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珍しく面白いトークショーが付いてきてトークゲストが美術手帖の編集長とオークションハウスのクリスティーズ・ジャパンの偉い人だったのですがトーク内容もさることながら質疑応答のコーナーに入ったら最前列に座っていた現役アーティストの人たちが相次いで挙手、営業だ! アーティストが営業をかけている! 映画のトークショーで営業が来るとは思わなかったのでおもしろくなってしまったのだった。
まぁ、美術手帖の編集長とクリスティーズ・ジャパンの偉い人(後で検索したら本当に偉い人で社長でした)がすぐそこに来てたら千載一遇のチャンス、営業かけるよね。今のアーティストに営業力は必須のスキル。アーティスト自らアグレッシブに自分を売り込んでいかないと創作活動を続けられないのだから厳しい時代だ。手を挙げたアーティストの人もアーティスト自身がオークションに出品することはできるかと聞いていた(基本的にはできないらしい)
でそんな厳しい時代の現代アート業界をオークションを中心にざっくり覗いてみた系のドキュメンタリーが『アートのお値段』、トークショーでも言われてましたが美術館なんかでアートに触れる時にはお値段なんか気にすることはまずないけれど、作家から直で寄贈された作品でもない限りどんな作品にもお値段が付いている。
じゃあそのお値段はどうやって付けられるのでしょう…というお勉強ドキュメンタリーとしては正直色々足りないのであんまり役に立たないが(そこらへんはむしろトークショーの方で語られていた)、アメリカのドキュメンタリーらしく味のある登場人物いっぱい、言外の皮肉いっぱい。映画の最後の方ではアートとは何か、誰のためにあるのか、みたいな問いかけもちょっと出てくるが基本的には現代アート業界を嗤う映画だった。
『ナイトクローラー』の監督・主演コンビが再タッグを組んだ評判の芳しくないNetflix映画に『ベルベット・バズソー』という現代アート業界ネタのビザールな風刺ホラーがあるが、あれをドキュメンタリーでやったらこうなるという感じ。違うところといったら『ベルバズ』はフィクションかつホラーなので嫌な業界人はどんどん死んでくれるが『アートのお値段』はリアルなのでそういうわけにもいかないというぐらいだ。
『ベルベット・バズソー』もホラーとしては微妙だが風刺映画としては面白いのでこれを機にちゃんと評価してもらえればいいなぁと挙手のアーティストに負けじとこちらも営業。今の時代は映画好きにもいかにその映画が面白いか人にわかってもらう営業力が求められるのだ。みんな観てね『ベルベット・バズソー』
ところで映画の中で印象的だったのはたぶん観た人みんなそうだと思いますがクリスティーズの女性オークショナーの「美術館? あんなの墓場と同じでしょ」的な発言だった。悪いなぁぁぁぁぁぁぁとついつい感じてしまうが美術館が墓場という発想は商売人の専売特許ではないよなと思い直したのはそうだそういうことを言う批評家の人はいる。ボードリヤールとかアドルノとかも美術館は墓場だと書いていたから日本ではあまり聞かない気がするが、美術館は墓場か否かという問いというか意識は欧米のアート業界を貫くわりとポピュラーなものらしい。
誰でもたくさんのアートが見られて人生と社会を豊かにする美術館がどうして墓場なのだろうというと芸術の生がないからだとアドルノ。ふたりの作家、ヴァレリーとプルーストのそれぞれの美術館観を取り上げてその問題を論じた『ヴァレリー プルースト 美術館』(そのまんまだ)は書かれた時代が1953年とかなので現代アートとその市場は視野に入っていないが、『アートのお値段』な世界を眺めつつガイドブック代わりに読んでみるとこれがなかなか示唆に富む。
ざっくり、美術館というのはどっかから取ってきた作品を本来の文脈や場から切り離してカタログ的に並べる場所である。ヴァレリーはそこに作品の死を見る。そんなところでは鑑賞者が作品と親密な関係を結べない、私的に崇拝できない。そのように見られない作品は舞台の書割のようなもの。
プルーストはそこに死後の生を見る。作品との親密な関係など求めずにアマチュアの態度でもって作品と戯れる。どこかの誰かの描いたよく知らない絵なんか見ながらあれこれと思い浮かぶ連想の中に、むしろ作品を引き込んでしまう。ヴァレリーはあくまで作品を見るがプルーストは作品から想像されるものの方を見るわけだ。そこに、芸術作品が生きるとはどういうことかという問いが生じる。
この映画の作り手はどちらかというとヴァレリー派なので札束の超飛び交いまくる現代アートのオークションを冷ややかに見つめるわけですが、見方を変えればそこはある意味、芸術作品がダイナミックに生きている場とも言えるのかもしれない。
劇中で何億何十億で取引されている作品が後世にどう評価されるかというのはクリスティーズの偉い人を呼んでいる都合トークショーの主要な話題になっていたが、これも要は作品がどう生きるか、生きていくかという話だろう。
オークショナーにせよコレクターにせよアーテイストにせよ批評家にせよ投機目的のつまらない金持ちにせよ、映画に出てくる人間はみんな作品をどう生かすかということに(目的はだいぶ違うとしても)関心があるわけである。
そもそも生きているから作品に値段も付くわけで、こういう形で芸術作品の生と死を浮かび上がらせるというのはなかなか面白い趣向、美術館でばかり作品と触れているとお値段と一緒に意外と忘れてしまいがちな作品の生を改めて意識させられる『アートのお値段』なのだった。
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