北極生活映画『残された者-北の極地-』感想文

《推定睡眠時間:0分》

演技派俳優ともなれば一度は大自然の脅威に単身立ち向かう極限状況サバイバーを演じてみたいものらしく去年もジョシュ・ハートネットが雪山で迷子になって壮絶に死にそうになる『マイナス21℃』がありましたしロバート・レッドフォードが海で迷子になって地味に死にそうになる完全一人芝居サバイバル『オール・イズ・ロスト ~最後の手紙~』というのがあった(この映画とは作りがよく似ている)

北極圏サバイバルでいえば単身ではないものの(最終的には単身になる)リーアム・ニーソンも『THE GREY 凍える太陽』という映画に出ているので、人跡あんま未踏の地というのはベテラン俳優が己のパフォーマンスを試すには絶好の舞台、みんな大好きマッツ・ミケルセンもいよいよその手のジャンルにチャレンジしてみた『残された者-北の極地-』です。それにしてもなんでマッツみたいな渋い演技派俳優がアイドルみたいな扱いになっているのだろう。

北極の山岳地帯に不時着して早1ヶ月ほど。どっかのパイロットだったマッツは救助までの一時しのぎとして雪原ベースを築き体力を温存しながら定住型のサバイバルを続けていたが一向に救助が来る気配はない。雪山で遭難したら基本その場を動かないで救助を待った方が得策って『MAN vs. WILD』でベア・グリルスも言ってたのに!

そう思ったかどうかは知らないがこのままでは定住型サバイバルが定住そのものになってしまう。出してもしょうがないので顔には出さないが内心、疲弊しきって運命の残酷に泣き出したいようなマッツであった。ベア・グリルスも言ってたのに!

とそこに、マッツの心の叫びが通じたのか救助のヘリ到来。だが長かった遭難生活がようやく終わりを告げるかと思われたそのとき、荒天によりヘリ墜落。パイロットは死んで一命を取り留めた同乗者の若い女も脊椎をやられているの喋れず動けず意識は朦朧の危篤状態に陥ってしまう。
明らかに生きていけなさそうだし雪原ベースに二人で暮らせるほどの資源もないので観ている側としては冷酷に若い女を見捨ててしまったがマッツは若い女を見捨てない。

自分を助けるためにこんな目に遭った人を死なせるわけにはいかない。それにそろそろ孤独に耐えきれなくなってきていたのでここで死なれてはむしろこっちが困る。というわけで意思疎通もままならない彼女を甲斐甲斐しく世話するマッツだったがその甲斐もなく彼女は日に日に衰弱していく。

どうせ待っても助けは来ない。天は自ら助くる者を助くと言う。これはきっと天啓のようなものだ。彼女を救うべく、自らを救うべく、マッツは雪原ベースを出るのであった。目指すはめちゃくちゃ遠いし行路に断崖とかあって徒歩超大変な観測基地。無理っぽいが無理とか言っていられない。

こういう映画だとやはり人間お断りな過酷環境だから演じる人の方もどう芝居の極限を出してくるかみたいのが個人的おたのしみポイントなのですがその点『残された者』、斜め上から来ましたね。
映画が始まった時点で既にマッツ北極在住。暖房こそないがベースにしている小型ジェット機は扉もちゃんと閉まってある程度は長居できる、簡素だが効果的な魚を釣るための仕掛けは設置されているし魚の保管庫だってあるから徐々に健康は蝕まれてきているにしても今日明日死ぬということはない。

北極マッツの一日はデジタル時計のアラームから始まる。まず朝起きて石で作った死んだ仲間のお墓にお参りに行く、それから巨大なSOSを掘ったりサバイバル資源になりそうなもの探したりしながら魚が仕掛けに引っかかるのを待つ(引っかかると吊した空き缶が鳴るようになっている)、釣れた魚はその場で食したりせず保管庫に一旦入れて古いやつから食っていく、食べながら再びアラームが鳴ると今度は手回し式の救難信号発信器を動かす時間。

日誌代わりの信号発信地図を見るとこの一ヶ月超というものマッツはベース付近の様々な場所から信号発信を試したらしい。どこで試しても応答はないが信号発信器のクランクを回す以外に助けを求める手段はない。三度目か四度目のアラームが鳴ると夜接近の合図。ベースに戻ったマッツはクランクで回した手をベッド横に置いたなんかの箱にだらんと置いて、あったか寝袋に身を包んで眠りに就くのだった。

以上マッツの北極サバイバルですが一ヶ月以上もやってるわけだから完全にルーチン、たまに保管庫の魚をホッキョクグマに食われたりとかトラブルもあるが概ね平穏で、悲壮感とか極限感とかほとんどない。マッツは無表情を崩さないし台詞だって数えるほどしかないしかつてはこんな日々を送っていたんだ的な回想シーンも一切ないのでもうこのままで別にいいんじゃないの感が出る。ある意味、引きこもりである。

きっとこれはマッツのサバイバルっぷりを楽しむというよりは一種の寓話として見るべき映画なんだろう。ただ生き長らえることが目的なら安定したベース生活から出なければいい。ホッキョクグマの襲来は怖いがその恐怖さえ我慢すればそこまで辛い暮らしでもない。でも自由とか豊かさとか人の温もりを手にしたかったら安全なその世界を出て厳寒とか吹雪とかホッキョクグマと戦いながら命がけの旅をしないといけない。

ジャンゴが棺桶を引きずるが如くソリに乗せた半死半生の若い女(※役名)をわざわざ引きずって観測基地への旅に出ることは救出の過程ではなくそれ自体が実存的な目的なのだ、と思えばなんとなく肩すかし感のあるエンディングもなるほど感があるというか、ベース生活で人間らしさを失いかけていたマッツ(毎日お墓参りをするのもそのことを忘れないようにするためだろう)が人間を取り戻したんだなとイイ話感が出てくるのだった。

あとアツアツの即席ラーメンが超うまそう。マッツ、思わず生のままバリボリ食っていたりもしたので即席ラーメンの美味しさと非常食としての優秀さがよくわかる映画です。

【ママー!これ買ってー!】


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ジョシュ・ハートネットの極限芝居がたいへんよい映画です。生死の境さまよいすぎ。

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