《推定睡眠時間:不明分》
女と男が話してる。なにやら大事なコトらしいが、ボーっと別のコト(あー、カネねぇなぁ、母親にタカろうかな。言いワケは?)考えてたんで、何のことやらサッパリだ。
女が去って、タイトル。『INHERENT VICE』。音楽、イン。カンの『ヴィタミンC』。長回しで男(探偵)をダラーって追って、次のシーンまでダラーっと曲が続く。おー、なんか知らんけどカッケー。
ポール・トーマス・アンダーソンの新作『インヒアレント・ヴァイス』を観てきた。ヒューマントラストシネマ渋谷で観たが、ココで映画観ると大体途中でおしっこが我慢できなくなるから、不安。
いつも喫茶店でダラーっとタバコ吸ってコーヒー飲んでから行くせいだが、どうも腎臓に問題にあるのか、とにかくションベン、出る出る。
いや、カフェじゃないんだよ、喫茶店。個人営業の。壁にタペストリー(死語か?)とか貼ってるトコ。こだわりか?いや、落ち着けないじゃない、カフェって。大体、タバコも吸えないなんてさ…。
まぁ、どうでもいいや、そんなこと。
ユルい映画で、出てくるヤツはどいつもこいつもアタマがユルいか股がユルい。観てる方もユルく観る。膀胱はユルまなかったから、良かった。
なんのハナシかっつーと、とココであらすじ書こうと思ったが、無駄なのでやめる。どんなにコトバを弄そうが(まぁ、弄すアタマもないが)、こーゆー映画の面白さは伝わるもんでない。
しかしどんな映画でもそうであって、あらすじ読んだからって面白くなる映画なんて観たコトない。なにより映画は目で観るもんなんだから、ストーリー分からないからタイクツ、なんてのはそもそもタイクツな映画じゃないの。っていうかコレ、探偵映画だが、別に真相を推理したりするハナシじゃないし。
…まったく、なんだこの駄文は。映画のユルさを文体で伝えようとしたが、できないんで諦める。普通に書く。ネタバレはあるような、ないような? まぁ途中からあるが、しかしネタバレとかどーでもいー映画ではある。
ハッパ大好きヒッピー探偵(ホアキン・フェニックス)の前に元カノが現れた。
んで、元カノは今は大富豪の愛人になってて、正妻とその愛人が結託して大富豪を貶めようとしてるんで、私どーしよ、って話す。
ホアキンはダメな人なんで、あーとかうーとか言ってたら、元カノは去った。そしてそのまま失踪。こうして、まだ元カノに未練タラタラなホアキンは彼女を探す傍ら、色んな変人の言いなりになってフラフラするのだった。
冒頭からしてそうなんですが、コレなにかっつーと大脱力探偵映画『ロング・グッドバイ』(1973)だ。
監督のポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)は脱線と脱力の巨匠ロバート・アルトマンに多大な影響を受けてるんで、この映画を念頭に置いてたのは間違いないというか、当然ではある。
『ロング・グッドバイ』はどーゆー映画かっつーと、ウルトラ・ローテンションの探偵がフラフラしてたらなんか勝手に事件解決しました、みたいな映画。
『探偵物語』(1979)での松田優作や『私立探偵、濱マイク』(2002)はこの映画と探偵(エリオット・グールド/フィリップ・マーロウ)にとても大きな影響を受けた。
『インヒアレント・ヴァイス』の脱線&脱力っぷりは鬼気迫るものがあり、そのあたりアルトマン的な自然体の脱線・脱力じゃないが、徹底的ではある。グールド/マーロウはそれでも信念を持っていて能動的に動くコトはあったが、ホアキンはひたすらハッパ吸って、目的らしい目的もなく人に言われるがままフラフラするばかり。
映画自体もアッチ行ったりコッチ行ったり方向性が定まらず、微妙な笑いを振りまきながら場当たり的に展開する。受動の人ホアキンは何が起ころうとボーっと困惑の表情を浮かべるばかりだが、映画も一向に盛り上がることなく、なにが起ころうとダラダラ被写体を追うばかりだ。
ソレ、面白いの? いや面白いね。っていうかツマンナイけど、ツマンナくてイイ。ダルな雰囲気がメチャクチャ心地イイ。ボーっと観てボーっと笑う。観てるコッチもハッパ吸ってるみたいな、リラックスした幸福感。
148分の長尺ですが、むしろ短すぎるくらい。300分くらい観たかったよ、マジ。
だって、途中で寝たり、ハナシの筋追えなくなっても全然オッケーな映画だしね。いーじゃん、そーゆー楽な映画。
とはいえ一応探偵映画なんで、一切「驚愕の真相!」って感じじゃないが、巨大な真相(深層?)はある。ディックの大傑作ジャンキー小説『スキャナー・ダークリー』(1977)と、その映画のラストにある、アレ。
知ってる人には分かっちゃうが、別段知ったところで一向に映画の面白さは損なわれないから問題ない。ホアキンも映画も「へー、そうだったんだ。どうでもいいけど」と受け流すんで。
受け流すが、意味はある。『スキャナー・ダークリー』のラストはヒッピー的な自由の死だったが、コチラの真相も同様。ヒッピーと、70年代的自由の死。70年代の終わりはPTAの出世作『ブギーナイツ』(1997)でも描かれた。『インヒアレント・ヴァイス』はなんとなくその裏返しって風にもとれる。
『ブギーナイツ』はこーゆー映画。70年代後半、まだヒッピー的な価値観を引きずったポルノ業界に主人公の青年は入ってく。誰からも自分を認めてもらえないコトに悩んでた主人公だったが、そこでは誰もが彼を認め、家族として迎え入れる。
