《推定睡眠時間:0分》
邦題は『燃えよデブゴン』だし英語題も『ENTER THE FAT DRAGON』なのでサモ・ハン・キンポーの代表作(なのかどうか知らないが)のドニー・イェン版リメイクかリブートなのだと思うがオープニング・クレジットに流れるのがブルース・リーがチャック・ノリスの胸毛をむしり取る『ドラゴンへの道』のメインテーマのアレンジ版だったので「そういうことしていいんだ!?」と香港的デタラメにオープニングの時点で唸る。
だが実際はオープニングどころではなかった。ドニー演じる正義感の強すぎる警官が落胆すればバラード風の『ドラゴンへの道』のメインテーマが流れ悪党どもと拳を交える時には男達のかけ声込みの勇壮な『ドラゴンへの道』のメインテーマが流れその敵がザコ連中だった時にはラップ風のボーカルの入った軽快な『ドラゴンへの道』のメインテーマが流れドニー警官の携帯が鳴れば着メロにチップチューン的な『ドラゴンへの道』のメインテーマが流れエンドロールに入れば『ドラゴンへの道』のメインテーマが流れ…ってそれもう『燃えよデブゴン』っていうか『ドラゴンへの道』のリメイクじゃん! 成り行きで歌舞伎町ヤクザの嫌がらせを受けている中華料理屋を助ける展開とかも『ドラゴンへの道』だし!
なんていい加減な映画なんだ。泣いたよ。正義のためなら少々だいぶ多少かなりの巻き添えも厭わない熱血っぷりが署内の穏健派に疎まれて内勤に回され更には殴られ役ばかりやらされているB級女優の恋人から愛想を尽かされたことで失意のドニー警官は家でお菓子を食べながら心の師父たるブルース・リーのブルーレイをひたすら観るだけの日々を送っていたらいつのまにか体重120キロのデブゴンになってしまった。バカバカしいといえばそれまでだがこんなデブゴン化の経緯が映画好きに刺さらないわけないだろ。俺も嫌なことがあるとポップコーン片手に映画ドラえもんばかり観て着々とドラえもん体型に近づいているからな。泣いたよ…。
というわけでこれはもうほぼドニー版『ドラゴンへの道』です。リメイクって権利買わないでも勝手にやっていいんだ…とか思いますがまぁ正式にはリメイクじゃないからね、オマージュだからね。香港だわー。往年の香港映画人の仕事だわー。内容的にも日本人刑事役の竹中直人のヅラがいつもズレているとかコテコテのギャグを平然とぶち込んで来ますしねー。そこもまた泣けるよな。こんなゆるい香港映画が昔はいっぱいあったよなって感じで。ゆるいけど客を楽しませようっていうそこはゆるくないんだよ。
ストーリーとかはゆるゆるなのでドニー警官がたまたま巻き込まれた銀行強盗をドラゴン仕込みの超格闘力でやっつけつつ周囲に甚大な被害を出したところ(そして怒った署長がコラー! のベタな流れ)たまたまその場に居合わせ巻き添えを食らった築地で冷凍マグロを女が抱くマニアックなAVを撮る日本のAV監督が記憶喪失になってしまいドニー警官が本国への送還を任されるのだが築地マグロには歌舞伎町ヤクザ絡みの秘密があり、築地までも仕切っていたこの歌舞伎町ヤクザが千客万来施設のセレモニーに華を添えるためドニー警官の元恋人B級女優を呼んだことから遺恨勃発。
それとは別にドニー警官の東京での投宿先は歌舞伎町で焼き栗屋をやってるリアルデブ宅でこのデブの元妻だかなんだか知らないがとにかく関係のあるらしい歌舞伎町菜館のオーナーは歌舞伎町ヤクザの借金取り立てと嫌がらせに苦しんでいたため悪事を見過ごせないドニー警官はドラゴン介入、歌舞伎町セット壊しまくりの大立ち回りを演じて正しいことをしたはずなのに菜館オーナーから疎まれリアルデブから疎まれリアルデブを紹介したドニー警官の同期の上司にも疎まれ更にはここでも歌舞伎町ヤクザとの遺恨勃発。
やっぱりドラゴンは映画の中だけの存在なのかなぁ…いや! 正義は正義、悪は悪だ! かくしてドニー警官は単身ダブル遺恨を抱えた歌舞伎町ヤクザとの映画の冒頭でわざわざ「この映画の東京タワーはセットで本物ではありません」のテロップが出る東京タワー最終決戦に向かうのであった。言われなくてもわかるし、言われたところでどうしろというんだと思うし、あとプロット盛り過ぎ。急に大地震とか起きるし。
まーまさに千客万来という感じですな。アクションはやはりセッティングが大事というわけでドニー警官のアクションが走行するバンの中でどこだよ築地市場の中で異世界歌舞伎町(なぜか「博多天神らーめん」の看板とかはリアル)セットの中でなんか鎧兜とか飾ってある謎の東京タワー上階とかで所狭しと手を変え品を変え繰り広げられるわけです。デブゴンといっても動きはいつものドニー・イェンだしそもそもデブが枷になってるシーンとかはないので単なる出オチじゃねぇかと思うがとにかくドニー・イェンのアクションがドニーとツーカーのアクション監督・谷垣健治を得て大爆発!
