《推定睡眠時間:0分》
言うまでもなくポスターとかタイトルから想像されるようなハードアクションではまったくなくむしろ銃撃戦ときたら一対一の撃ち合いが一回一分程度あるだけという牧歌的と言っていいほどのゆるゆるニコケイアクション(?)ですが、泣けた。三カ所くらい泣いてしまった。シネコンの大スクリーンでかかるハリウッド感動大作とかでも三カ所は泣かないからこれはすごいことなのではないだろうか。こういうのを佳作っていうんじゃないすかね。心に焼きつく小品。レンタルビデオ屋の名作。
今度のニコケイは不眠症の悪化で釈放された元ギャング。まぁ3年ぐらいお務めすれば出てこられるから、との兄貴分の甘言にまんまと乗せられて気付けば塀の中で19年、親分のやった殺しの身代わり出頭なので慰労金は確かにもらえたが19年はさすがに長いし出てきたらギャングは既に解散済み。出世もない。潰しも利かない。息子は薬中ですっかり疎遠。これじゃあ人生台無しだ。
残されたのは慰労金だけなのでとりあえず使おうということになる。義務的に来てる感が全身から半端なく出ている息子を金で釣ってニコケイは出所祝いの旅行に出る。豪華なホテルに泊まって高そうな服買って年甲斐もなくスポーツカーを駆って高級娼婦で回春する。街を一望する丘の上でカーセックスまではじめてしまうビンビンっぷりである。
だが、許せない。眠れない夜になるとニコケイはすべてが許せなくなる。せっかくの楽しい旅行、少しずつ息子との距離も縮まってきた、だがそのささやかな幸福を自らぶち壊すかのように夜な夜なニコケイは復讐の旅に出る。自分をハメた兄弟分、兄貴分、親分。全員ぶっ殺してやる。
ニコケイの稼業を嫌っていた息子はせっかく足を洗ったと思っていた親父のギャング返りに大落胆してドラッグ摂取を再開。一方、ニコケイの復讐行脚も徐々に暗雲が立ちこめてくる。どうなるニコケイ。どうなる息子。どうなる、今後のニコケイのキャリア…。
内容的には認知症のニコケイが仇敵のテロリストを追いかけるポール・シュレイダーの『ラスト・リベンジ』に近かったがそう言ってもニコケイ愛好家にしかわからないのでもっと一般的な映画で喩えると展開に一捻りある『幸福の黄色いハンカチ』です。ニコケイ、いつのまにか健さんみたいなポジションになっちゃって。ホテルのスイートルームでシャワーを浴びるときのニコケイにシャバに出てはじめてビールを飲んだときの健さんがダブって見えた。演技の方向性はまったく違うにも関わらず。
展開に一捻りあるといってもありふれた一捻りでそこに目新しさとか驚きは微塵もない、基本的にはセガールがやるようなドの付くベタな中年ギャングVシネ、それでも面白く見れてしまうのはニコケイのスタア映画だからで、むしろニコケイの演技を見せるためにあえてシンプルなシナリオを採用しているようなフシもある、というのは健さんの映画と同じである。
ともかくニコケイだ。ニコケイのお芝居、これはもう近年のニコケイ映画の中でもいや、ニコケイの全キャリアを通してもかなり上に方に来ると言っても決して過言ではないのではないか…似てる映画として『ラスト・リベンジ』を挙げましたけどニコケイの方もそこでの演技経験を意識していると思うんですよねこれは。ニコケイといえばお仕事演技! のイメージが最近は染みついてしまっているわけですが、そこは腐っても名優、ビデオ屋で永遠にホコリを被ってるような映画で演った経験も無駄にはしない。
なんかですね、集大成感があったんですよ。『ラスト・リベンジ』みたいな芝居もあるし、それから最近のニコケイ映画としては珍しく話題を呼んだ『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』で見せた芝居みたいなのもある、俺は貧乏系ニコケイ映画の傑作だと思ってる『ヒューマン・ハンター』っぽいニコケイもあったし、野球のバットが凶器になるあたりはニコケイがバットで人を殴り殺す狂人ギャングを演じた『キング・ホステージ』、お務めが終わってくったくたのニコケイは『ドッグ・イート・ドッグ』(これは必見の怪作)のセルフオマージュというか、セルフパロディ的な趣もある。