やがてポルノスターとなって、セックスしまくり、ドラッグしまくり。我が世の春を謳歌するが、80年代の到来とともに全ては終わる。ポルノ業界の擬似家族を捨てて、単なるジャンキーに成り果てた主人公は自滅の道を辿るのだ。
最後、行くアテの無くなった主人公は擬似家族の下へ帰る。その再生を暗示して、映画は終わる。
ところで、『ブギーナイツ』の主人公をそのままなぞったような映画がある。
ホアキン・フェニックス主演のドキュメンタリー、『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010)ってのがソレ。
俳優を休業したホアキンに迫ったこの映画では、ホアキンがドラッグに溺れ、『ブギーナイツ』の主人公同様に歌手に転向しようとするサマが描かれる。
自作のバカ・ラップを自信満々に披露するホアキンに大笑いするが、しかしコレに失敗、追い詰められたホアキンの自殺を暗示して映画は終わるのだった。
『ブギーナイツ』と違って、ホアキンが帰るコトのできる家族はいない。
有望な若手俳優だったアニキのリバー・フェニックスはコカイン中毒で亡くなった。家族の喪失からホアキンの自滅的な歩みは始まって、その後を追うんである。いや、フェイク・ドキュメンタリーだけどね。リバーはホントにコカイン中毒で死んでるけど。
…エラく脱線した。『インヒアレント・ヴァイス』に戻る。
そしてこっからネタをバラす。
フラフラ脱線しながらもホアキンは真相に辿り着く。すると、唐突に失踪したハズの元カノが舞い戻ってくる。基本ふざけた映画だが、この場面の痛々しさには胸が痛くなる。もうどうやっても修復しようのない二人の断絶を、カメラは5分くらい続く長回しで延々追いかけるのだ。
『インヒアレント・ヴァイス』はそれまでのPTA映画に顕著な映像テクニックを極力控えたとゆーか、あんまりこだわった画作りをしてるよーに見せない映画だが、この場面だけは違う。
いつもボーっとしてるホアキンもここでは感情を露にするが、コレも『ロング・グッドバイ』の1シーンのオマージュだろか。どうあれ、異様な緊張感の漂う忘れがたい失恋の場面だ。
元カノは戻ってきたが、かつての恋人は永遠に失われた。そこでホアキンは思い出す。消えたヒッピー旦那を捜してくれっつーヒッピー妻からの依頼を。
目的もなくフラフラしてたホアキンだったが、喪失感の埋め合わせか、ここで初めて確固たる目的と意志を持つ。
ってことで裏社会に紛れ込んでたヒッピー旦那を、ホアキンは映画の最後で妻子の待つ家に帰す。幸せそうな二人の邂逅を見つめるホアキン。その眼差しが切ない。ヒッピー旦那には待つ者がいるが、ホアキンにはいないのだ。
彼が見つめる光景は『ブギーナイツ』の如く。彼自身は『容疑者、ホアキン・フェニックス』の如く。あぁ、俺もああなれたらなぁ…。
けれども、映画もホアキンも、不思議とその光景からは距離を置く。混乱しまくった世界に、たとえ局所的にでも秩序を取り戻したのに、どーしてホアキンの目にはそれが幸せに映らないのか?
ヒッピー夫婦のハッピーエンドにホアキンが見たのは、70年代の終わりを喜んで受け入れるヒッピーの姿で、自らが望んだ自由を笑いながら投げ捨てる人々の姿だった。脱線と脱力の映画『インヒアレント・ヴァイス』が行き着いたのは、アルトマン的な、PTA的な解放と解体への志向の、それ自体の終着点なんである。
脱線と脱力の大冒険はヒッピーたちの大冒険だ。解放せよ、放散せよ、厳然たる秩序に、混沌で抵抗せよ。だが結局、能動的秩序に対して受動で抵抗したヒッピーたちは構造に取り込まれ、以前よりもっと強固な秩序が打ち立てられた。
解放を夢見たヒッピーたちは彼らが嫌った秩序の最大の共犯者だったんである。それこそこの映画に描かれた事件の真相だ。
ラスト、車中でホアキンは元カノと静かなひと時を過ごす。少しも幸せじゃない、気まずい空気。ヒッピーは終わった。70年代は終わった。冒険と青春はもう終わって、アメリカにはもうなんの可能性も残されていない。二人とも、それを知っているのだ。
二人はこれからどうするだろか。ヨリを戻して、いや別に戻さなくてもお互い結婚して定職に就いて、落ち着くトコに落ち着くかもしれない。
でもまぁ、なにをするにしたって、もう自分を騙してハリボテの中に身を置くことでしか幸せにはなれないだろう。あのヒッピー夫婦みたいに。
『ブギーナイツ』での擬似家族への回帰は、ここでは幻滅の眼差しで捉えられる。それはまた『ロング・グッドバイ』のラストでのグールドの眼差しであり、隅々までコントロールされたハリウッドに対するアルトマンの眼差しなんである。
【ママー!これ買ってー!】
それにしてもカッコイイ。
もう死ぬほどカッコイイ。
髪なんかボサボサで、ヨレヨレのスーツ着て、いつもタバコを手放さないダメ探偵と化したマーロウ/グールド。
んが!ダメ人間だがダメ人間なりに秘めたる信念があり、そして決して軽薄にならないあたり、もうホントに超カッコイイんである。
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LAヴァイス (原作)(Thomas Pynchon Complete Collection)