《推定睡眠時間:40分》
やれアニマルライツだAIライツだと人権を超えた人権意識が高まっている昨今ですがゾンビ業界でもゼロ年代後半からはゾンビ視点からの映画なんかがカジュアルに作られたりするようになりブードゥー教の労働奴隷であった頃とは隔世の感、ゾンビだって殴られたら痛いしお腹が空くから食べちゃうし好きな人が出来たら恋愛だってしてみたい、なあんだゾンビだって人を食ったり撃たれても死なない以外は人間と変わらないじゃないかというわけでゾン権というものが尊重される世の中になりました。
というわけでこの映画はゾンビ病から回復した人の社会復帰過程をドキュメンタリータッチで描いた社会派ゾンビ映画。ゾンビの社会復帰といえば死者がみんな普通に蘇って家に帰ってきちゃう『ウェイクアップ・デッドマン』がありますがこちらはジャンル的には硬派な『黄泉がえり』的なヒューマンドラマなので復帰者(とか呼ばれる)の悲惨な処遇など設定は似ているものの最初に頭をよぎったのは3DCGアニメの『バイオハザード:ヴェンデッタ』。
悪の製薬会社の撒いたゾンビウィルスのせいで街の人がみんなゾンビになっちゃって大変だーっていうところに製薬会社ぶっ潰すマンたち登場、その活躍で最後は抗ウィルス剤を街に散布してさっきまで人間の内臓をむさぼってたゾンビたちも我に返るのでした、めでたしめでたし…と救ったとはいえゾンビになってた人へのアフターケアがなさ過ぎる無情エンドにあの内臓とか食ってた元ゾンビたちはちゃんと社会復帰できるのだろうかと心配になる映画が『バイオハザード:ヴェンデッタ』だったので、別に関連作品でもなんでもないのだが、あの元ゾンビたちのその後として観たくなってしまう。
だが実際に観てみると当然ながら『バイオハザード:ヴェンデッタ』のその後ではなく、『ウェイクアップ・デッドマン』のバリエーションでもなく、じゃあ何かというと…『28日後…』と続編『28週後…』をミックスしてその行き着く先の一つの可能性を提示したオレ流『28ヶ月後…』というべき映画でした。いま話題の新型コロナウィルスも治療薬の開発までには1年かもっとかかるかもしれないと言われているわけですから(※2020/3/23現在)まぁ28ヶ月ぐらい経てば『28日後…』のゾンビ化ウィルス、通称レイジ・ウィルスも治療薬ができていることだろう。そういう非公式妄想設定を念頭に置いて観るとなるほど俄然おもしろくなってくる。
念頭に置かないとフォロワーっぷりが露骨すぎるだろう多少はオリジナリティ打ち出して勝負しろよってなる。
本当、手ぶれ多めのカメラワークとかさ、サブリミナル的な映像を適宜差し挟んで不穏感を高めて行く編集とかさ、ゾンビの…死体が動いてるわけじゃなくてウィルスのせいで錯乱して人を襲ってるんだから感染者と呼ぶべきだというゾンビ・ポリコレ論者もおりますがその議論はここではしないとしてですね…ゾンビの痙攣発作的な挙動とかもどう見ても『28日後…』だし、そのゾンビが襲ってくるときのショック描写、まーこれも『28日後…』『28週後…』だよね。
あんまり言うとネタバレになりますしあと基本寝ててわかんないので細かいことは言いませんけれどもストーリーのおおまかな流れも『28週後…』をベースにしたと思しきもので…っていうか『28週後…』がそもそもレイジ・ウィルス禍が終息に向かってる復興期のロンドンでどうも抗体を持っているらしい多少は理性の残ってるゾンビが発見されたところから動き出すお話なのでまず入り口で被ってる。
『キュアード』の方は局地的には感染者が出ることはあっても概ねゾンビウィルスの封じ込めに成功してる世界の話で、治療薬で8割の人は元の状態に戻れるので、ウィルスの拡散をどうするかということよりも元感染者への差別をどうするかとか、2割の治療薬効かない人をどうするかということが社会の課題。ゾンビ映画に出てくる社会の課題はすべて崩壊の予兆なのでまぁ、どうなるかはだいたいわかると思いますが、そのへん『28週後…』なわけです。
主要登場人物の一人がキリアンという名前なのはきっと『28日後…』の主演がキリアン・マーフィだからだろう。そんなに好きかよ『28日後…』と『28週後…』。俺も好きだから文句ないですがそれにしてもわかりやすい。
オリジナルな部分で面白かったところは感染者の収容施設に押しかける元感染者隔離継続を求めるデモ隊の人たちが、元感染者の主人公目線から見ればむしろ凶暴ゾンビに見えるとかそういうアイロニー、それからフラッシュバックするゾンビ期の記憶(治療薬を使うと記憶は残ったまま人間状態に回復するという設定)に悩みながらなんとか人間として生き直そうとする主人公の苦悩とか。
でも後者に関しては『28週後…』の主人公も人間サイドではあったがゾンビから逃げるために妻を見捨てた過去に苛まれている人だったわけだからこれもやっぱ『28週後…』とかなり被ってしまう。ゾンビ目線ということでちょっと『コリン LOVE OF THE DEAD』も入ってるのか。ブリティッシュ・ゾンビが好きな監督なんだろうなこの人。
アメリカ映画ですが全体を覆うのは英国的憂鬱。天気もどんより曇って空気が荒む。それを楽しめるなら面白い映画。ファンメイドの『28ヶ月後…』と割り切って観ることができればもっと面白い映画だろう。そのわりにはスプラッター描写とかミリタリー描写が物足りない感じもありますが。
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集団ゾンビマラソンと軍の無差別大虐殺が最高だしヘリのプロペラでグッサグサとゾンビを狩っていくところも最高だ。愛とか同情とか平時ならプラスに作用するような人間の善性によって世界が崩壊の時を迎えてしまう意地の悪い展開だって最高に最高だ。これを観ると生きようって思うので21世紀ゾンビ映画のベストテンにはいつだって絶対に入れたい。