坂口無双プレイ映画『狂武蔵』感想文

《推定睡眠時間:0分》

アクション映画好きなら誰しも一度くらいは『死亡遊戯』のブルース・リーに憧れるだろうと思いますがこの映画『狂武蔵』は主演・坂口拓が9年前に達成した宮本武蔵のワンカット77分400人斬りの映像に去年だか今年だかに追加撮影した山﨑賢人出演のドラマパートを10分ぐらい付け足して一本の映画にしたまさかの『死亡遊戯』方式でした。坂口拓、ブルース・リーと違って死んだわけでもないのに! でも最近になって撮られたドラマパートの坂口拓は9年分熟成されて400人斬った頃とは別人になっていたので一度死んだようなものです。芸名も変えてますしね。

その77分400人斬り。いやぁこれは、いやぁこれは…最初に思ったのはやっぱりね、アクション映画ってアクション俳優の身体能力はもちろん大事ですが演出も超すごく大事。77分400人斬り。すごい。確かにすごい。しかしなんだか映画的な意味での迫力に乏しい。ワンカット77分400人の殺陣ですから撮るっつっても普通には撮れませんしそこはやはり拘りなのかワンカット風に見せて実はこっそり映像を繋いでる風でもない、そういうわけで映画の撮影である以上に坂口拓というアクション狂人の限界を撮る、みたいな感じになっていて…アクション実験映画としてはすげーってなるんですけど、フィクション時代劇としては締まりがないな~って思ったりもするんです。

なまじちゃんとしたドラマパートが付いてるものだから余計にそこ、目立つ。カメラワークから画質から演技から背景からともう全部違いますしね。77分400人パートは見た目あれですよ基本的にカメラは坂口拓の背後に付いてるのでゲームの「無双」シリーズ。77分も斬り続けるとさすがに殺陣もパターン化してくるし400人も切られ役用意できないから『ゾンビ』の如く同じ人が何度も斬り殺されたりしてAI雑魚敵を斬ってる感がすごい。エリアを移動すると中ボスに遭遇したりするところも体力ゲージが赤くなってくる度に回復アイテム(竹水筒)を取りに行くところも超「無双」だった。冒頭のドラマパートもその高画質っぷりもあってステージ開始時のプリレンダリングムービーに思えてきてしまったほどだ。

「無双」シリーズは雑魚敵をザクザクぶった斬ってく爽快感はあるかもしれませんけど迫力は別にないよね。だからこれもそれと同じで、坂口武蔵が斬ってく雑魚敵の一人一人に映画的なケレンを効かせた演出を付けないというか、超長時間&多人数殺陣の性質上付けられないので、あぁ武蔵が無双しとるなと、これ「坂口無双」だなと、なんかゲームのデモプレイみたいに見えるわけです。

でもそこはやはり生身の人間がやってることなわけで、最初は本当に無双だな~としか思わなかったんですが、だいたい10分ぐらい斬ったあたりから坂口武蔵が野獣化してきて、そこからはもう無双だな~と呑気に見てはいられなくなってしまった。ぶっちゃけ10分も斬り続けたらもうわりと限界でしょ。あのトニー・ジャーでさえ『トム・ヤム・クン』で試みた『死亡遊戯』的(お前もか!)長回しカチコミシーンの最後の方はふらふらでしたからね。

『トム・ヤム・クン』の長回しはせいぜい10分であったからそのへんが映画の擬斗の限界なのではないかな。アクション俳優とかスタントマンはカメラに写る瞬間のアクションをどう魅せるかに特化したお仕事なわけで、ふつう長時間アクションをするようには身体を作っていないだろう。

っていうわけで人斬り開始10分から先はほぼほぼ全部が坂口拓の限界突破。まだ斬るか、まだ斬るか! いやもう無理だろ! 壁にもたれかかって「しんどいな…」とか言ってるし! それ多分アドリブっていうか心の叫びだろ! でもその叫びを押し殺して77分400人、斬ったり蹴ったり叩いたり振り回したりしながらおそらく事故的に途中膝をついたりしながらもとにかく最後まで駆け抜け斬り抜ける坂口武蔵ですよ。

感動したね。24時間テレビのマラソンよりも感動的だった。来年はマラソンの代わりに坂口拓に24時間斬り続けて欲しいと思ったぐらいだ。一人斬るごとに芸能人が100万円を難民とか難病とかの人に寄付するようにすれば人斬りマラソンも立派なチャリティーだろう。『狂武蔵』ペースで斬ってしまったら最終的に災害支援レベルの募金額になるので人斬りは世界を救う!

追加撮影の10分は77分400人斬りを挟む形で最初に5分と最後に5分。最後の5分には今の坂口拓の殺陣が入っているわけですがー、これは美しい、頑張っているななどと思わせる隙のない見事な殺陣だ。でもそれはスタイルが洗練されてきたっていうのもあるとは思うのですが、やっぱ振り付け思想も含めて撮り方が違うってことでしょうね。こっちの殺陣は瞬間的なアクションをどう見せるかに主眼を置いて撮られているので77分400人斬りの無双っぽさに比して非常に映画的になっているわけです。

そのへんの見比べも面白いところで…400人斬りパートでの坂口武蔵はヤンチャだけれども抜けたところもあって良いキャラクターなのですが、その7年後(だったと思いますが歴史を知らないので…)を描くラスト5分ではすっかり剣豪の風格漂い、キャラクターの成長も殺陣の変化に表われる。まぁ、だから、一にも二にもアクションですよ。アクション、アクション、アクション。ホームページ制作まで自主アクション映画監督の中元雄というアクション縛り。映画としてこれどうなのよとは確かに思うが、それを言ったら『死亡遊戯』だって映画としてどうなのよでは済まない領域に両手両足で踏み込んでいる。

どうなのよどころの完成度じゃない『死亡遊戯』がそれでもブルース・リーのアクションとリーに心酔するアクション人間たちの熱意によって未だ色あせぬ(最初からあせているという説もある)輝きを放つように、『狂武蔵』もストレートに面白いとは言いにくいが唯一無二の輝きを放っているのだ。

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