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百軒店の入口の鳥居をくぐってすぐのところにあるストリップ劇場の向かい側は雑居ビルでその脇道にはとりかつ屋の看板が置いてある。矢印に従って狭い脇道に入るとまた別の矢印があって雑居ビルの裏口の方を指しているが、どう見てもその先に飲食店がある雰囲気ではなく、イメージ的には『真・女神転生』の序盤の方のダンジョンのような感じというか、店が入っているとしたら伊勢谷友介がお世話になる方のドラッグストアぐらいだろみたいな感じである。大丈夫であろうか。
大丈夫でした。そこからビルに入って階段を曲がると場違いな木製の引き戸があって中に入るとコの字カウンターのオールドスクールなとりかつ屋、今はどうか知らないが少なくとも数年前は老夫婦二人で店を回していて昼時は近隣のビジネスパーソンでいっぱいになっていた。思わぬ所に残る昭和の風情。渋谷の旧繁華街、百軒店の面白いところはストリップだのアダルトショップだのデリヘルだのという下半身丸出しのチンポ群いや違った店舗群と創業ウン十年の老舗料理屋やら稲荷神社やらが雑然と軒を並べているところで、低俗なものと高級なもの、流行のものと伝統的なもの、和の文化と洋の文化、静かな空間と騒々しい空間…といった一見相容れないようなものが、あのごくごく狭い街区では不思議と調和を保って混在しているのだ。
百軒店と境を接する円山町はラブホテルとクラブの立ち並ぶ区域ということでこちらも基本的には下半身が元気、しかしホテル街を坂を下って神泉側に抜けるとさっきまでセックスとセックスの間を歩いていたとは思えない閑静な下町住宅街っぷりで、道玄坂から百軒店に入って円山町まで歩くと渋谷の多面性を5分ぐらいで実感できる。神泉方向には向かわず北に下ればユーロスペースとシネマヴェーラの特濃ミニシアター二本立て、坂を下りたところにあるのは東急・Bunkamura、そこを過ぎれば人生で一度はホームパーティに招待されて無駄に高いチーズとかをバカみたいに食った後に思ったほど美味しくないですねとゲロ吐きながら言ってみたい松濤金持ち屋敷街です。松濤には松濤美術館もある。ここの建築はまったく素晴らしい。
狭くて広いこの一角には渋谷という街の面白さが凝縮されていますなぁ。で、そのへんを舞台にした映画が『とんかつDJアゲ太郎』、全部の要素がイイ映画でしたけれどもやっぱ円山町周辺のあの感じが効いてたなと思います。雑多なものが静かに共存する円山町ならとんかつDJぐらいいるんです。とんかつカルチャーとクラブカルチャーが交わるのは歌舞伎町でも池袋でも原宿でもなく円山町なんですよ。漫画と現実の間にある微妙なリアリティラインを円山町っていう場が担保してるわけです。
お話は要するにダメ人間系の部活もの、の渋谷MIX。ラブホではなくあくまでデイユースもありな円山町旅館の部室的倉庫には今日も暇を持て余した円山町個人商店のボンクラ跡継ぎたちが集まってくる。旅館の跡継ぎ、加藤諒! 薬屋の跡継ぎ、栗原類! 本屋の跡継ぎ、前原滉! 電気屋の跡継ぎ、浅香航大! そしてとんかつ屋の三代目アゲ太郎こと北村匠海!
