進歩的な農民だったはずが貧苦に蝕まれて科学も教育も子供の将来も段々どうでもよくなっていく姿を実に切なく熱演なのですがそうです監督なんですよ監督。長編映画初監督。すごいなぁそれでこの出来映え持ってくるんだ。
映画で描かれる2001年のマラウイは飢饉と政情不安で僻地の国民なんかは相当大変らしいということが主にキウェテル・イジョフォーの眉間の皺で語られるが、風車を作れば苦難を乗り越えられると信じるエンジニアキッズなウィリアムくんの目線の高さで描かれる映画なのでどこか飄々、かように大変な状況をシンプルなエピソードの積み重ねで的確に捉えつつも過度に深刻にも軽薄にもならないでこんなに自然体で撮れるのはまったく才能。
そういうところ、よかったですね。大人の事情をあくまで子供の世界の背景にする潔さ。末は社長かドン・チードルかみたいなウィリアムくん役マクスウェル・シンバのひたむきさ、その親友でウィリアムくん一家とは違ってたぶん食うには困っていないであろう族長の息子の申し訳なさそうな距離感の切実さ。明日のことでいっぱいいっぱいの大人たちを尻目に極限の貧乏生活の中でも意外と切迫感のないノリの良い少年たちもまたすばらし。世界はいつでもこどもたちのものだ。
穀物を積んだ政府のトラックに殺到する農民パノラマの雄大、ふと気付けば傍らにいる犬が醸し出すそこはかとないユーモア、学舎の外にちょこんと置かれたレンガ造りのトイレのキュート、新造なのに整備が行き届かないのでオンボロに見えてしまう図書室のノスタルジー、廃品置き場のSF的ながめ、祭祀衣装に身を包んだ近隣部族の放つマジックリアリズムの輝き、いまにも崩れてしまいそうなぐらぐら風車発電機が風を受けて健気に回る光景の尊さ。
美術(『ブラインドネス』のトゥレ・ペヤク)も撮影もすばらしい絵のオンパレード。その絵を通してただそこにあるものとして世界の腐敗や腐敗から生まれる素朴で慎ましい明日への希望をさらりと見せる。う~ん、世界の名作。
2019/8/7:少し書き足しました。
【ママー!これ買ってー!】
一方こっちは希望もクソもない絶望キッズ映画の名作。
↓原作