図書館は大変映画『パブリック 図書館の奇跡』感想文

《推定睡眠時間:0分》

素行の悪そうな黒人男性が素行が悪そうだからとその場で故殺と未必の故意の中間ぐらいな感じで白人警官に殺害された事件に端を発するBLM運動が絶賛延焼中の現在、福祉予算の削減により路上で同志が凍死しまくる現状に堪忍袋の緒が切れたホームレス黒人男性率いるホームレス集団が一晩の越冬を求めて図書館をジャックするという内容は偶然にしてあまりにタイムリー、原題は『THE PUBLIC』だけだしぶっちゃけ〈図書館の奇跡〉なんか起こらないのであるが、なにが奇跡的ってそのタイミングが奇跡的であった。

シンシナティ公共図書館の司書スチュアート(エミリオ・エステヴェス)には日夜難題が降りかかってくる。目下のところはホームレス訴訟問題。公共性の観点からできるだけホームレスたちと共存しようとするスチュアートだったが、そうは言っても誰もが情報にアクセスできる公共図書館、利害の不一致からトラブルに発展してしまうこともある。

今回はあるホームレス利用者の体臭に他の利用者からクレームがついてしまい、再三警告したものの改善してもらえなかったのでやむなく強制退館、そのことで件のホームレスは図書館を相手取って法廷闘争に出たのであった。どうもその背後で糸を引いているのは選挙を間近に控え人気取りに余念がない市長候補者(クリスチャン・スレイター)らしい。

一方ホームレスたちはホームレスたちで深刻な問題を抱えている。市が福祉予算を削減しちゃったのでシェルターが大幅に定員超え、入れば難民キャンプのような劣悪環境だし外に出れば記録的な寒波の到来で路上凍死待ったなし。そのうえ図書館通いを日課にしていたホームレスのグループから忽然と仲間が一人消えてしまった。

凍死か? 表面的には穏やかで面白いオッサンだがそのじつ腹の底には鬱憤をため込んでいるグループのリーダーは失踪事件を受けて行動に出る。題して図書館越冬闘争。シェルターからあぶれたかもしくは入りたくないホームレスを呼びまくって図書館の1フロアを一晩だけジャックしてやろうとするのだった。俺たちを生きさせろ! 制度だの規則だのそいつは俺たちの命より重いのか!

ちょうどその場に居合わせたスチュアートはリーダーの説得を試みるがそこに思わぬ横槍、例の市長候補が世論調査での劣勢を覆すために暴動を鎮圧する俺を演出しにやって来たのだった。こうなるとスチュアートの堪忍袋の緒も切れる。とりあえず大挙して押し寄せてはみたものの特に戦略とかなかったしぶっちゃけそこまで大ゴトにする気もなくどちらかと言えば単に自分たちの苦境を知ってもらいたかった感の方が強かったリーダーを横に押しのけ、スチュアートが立てこもりの陣頭指揮を執るのであった。どうなる図書館。どうなるスチュアート。どうなった、消えた怪しい博識ホームレス…。

なんかあれだな、意気込みはわかるがだいぶ空回りした感じの映画だったよ。エミリオ・エステヴェスが主演・監督・脚本・製作ってんですからよほど力を入れたっていうか訴えたいことがあったんだろうな。しますよ~風刺。社会をバシバシぶった斬っていきますが同じ刀であまりに色んなものを斬るので刃こぼれして結局全員軽傷で済んじゃったみたいな、なんともこう、もどかしい感じ。

公共図書館の在り方とかさ、綺麗事だけでは済まないホームレスとの共存とかさ、ブルータルな選挙戦とかさ、扇情的なブレイキング・ニュースを求めるあまり実態と乖離した誇張ニュースを作ってしまうテレビ局とかさ、無意識的な差別と人種間の緊張とか…まぁいろいろあるわけです。あるんだけれどもそれがいまひとつ有機的にまとまらない。最後なんか力業ですよ。いやそれバカバカしくも崇高で面白いけれどもなんも解決してねぇじゃねぇかの極致。せっかくの豪華キャストもあまり活かされることがなくてもったいないよな。アレック・ボールドウィンなんかもっと使い方あっただろって思うよ。

