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香港ノワールの鉄人ジョニー・トーが大陸資本で撮った『ドラッグ・ウォー 毒戦』といえばなんといってもドラッグ工場のものすごい聾唖兄弟なのであるが(なにがものすごいのかは観ればわかるのでレンタルDVDとかで観てほしい)今手元にないので残念ながら確認できないその韓国リメイク版『毒戦 BELIEVER』のチラシではドラッグ精製のプロのイケメン姉弟! みたいなノリで韓国版のそいつらが紹介されていて大いに不安にさせられた。
実際に映画を観てみるとその不安は杞憂だったわけですが、とはいえ、オリジナルがものすごかったのでこの聾唖姉弟も悪くはないが、まぁ悪くはないけれども、これはこれでオリジナルとは違ったクールな魅力があるけれども、しかし…となんとなく歯切れが悪くなってしまう。
ある意味、安パイというか。ちゃんとしているというか。大人が作ってるなーっていうか。『ドラッグ・ウォー 毒戦』だいぶキレた映画なのでその韓国リメイクとくればそれはもう(良い意味で)客を殺しにかかってくる地獄絵図なんじゃないかと思ってしまうが予想に反して間口の広い感じの娯楽ノワール、そのへん聾唖姉弟のキャラクターによく表れていたように俺には思えたのだった。
お話。いかにも裏で悪いことをしていそうな財閥トップの訃報がニュースを賑わす中、麻薬製造工場の爆発事故が発生。ちょうど工場での会議かなんかに向かうところだったが予定時間に遅れたとかで九死に一生を得た裏社会のそれなりに偉い女が保護を求めて警察に駆け込んでくる。イ先生の「組織替え」だ。情報やるからなんとかしろ。
イ先生とは韓国麻薬業界のトップに君臨する謎の人物。そんなに偉いのに誰もその正体を知らないという『ユージュアル・サスペクツ』のカイザー・ソゼみたいな人である。この人はとにかく人を信用しないので転属先はたぶん確実にこの世ではない強制人事異動「組織替え」を頻繁に行う。そんなに人材を無駄遣いして組織保つのかと思うがすぐに上司が消えるというということは昇進チャンスの連続なので裏社会人には魅力的な職場らしい。野心に燃える有能裏社会人は続々集まってくるわ組織の中に横の繋がりが生まれないのでトップの権力が確固たるものになるわで一石二鳥の「組織替え」システムであった。
ところでその「組織替え」の工場爆破を生き延びた裏社会人がもう一人いた。母親と愛犬と共に組織で働いていた青年・ラクである。さんざん真面目に働いてきたのになんだこの仕打ちは! 工場爆破で母親を失い愛犬も瀕死の重傷にさせられたラクはイ先生への復讐を誓い、組織の捜査中に情報提供者を死なせてしまったことでこちらもイ先生に恨みを持つマトリの刑事・ウォノと手を組むのであった。
『ドラッグ・ウォー 毒戦』のドラマ的なおもしろみは極めてドライかつリアルな前半の麻薬捜査パート(これは中国公安局協力の麻薬犯罪啓発映画でもあるためらしい)がある場面を境に一変、誰が敵か味方かもわからない大銃撃戦込みのカオスな殺し合いに発展してしまうところにあったが、そのへん『毒戦 BELIEVER』はあくまで破綻なく刑事もの・麻薬捜査ものとして最後まで行く。
破綻がないといってもいやそのシチュエーションは無理があるだろと思うことしきりではあったが、「イ先生は誰か」というミステリーと「イ先生許すまじ」の感情が物語の二本柱になっていて、そこが最後までブレないので多少の無理はまぁいいかという気になってくる。映画の何を切って何を残すべきか(あるいは何を残したら何を切るべきか)よくわかった刑事もの映画の教科書みたいな映画である。あの『ドラッグ・ウォー 毒戦』からこんなちゃんとした映画が生まれるんだから変わろうと思えば人は変われます。作ってるの違う人ですが。
