《推定睡眠時間:15分》
事故物件である。主人公は売れない関西芸人、冒頭のライブ場面で相方と披露するコントがお化けよりも見るのが怖いドン引きの面白くなさで完全に事故物件である。その主人公に思いを寄せる可憐女子は客席が水を打ったように静まりかえった例のコントでたった一人だけ大爆笑、空気の読めなさと壊滅的なセンスに早くも事故感が漂うが、その後主人公が幸いにも未成年ではなかったこの可憐女子を酒に誘うと彼女が霊感体質であり、行く先々で叫んだり怯えたりの霊感発作を起す人であることが判明。付き合ってはいけない事故物件である。
この主人公を演じるのは亀梨和也というわけでどう事故かは言わなくてもいいでしょうがやはり事故物件、監督はもはや『リング』の、『女優霊』の、というよりも粗雑で陳腐で低俗な企画ものホラーを淡々とこなして事故物件映画を量産する人に堕ちてしまった中田秀夫であるからこれも事故物件、極めつけはこの映画を観るためにチャリで映画館に向かう途中で青信号の横断歩道を渡ろうとしたところ車道を爆走してきた学生ぐらいの奴が乗ってるチャリに激突されリアホイールが屈曲、走行不可能になってしまうと同時に軽傷で済んだとはいえ太ももと肩をやられてしまった。物件というかこれはリアルに事故である。
追突してきやがった学生ぐらいの男の叫び声が耳から離れない。うおおおおおああああ!!!!! いやお前が驚いてるんじゃねぇよ。あえて言えば青信号とはいえ右見て左見てのチェックをしなかった俺にも非がないわけではないがどう考えたって青信号の横断歩道に車道から突っ込んでくるお前の方が非があるし事故だってお前の方が予見できるだろ。うおおおおおああああ!!!!! じゃねぇんだよ驚いて叫びたいのは俺なんだよ。俺には叫ぶ暇もなかったんだぞお前。なんでお前の方が被害者っぽくなってるんだよ。
放心状態になるんじゃない。お前こっちは大丈夫ですかって声かけたのに大丈夫です大丈夫って言うばかりで謝りもしてねぇもそもそもこっちの顔も見ねぇじゃねぇか。どうしてくれんだよマジで。お前…貴様…このお盆休み明けの金欠期に…国保が支払えないから待ってくれるよう市役所に電話しなきゃって思っていたぐらい金がないから週払いのウーバーイーツで当座の生活費を稼いでいたところに高額なホイール交換なんてテメェ…呪いだね! これは呪いです! 映画『事故物件』の呪いです!
人を呪わば穴二つ! 罪を憎んで人を憎まず! 『事故物件』も事故物件に関わった色んな人が交通事故に遭う映画だったのでここはひとつ映画のせいということにしておこう! でもとりあえず横断歩道の対岸まで動かなくなったチャリを持ってってそこからジーッと呪いの視線を激突野郎のお前に送っていたからな俺は。俺の生霊を感じて生きろ。
まぁ映画の中でも事故物件に憑いたなにかのせいで人が狂う的な描写がありましたから激突野郎の彼もあの放心状態からすればなにかが憑いていたのかもしれませんな。ここが、うーんもう一声! みたいなポイント。怖いのである。主人公が渡り歩く事故物件はどこも実に出そうな雰囲気で怖いのだが、肝心の幽霊がとにかく怖くない、いや普通に人じゃんみたいな描写で恐怖感を煽る工夫が何ら見られないし、その親玉というか、震源と言うべき「なにか」はそうだなぁ…なんかローブ羽織って眼が赤い、ファンタジー漫画とかでよくある正体を隠している時の魔王みたいな…そ、それは、ある意味おもしろい解釈だが、撮っていて馬鹿馬鹿しくならなかったのだろうか。それも一応Jホラーの巨匠ともあろう映画監督が。
面白いかつまらないかで言えば面白い映画ではあった。地方住みます芸人のまさに極北、事故物件住みます芸人の体験談をベースにした実録()ホラーというわけで怪奇現象まわりの描写は大いに盛っているとしても最後のVS展開までは比較的淡々とした進行なのだが、オムニバス的にテンポ良く色んな事故物件とその曰くを見せてくれるので案外飽きない。
ただ住むことが仕事なので主人公がとくに何か主体的な行動を起そうとしないところも良いんです。何もしなくても怖いものに遭遇することはあるし、本当に怖いものはぶっちゃけどうもできないから、ただ背中に自分の力ではどうすることもできない恐怖を感じながら生活するっていうこの不気味。でもそれが人生だよねって思いますよ。Jホラーってそういうジャンルだしね。
そこは良かったので…これお化けの出てくるシーン全部いらなかったんじゃないかな? せっかく部屋の雰囲気は怖いのに逆に冷めるんだよお化け出てくると。最後の最後で突如として勃発する除霊バトルなんか噴飯ものだしな。いやそこでそれ伏線として使うんかい的なツッコミも不可避。馬鹿馬鹿しくて面白かったがもはやムードもなにもあったもんじゃない。その後のエンディングに漂う恐怖の詩情を思えば本当あれで全部台無しになったなっていうか、マジでもったいないところである。
たぶん、ガチめのホラーというよりもカジュアルに楽しめるバラエティホラーということなんだろう。色んな芸人は出てくるし色んなお化けも出てくる、恋愛もあって小規模なバトルアクションもあり、温度の低いすっとぼけユーモアを織り交ぜることも忘れない。亀梨和也と瀬戸康史の関西弁、島田紳助みたいな木下ほうかもなんだか味わい深いところだ。幽霊が怖くなさすぎるのは本当にどうかと思うが、トータルで見れば適度に怖くて適度に笑える楽しい映画ではあった。あといつも通り(?)MVPは江口のりこです。
【ママー!これ買ってー!】
要は『残穢』に幽霊の出るシーンをいっぱい足して恐怖感をマイルドにしたのが『事故物件』でした。