で何やら良からぬ取引かもしくは闇レート麻雀と思わせておいて単なるオモチャ紙幣の飛び交う人生ゲームとかやってるんですが、向かいのビルでカワイコチャンが働いてるのを見たアゲ太郎は俺たちこれでいいのかっつって立ち上がる。ちょうど立ち上がった先にあったのはとんかつ弁当を届けに行った近所のクラブ、そこに例のカワイコチャンが来ていたものだからアゲ太郎その場でDJオイリーこと伊勢谷友介に弟子入り志願。
腕は別に悪くないがDJ一本でやっているものだからとにかくいつも金がない、アパートも追い出されて後がない伊勢谷友介は飛んで火に入るアゲ太郎をまんまと利用、悪徳DJ師匠と化して跡継ぎ部の部室に転がり込む。かくして跡継ぎ部はDJ部へと変貌を遂げた。DJってなんだろう! よくわからないけど自由にやれって伊勢谷師匠言ってたからとんかつのかぶり物してハチ公前とかで踊ってYouTubeに動画上げようぜ! これが俺たちのDJスタイル! 確実に間違った方向に歩み出したアゲ太郎たちであった。
伊勢谷友介、最高でしたね。発言がことごとくいい加減。基本的に何も考えてない。ぶっちゃけやる気もあんまない。あと見た目が汚い。でもDJやってるときだけは輝いてる。捕まってよかったとは別に思いませんが劇中でもマリファナぐらい全然やってそうなむしろやってないことが不自然なぐらい(あえて言えばとんかつがマリファナ代わりである)のだらしのないDJだったのでなんか公開前のマリファナ・スキャンダルが映画の風味を増していた。
もう一つの公開前スキャンダルの方はとくに映画の面白さには貢献していないがまー不幸にも二つもスキャンダルを抱えてしまったあたりがこの映画らしいと言いますが、いや別に犯罪的なところは一個もない超平和なほのぼの青春ギャグ映画なんですけど、合法と非合法の境がいい加減なところあるじゃないですか、渋谷って。歌舞伎町の非合法は「非合法」っていう領域を自ら厳格に定めた大人の非合法っていう感じですけど、渋谷の非合法って合法? 非合法? まぁいいかとりあえず面白そうだからやっちゃえみたいな。いい加減なんですよ。子供の非合法。
まぁ大人でも子供でも非合法はダメなんですけど、でもどっちの非合法の方に救いがあるかと言ったら子供の非合法で、それは子供の非合法はそこから表現だけを取り出して合法の領域に移すことで合法の世界を豊かにする可能性があるからなんですが…だからそういう映画じゃないから! もう一度言っておきますけれどもこの映画の中には一切の非合法行為は出てきません! はい一個も出てきません! きわめて健全全年齢対象!
なんですけど、まぁ、だから、そういう意味での渋谷の越境性、渋谷の多様性、渋谷の可能性っていうのがこの映画には横溢してたなーと思ってですね、なんか見終ってすごい幸せだったな。俺あの界隈の空気がすごい好きなんですよ。公平性の観点から好きなものにはめちゃくちゃ見る目が甘くなるということは一応言っておこう。以下、褒め殺します。
とりあえず伊勢谷友介だけアゲましたけど役者の人もみんな良かった。浅香航大の見た目はカッコイイけど絶対モテないだろうな~っみたいな感じとか。カッコイイ人をちゃんとダサく見えるように撮るのが良い。一人一人の役者に非常に丁寧に演出を付けてる映画。そういうのは見ているだけで嬉しくなる。ブラザートムの頑固オヤジっぷりとかこの人にこんな顔あるんだ的な面白さもありましたね。パパイヤ鈴木が出てると言われても言われないとわからない意外な役だし、川瀬陽太のBボーイファッションが見られる映画なんかこれぐらいではないだろうか。
部室の美術は自主映画ノリで楽しいしサントラも硬派から軟派までといった感じでこれも良し、ゲリラ風のロケも含めて渋谷の何気ない風景がまた素晴らしいというか、円山町らへんが舞台っていうぐらいなので買い物とか観光とかじゃなくて人間が生きる場所としての渋谷をストリート写真的に切り取っているところが、基本的にはバカっぽいお話にちゃんと生暖かい血を通わせていたなーって感じです。いや別にバカ映画がダメとかそういうことを言ってるんじゃないけどさ。
まぁそういうわけで、とにかくですねこれも繰り返しになりますけど本当に全部イイんですよ。この「イイ」ってところから汲んで欲しいよね。なんというか、万人向けだけれどもウェルメイドという感じではなくて、遊び心と土地の空気が詰まっているけれどもローカルに閉じた感じでもなくて、傑作かそうでないかで言えば別にあえて傑作と形容しようとは思わないけれども、でも観ている間はずっと楽しくて、作ってる方も楽しんで作ったんだろうなぁというのが伝わってきて、そういう映画はイイんです。良い映画じゃなくてイイ映画。そんな感じでしたね。
【ママー!これ買ってー!】
ダメ系部活映画の思わぬ掘り出し物。