そこに脚本バリー・ウォンの大脱力ギャグ(自分もリアルデブ役で出演してターレーで築地を爆走していた)まで紛れ込むのだから大がふたつで大おもしろいだ。この巧いこと一切言えてなさは巧いことはなにひとつしないがゴリで押して結果超おもしろいこの映画に対する感想オマージュと捉えていただきたい。そんなところに金をかけるなよっていうバカバカしいカーチェンスとかすごいんだから。
暴走バンの中ではドニーと悪党の格闘、並走車はバナナ・デイリーとトマト・ニュースのライバル局、「みんなもっと格闘が見たいんだ!ほら、悪党! 負けるな頑張れ!」「今、車の中では激しい格闘が繰り広げられて…」「テメェ邪魔だ!カメラに映り込むなトマト!」「バナナお前こそ!」どーんごろごろー! 横転車から息も絶え絶えに出てくるバナナ・デイリーの記者にトマト・ニュースの記者が駆け寄る。「バナナ無事かー!!!」「ト…トマト…」なんなんだよこの茶番は。でもアップル・デイリーのオーナーが現実の香港では反体制のかどで当局に収監されたことを思えばアップル・デイリーのパロディであろうバナナ・デイリーにはちょっとだけしんみりさせられるよな…まぁとにかく、そんな牧歌的ギャグが無駄にテンコ盛りだ。
日本での公開2020年1月1日。同日公開の『新感染半島』とどっちを観に行こうかと迷ったがこっち観に行って良かったよ。こういう気楽に笑えてかつその道のプロの超絶な技芸が見られる映画がやっぱお正月映画って感じじゃないですか。のほほんヤクザ渡辺哲の極限の顔芝居、竹中直人のヅラ同様上滑りしっぱなしのギャグ大連発(これがまた往年の香港映画の空気を醸し出していていいんだな。面白くはないけど)、ドニー・イェンが戦う日本人ってだいたいこういう系統の顔してるよね的な歌舞伎町ヤクザのボス丞威も堂々たる悪役っぷり。悪かったし強かったですよ丞威。あとB級映画女優を丞威に奪われたと思ったドニーが「ニコラス・ツェーに似てるからって調子に乗るな!」とか因縁をつけるが別に似てない。
銃で撃たれても死なないのはドニー・イェンはそんなことでは死なないからです。最高じゃないですか、この香港的世界観。B級映画女優が現場で食らう香港映画界の暴力演出に戦慄し、竹中直人の想定外の壮絶死に悶絶し、虚構歌舞伎町の『ブレード 刀』を思わせる立体大立ち回りにええもん見たなと思わされ、ドニーの過去作にして元祖デブゴンとの新旧ドラゴン命人間ドリーム対決を果たした『SPL/狼よ静かに死ね』のセルフオマージュに思わず呆れ、突然現われてカンフーで歌舞伎町ヤクザをボコボコにするもなんでそんなに強いのかは一切わからない謎の中国少年に驚愕し、『ドラゴンへの道』のメインテーマをBGMにしたドニーと丞威の決闘(そこまで『ドラゴンへの道』でいいのか!)に血湧き肉躍り、結局なんだったのかよくわからないキャラクターたちの群舞で幕を閉じるエンドロールの大団円感にはこれでいいのだと強制的に前向きにさせられる。
なんだか香港映画の満漢全席のような映画だ。サイコーでしたね。
【ママー!これ買ってー!】
やっぱ『ドラゴンへの道』ですよ。人生の道に迷ったらドラゴンへの道を往け。
緊急事態宣言が再び発令、下手したら映画館が自粛ムードに圧され閉鎖されるかもしれんと思って急いで観てきましたが…
ドニーがヌンチャク振り回してブルース・リー的ステップを踏んだ瞬間に自分は泣きましたわ
ドラゴンという生き方は今の時代にこそ必要だと思われます
リー師父、イップマン師父の様に生きたいと思う(願望)
まさかの泣き映画だったという…バカバカしくもイイ話なんですよね、不満があっても間違ったことだと思っても波風立てずに偉いやつ強いやつに従うのが人生なんだみたいな諦観にブルース・リー精神で立ち向かうという。全然リメイクにもリブートにもなってないですけどそのドラゴンイズムに元祖デブゴンのサモハンも喜んでいることだろう笑