どこか『救命士』みたいなニコケイも、『リービング・ラスベガス』みたいなニコケイも、『ワイルド・アット・ハート』みたいなニコケイも、個人的に大のお気に入りの『不機嫌な赤いバラ』みたいなニコケイもある…打ちひしがれたニコケイ、焦燥感を募らせるニコケイ、女の前でカッコつけてみるニコケイ、そのくせ小心者のニコケイ、調子に乗るニコケイ、白昼夢の世界に入ってしまうニコケイ、ブチ切れるニコケイ、むせび泣くニコケイ…ニコケイ祭り。すばらしい。
妻の墓参りに行くシーンでのニコケイの感情ギアチェンジ、そのタイミングがたまらなくエモーショナル。小さかった頃の息子の宝物だったレア野球カードを嬉しそうに眺めるニコケイに対して「高く売れるかな」とすげない息子の痛ましい会話の間! ちなみにこの息子役の人、Noah Le Grosもドラッグでブレインにダメージ溜まってる感が見事な快演、極道親父に対する苛立ちと諦めと、それでもその金に縋ってしまおうとする弱さと打算の入り交じった複雑なキャラクターでとてもよろしい。アッパーに情緒不安定なニコケイとダウナーに情緒不安定な息子の言葉の応酬とすれ違いはたかがB級と言わせぬポエジーに満ちていた。
終わった男たちの奇妙に現実感を欠いた逃避旅行に寄り添う叙情的なアコースティックサウンドもしっとり沁みる。窓の外からニコケイがチラ見する平和そうな家庭風景であるとか、ちょっとした笑いを誘うホテルマンの災難のくだりであるとか、さり気ない場面やショットの積み重ねが実に効いている。ご近所感覚よりも更にスケールと予算を絞ったお隣感覚のアクション&サスペンスはもはやなんの見所にもならないが、終わった人が失った人生を取り戻そうとして空回りし続ける痛切な哀愁ヒューマンドラマの一場面として観れば、むしろそのショボささえ味である。
良い映画だった。フィルマークスとかだとたぶん平均2.5点ぐらいの映画だと思いますが俺マークスでは80点満点中の110点フレッシュです。トマトも混じっているな。どうせトマトメーターも腐ってるだろう。
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これも、終わった男の魂の彷徨を描いた映画として観るとわりあい良い映画なんじゃないかと思うんですけど、そこはニコケイ映画にキレ芝居とか大作感を求める観客との間にズレがありますよね。
アイラブニコケイ
ウィーラブニコケイ
ニコラスはいいですね。
不器用な親子関係が染みました。墓参りで終わってたのだと納得。ラストの空がよかった。
沁みる映画でしたね。親子の会話の噛み合わなさが本当に痛ましくて。でもどこか爽やかっていうかあまりジメジメと暗い感じじゃなくて、ラストの空もあれはあれでニコケイの魂は救われたのかなって思うと、そこもまたイイんですよね〜。
この映画、一般的な評価低いですが、個人的には好きな映画です。
封もあけずにベッドの上に置いてあるスーツの紙袋見たとき、あやうく目から汗が出そうになりましたよ(笑)
息子はニコケイの妄想なのに都合のいい存在でないところが、息子に対する贖罪の気持ちだったり、本当は復讐なんかやりたくないという良心を表現できてると勝手に納得してます。
ラストはよかったですね~! えらいことになったけど、人として何か大事なものだけは保てた、みたいなニコケイの感慨を感じましたよ。このへん、『ナイト・ストーム』で培ったニコケイが反映されてるかもしれないですねってどっちが先かよくわからないんですよね・・・
>息子に対する贖罪の気持ちだったり、本当は復讐なんかやりたくないという良心を表現
おお!この視点はなかったです!言われて納得しました!いやぁ、そう考えるとますます切ない映画っすね~。アクション映画風の邦題とパッケージなのでそういうのを期待した観客が肩透かしを食らって評価が低めになるのはしょうがないことだとは思うんですが、でも哀愁を帯びた任侠ヒューマンドラマとして観ればすごく良いですし、個人的には近年のニコケイ映画の中でも『マンディ』や『カラー・アウト・オブ・スペース』なんかの話題作と充分肩を並べられる力作だと思ってます。再評価の波来ないかなぁ。絶対来ないでしょうが…。
『ナイト・ストーム』、これは未見でした!今度レンタルで見てみます!