(前半は)リアル路線を取ったのでエキセントリックなキャラクターはあまり出てこない『ドラッグ・ウォー 毒戦』と違ってこっちはエキセントリック人いっぱい登場。「祈りなさい…」と声をかけてから顔が変形するまで部下を殴るクリスチャン麻薬王とかLED電球のノイズが許せなかったのでたまたま近くにいた部下を血まみれにしたりするチャイニーズ麻薬王(キム・ジュヒョク大怪演)とかどうかしている人が蠱毒のごとく大集結。おもしろい人がいっぱい集まったら映画はおもしろくなるのこれだけでもうおもしろい確定なのだが、映画に通底するイ先生捜しがそのゲテモノ大行列に表面的な殺すか殺されるかといった類いのサスペンスとはまた別のサスペンスを生んでいて、まぁ、とにかく、巧いなぁと思う。
でも同時に思ったのは、こうエキセントリックなキャラクターが大量に出てきちゃったら聾唖姉弟の存在なんか霞んでしまう。『ドラッグ・ウォー 毒戦』の超かっこいい聾唖兄弟(と主人公たる麻薬犯罪者)が体現していたのは生きることへの強烈な意志であった。中国では麻薬犯罪は死刑アリアリの重罪。それでも麻薬犯罪に手を染めるのだからそうせざるを得ない切実な事情というものもあるわけで、そこに個人の生とそれを侵害する国家ののっぴきならない対立構造が浮かび上がってくる。
刑事と犯罪者が協力して捜査にあたる一種のバディものの体裁を取りながら『ドラッグ・ウォー 毒戦』の刑事と犯罪者が決して和解することなく冷たい関係を維持し続けるのは、それが個人と国家のアレゴリーだからなのだ(と個人的には思っている)
途中までは概ね同じようなストーリーであっても『毒戦 BELIEVER』にはそうした切実さはなかったように思う。端的に、韓国が民主主義国家だからだろう。たぶん韓国なら薬物犯罪で死刑になることもないと思うので、そこで同じような話を展開してもオリジナルの核の部分はどうしても抜け落ちてしまう。
代わりに導入された映画の核は仁義であった。仁義を取るか平穏な人生を取るか。人を選ぶか金を選ぶか。どう生き残るかが『ドラッグ・ウォー 毒戦』の登場人物たちの最重要課題なら、『毒戦 BELIEVER』はどう生きるかが最重要課題なんである。
民主主義体制の資本主義国家が中国よりも自由で精神的に豊かだなんて簡単に言えたものだろうか。大企業に魂を売って他人を蹴落としながら自分だけ安穏生活を手にしようとするヤツらが跋扈する世の中だってそれはそれで地獄なんじゃないの。
オリジナルと比べてなんだかとっても迫力がない銃撃戦も、エキセントリックでおもしろいが誰が死んでも別に構わないようなペラいキャラクターたちも、なんでそんなところに的な派手だけれども実用性全然なさそうな奇抜な悪党たちのアジトも、そうと思えば案外、現代韓国社会のアレゴリーとして意図的に選択されたものなのかもしれない。
財閥トップの死と「組織替え」から始まった韓国麻薬大戦争はどいつもこいつも仁義よりも金を選ぶ世の中で仁義の方を選んでしまった不幸で愚かな人たちの対決に逢着する。
その結末は案外あっさりしたものだったが仁義を選んだ人たちが後に残したものはと考えるとちょっと泣ける感じである。
とはいえ! でもやっぱりもうちょっと気合いの入った銃撃戦ともうちょっと気合いの入った聾唖姉弟が見たかったのでそこは、そこだけは…! と、そんな『毒戦 BELIEVER』なのだった。おもしろかったけどね!
追記:
ブイブイ言わせてる風の組織の上昇株が有田哲平に見える。チャイニーズ麻薬王キム・ジュヒョクは佐々木蔵之介に見える。ウォノ刑事のチョ・ジヌンは角度によっては岸谷五朗に見えるという隠しお楽しみ要素もありました。
【ママー!これ買ってー!】
プレミア付いてますが今度新しく権利を獲得した別の映画会社がまたソフト出すらしいのでリンク貼っといてなんですが欲しい人は待った方がいいっぽいです。