ただこういう映画の作りは雑多な問題にあえてわかりやすい映画的決着をつけまいとするエミリオ・エステヴェスの生真面目さの表れだったのかもしれない。結局何一つ解決しないのはそれが現実でも解決しない問題だからだし、2018年製作のこの映画が昨今のBLM運動と呼応して見えるのもそのことの裏付けって言える。映画は司書に様々なものを探してもらう利用者たちの声で終わるが、その声が表現するものは図書館はどんな答えでも置いてある場所ではなくどんな質問や要望でも受け付ける場所だということだったのかもしれない。だからこの映画も答えは出さずに問題だけたくさん詰まってるわけです。

まぁこのへん日本の一般的な図書館観とはだいぶ違った感じで面白いすよね。アメリカの公共図書館とか図書館利用者はレファレンスを非常に重視するし、情報アクセスは国民の権利(もちろんホームレスだって例外ではない)だっていう考え方が基礎にあるのでインターネット端末の利用も盛んらしい。この映画の中では描かれてないですがタブレットの貸し出しもやってたりするというので、施設名としては公共図書館だけれどもその守備範囲は図書や新聞に留まらない、公共情報館とでも言った方が実情に即してるんじゃないだろうか。そういう面白さもある。

あとこれはだいぶ意表を突かれたところですがまさかの『ザ・ダーク』オマージュね。『ザ・ダーク』ってあれですよあの最低ゴミ映画として名高い…ホームレスが目からビーム出して人を殺す…あの映画がオマージュされてたんですよまさかこんな真面目な社会派映画で! びっくりしたよね。どっからネタ採っとんねんて感じじゃないすか。他にも『スキャナーズ』ネタが出てくるしおそらく『ゼイリブ』オマージュかなぁと思わせる場面も出てくるわけですが、『スキャナーズ』も『ゼイリブ』も主人公がホームレスだからこれは俺のゴミ映画妄想じゃなくて本当に『ザ・ダーク』オマージュの映画なんですよ…ホームレス映画として!

『ザ・ダーク』ネタをちょっとイイ話に転がす社会派映画なんかたぶんこの映画の他には現世に存在しないですしそもそも発想として出てこないですから、まぁいろいろどうかと思うところもありましたがユニークで面白かったですね。やるじゃんエミリオ・エステヴェス。次は『オレだって侵略者だぜ!!』の社会派映画化を頼む。

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公共図書館の業務風景であるとか建物を捉えるアングルなんかがよく似ているのでエステヴェス、これ観てこういうの撮りたいって思ったんじゃないすかね。監督は米国お仕事ドキュメンタリーの最強巨匠フレデリック・ワイズマン(名前からして巨匠すぎる)

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5 Comments
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匿名さん
匿名さん
2020年7月25日 8:56 PM

こんにちは。
〝目からレーザービーム〟の元ネタがあったとは驚きです(眼鏡をかけて実は、近視だったと知ったのかと…)。
ワイズマンのドキュメンタリー、否が応でも思い出しちゃいますね。そういえば自分は図書館で一度もレファンスを利用したことがなくて、本作での図書館員とのやり取り良いな、と思いました。
エミリオ・エステベスをスティーブ・カレルと思い込んでいたのは多分、私の近視のせいだな…

匿名さん
匿名さん
Reply to  匿名さん
2020年7月25日 8:57 PM

ごめんなさい。名前はさるこです。

さるこ
さるこ
Reply to  さわだ
2020年7月29日 4:40 PM

国立国会図書館の〝レファンス協同データベース〟というwebページを読むと、映画のあの感覚が少し、味わえます(ヒマやね…)。