人間厭映画『ポルトガル、夏の終わり』感想文

《推定睡眠時間:0分》

構図とか台詞とか編集のテンポとかわりと全面的にエリック・ロメールのフォロワーっぽい映画なのであったがエリック・ロメールの映画なんて寝ないで観れたことが一度もないのでちょっと困ってしまった。それでも眠らなかったのは体調がよかったというのも俺もかつて名画座でエリック・ロメールを観まくって寝まくっていた高校生ぐらいの頃よりはさすがに少し映画鑑賞眼が成長しているので、というのもあるのでしょうが、これイザベル・ユペールがいるからね、ロメール映画と違って。

イザベル・ユペールがいたら画面がざわついてなんとなく緊張しますから単調な画面でも眠くならない。どこまで意図した効果かは不明だが効果的ですな。いつも能面だから何を考えているのかわからなくて怖いんですよイザベル・ユペール。今回はとくに能面に意味があるという類いの役なもんで最初から最後まで能面へばりついてます。

劇中のユペールは愛称フランキーの大女優設定。ユペールが能面なら映画も能面的にのっぺりしているので関係性が掴みにくいが、ポルトガルのシントラというなんか森の中に聖堂とかがたくさんあってビーチとかもわりと近い観光地に何組かの家族とかカップルとかお一人様とかが集まってくる、でその人たちはユペールが思うところあって呼んだりなんかしたらしく、それぞれのちいさな物語は次第にユペールを中心に組織されていく。

ロメール映画フォロワーなので会話ベースの群像劇。このシントラというところは世界遺産だそうですが世界遺産行っても基本会話してるだけなので非日常感とかないし出てくる人の誰も歴史的建造物に感銘を受けたりしてくれない。塩い映画だ。とにかく、どいつもこいつもつまらない仕事の話とつまらない家族の話とつまらない恋愛の話しかしない。ここに別荘構えてるフランキーはともかく他の奴らは世界遺産に多少は興味を持てよ。

でもその興味の薄さが逆にリアル観光っぽくはあったけどな。キャラクターが会話してる背景にはひっきりなしに観光客が行き交って世界遺産の情緒も威厳も糞もない。そんなもんだろという感じだ。
ちっとも大女優っぽく撮らないおかげでユペールが大女優設定だったこともまったり観ていると忘れそうになるが、同じようにしてここが世界遺産だってことも忘れそうになってしまうし、その絵面が発する倦怠と失望に、日常からいくら離れようとしても結局はどこでも日常の延長にしてしまう凡人の人生の哀しさを感じ取ってくれとか、たぶんそんな映画なんだろう。

ロメールを全部寝る俺としてはロメール映画と同じぐらいアルトマン映画っぽく感じられた。やっぱ『ナッシュビル』ですよ。『ナッシュビル』も業界は違えど大スタアが出てくる群像劇ですからね。で大スタアに色んな人が振り回される。振り回されるけど大したことは起こらない、起こらないというか起こってもあえてドラマティックに撮らないで日常風景として見せてしまう。こっちもユペールが色々と画策して前の夫と今の夫を会わせたりなんかしますが、そこはまぁ平凡な大人のことなのでってわけでとくに波乱などもなく淡泊な進行っぷりであった。

しかし厭だなぁ、そういう裏で糸を引く感じ。たぶんそれが色んな人がユペールとちょっと距離を置きたくなるところで、孤独というとまた少し違うのだが、こう、切り離されているんですこの人は。自分からそうしているところもあるし、結果的にそうなってしまったところもあるんですけど、でもまぁそういうポジションになっちゃったから多少は人と繋がっておきたいなみたいな風に思ってもいる。だけどそのために自分のコントロール権を捨てる気はなくて、まぁつまり面倒臭い人なんです。

ユペールの能面と相手の困惑顔が浮かび上がらせるその関係性の機微がやっぱ見所なんじゃないすか。それにしたって映像から何から渋すぎてもう少し攻めていけよと思わなくもないが、バカンス映画の側面もあるわけだから、こちらも映画のムードに合わせてまったりと半分ぐらい寝ながら観るのが良いのかもしれない。そう思えばロメール映画ばりに片手で客を(俺を)睡眠へと誘いつつもう片手に持った微妙な緊張感で客の頬をはたいて起すような、なかなか絶妙なバランスの上に成り立つ映画であった。

あとすげぇ可哀想なのが撮影監督。撮ってる方の撮影監督じゃなくてユペールが招集した近しい人々の中にメイクだか美術だかの人がいて、この人がマリサ・トメイなんですが、その恋人の撮影監督も一緒にシントラについてくる。まーこの人の扱いは冷たかったね。マリサ・トメイも冷たかったしユペールも冷たかったっていうかほとんど相手にすらしない。大女優(役)の怖さであるが、それ以上にこれ撮ってる監督は撮影監督になんか嫌な思い出でもあるんかと勘ぐってしまう。

仕事熱心だし社交的だし出てくる色んな大人の中で一番ちゃんとした大人っぽかったのがこの人だったのに…でもそのちゃんとした平凡人特有の臭さ厭さっていうのも確かに出てはいた。悪意とか敵意とかネガティブな感情に基づくものではなくて、人間の存在自体が放つ微妙に厭なところをポルトガルの陽光の下でほじくっていく仄かな悪趣味に気付けば、渋すぎ展開も俄然面白くなってくるが、その面白さに気付いた頃には映画もう終わってた。優雅なザマス映画と見せかけて案外クセモノである。

【ママー!これ買ってー!】


エリック・ロメール コレクション DVD-BOX 1 (獅子座/モンソーのパン屋の女の子/シュザンヌの生き方/パリのナジャ/コレクションする女 他)

俺もジェス・フランコとかジャン・ローランの倦怠ホラーは好きなので別にこういうムードの映画が好きっていう趣味人がいるのはわかるんですけど、こういうムードの映画のくせにエリック・ロメールの知名度ありすぎだろみたいな、なんなら映画好きの必修科目ぐらいになってるの、わりと謎。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments