シャバ極道奮闘記映画『すばらしき世界』感想文

《推定睡眠時間:5分》

その昔シャブ好きが高じてスイカにもしゃぶしゃぶにも食べる前に塩コショウ的にシャブを掛けてしまうどうかしているヤクザを演じた『シャブ極道』こと役所広司が十数年の刑期を終えて人生をやり直すいわばシャバ極道を今回は演じるわけであるがドライバーの仕事がしたいからと失効した免許の再取得のために悪戦苦闘する展開が奇しくも『免許がない!』舘ひろしが斜陽のヤクザを演じる現在公開中の『ヤクザと家族』と奇妙なシンクロを見せてしまう謎の因果。震えるね。大丈夫ですこの震えはシャブの禁断症状とかではないですしあと本当は震えてないです。さっきまで地震で大地の方が震えてましたが(何のことかわからない人は投稿日を見てみよう)

『免許がない!』のパロディのようになってしまったのは偶然だろうとしても『シャブ極道』を意識したのは間違いがないように思える。詳しく書くとアレなのですが役所広司がシャブを勧められるシーンがあるんですよ、なんていうか、昔やってたやろ的な感じで。だからキャスティングに含みがあって面白い映画ですよねこれは。白竜とか梶芽衣子とか、役柄の上では必ずしもそうではないがフィルモグラフィー的にヤクザな過去を持つ人が結構出てくる。

で、シャバ極道の役所広司をネタに『ザ・ノンフィクション』的ドキュメンタリーを撮ったろうとするのが元テレビ屋の仲野太賀なんですが、仲野太賀といえば芸名が太賀だった時代に『桐島、部活やめるってよ』にバレー部員として出演していた人。その『桐島、部活やめるってよ』で報われない人生とたった一人無言で戦う野球部のキャプテンだった高橋周平はこれまた現在公開中の超話題作『花束みたい恋をした』では苦労が全身にこびりついたサラリーマンを演じていたが『シャバ極道』こと『すばらしき世界』ではヤクザの下っ端で出演していた。またしても! 報われない人生と戦う! キャプテン…! バレー部の太賀はそれなりに金の稼げるテレビ業界に入れたのになぁ…!

とか、楽屋落ちとまでは言わないですけどちょっとメタ的なアンサンブルの面白さ。梶芽衣子といえばそれはもう歌手としても達者な人ですけれどもちゃんと梶芽衣子が歌うシーンまでありますからね。役者のフィルモグラフィーと役柄が重なる瞬間がある。強いよね。もちろんそんなもの気にしなくても超おもしろい映画ですけどそれに加えてこういう面白い趣向もあるんだから強いですよこれは。色んな要素が重なっていて実に様々な角度から見ることのできる多面的な映画だと思いましたね。

ヤクザの社会復帰っていうとさ、なんかそういうものを想像するじゃないですか。そういうものってなんだよって話ですけどまぁ、そういうものですよ。わかるでしょ? わからなかったらわかってくれ。がんばれ。で、だけど、そういうものだろうと思って観てるとガンガン裏切られる。それは展開もそうですけど演出的にもそうで、さっきまでシリアスドラマを見てたと思ったら急にコミカルになってですね、希望が見えたなと思ったら突然殺伐とした方向に転調して…とか、そういう感じだから全然安心ができないし先読みができない。恐い顔を見せた人が次のシーンでは一転して優しい顔を見せたりする。

ポン・ジュノの映画なんかとは作り方の方向性が似ていると思った。ダレ場を作らない密度の濃い容赦のないシナリオだから韓国映画は参考にしたんじゃないかと思う。そういう意味で結構ジャンル映画的というか、日本映画にありがちな「感動のヒューマンドラマ」とはほど遠い作品で、それがまた単に娯楽的な面白さの追求に終わらず「感動のヒューマンドラマ」を撮ろうとするテレビ業界人に対するメタ的な批判にもなっているのだからまぁなんというか…上手いよね。意表を突く展開も単にサプライズっていうだけじゃなくて安易なヤクザ映画的カタルシスを期待する観客の無責任さを観客に突き返すかのようである。

俺としてはですねどこが響いたかというとやっぱ二度とムショには戻るまいと心に誓った役所広司がシャバ社会で殺人犯よりろくでもねぇ連中と一緒に仕事をさせられて必死で怒りを堪えるところですよ。具体的なところはネタバレになるから俺の経験語りでもって替えさせてもらいますけど、昔さ、コンビニ夜勤のバイトに入ったらさ、そこにウズベキスタンから来た留学生のバイトがいたんです。この人は仕事はラフですけど取っつきやすくて俺には良い同僚。でもその同僚を夜勤ボス的な日本人バイト(男)が露骨に差別するのよ。なんか俺に仕事を教えながらいちいち「ウズベキスタン人はちゃんとやらないけど」とか言ってくるの。

めちゃくちゃムカつく。その陰湿さがムカつくし幼稚さもムカつく。これはもう許しがたいのでよほどそこらへんの什器でぶん殴っておでん鍋に頭沈めてやろうかと思いましたけどそれをやったらお縄を頂戴することになるので、俺そいつにいくらか文句言ってそのまま仕事放りだして家帰ったんですよ。それでバイトもその日で辞めて。まぁ文句言われるとは向こう思ってなかったんだろうね、なんかさ、テメェいい加減にしろよみたいなこと言ったらそいつ言葉が見つからなかったのか「俺は会社辞めてここでバイトしてるんだぞ!」とか言ってきてさ、いやそれ誇って言うことじゃねぇだろって内心ちょっと笑っちゃったんですけど、えー、なんの話でしたっけ? あ、『すばらしき世界』ね。

まぁだからこういう感じのっていうか…クソ同僚と同じ職場になっちゃうとキツイよね。俺悪口とかが本当に嫌なのでこれはまた別のコンビニでの話ですけど知的障害と身体障害をダブルで持った常連客を影で嗤うような同僚バイトがいたんだよ。しかもそいつそれに留まらずその客の接客をワザとちゃんとやらないっていうイジメっ子みたいなことしてましたからね。そいつ30歳ぐらいですよその当時。それはもう耐えられないんで深夜にその人が来るときは俺が接客するようにしましたけど、でもさ、そのイジメっ子みたいなクソ同僚もさ、要は幼稚なだけで話すと別に悪い人じゃないですよ。悪い人じゃないんだけど幼稚だからそれが悪いことだって理解できないし、直接注意されたりすると絶対に受け入れない。意固地になって俺は悪くないって言い張る。

世の中は複雑ですよ。善と悪には割り切れないし嫌な奴とも辛抱しながら付き合っていくしかない。こんなのもあったよな。これは俺が直接見たわけではないがコンビニバイト時代に同僚だった人が別のコンビニでバイト始めてさ、それでそこに軽度の知的障害のある女バイトがいたんですって。で、そのコンビニはオーナー筆頭にヤンキー度が強くて、知的障害のある女バイトと男バイトが事務所でイチャイチャしてたらヤンキー系の店長が入ってきて、お前らセックスするまで帰さねーぞっつってセックスさせてスマホで撮ってラインかなんかで同僚の間に流したんだよ。その話をさ、そこそこ仲が良くて俺の目には常識人に見えた元同僚が笑い話として俺にしてくるんだよ。いやそんなの犯罪だろ? って思いません?

それで警察に通報するんで詳細教えてくださいっつったらその人とは縁が切れてしまった。縁が切れるというか向こうから連絡が来なくなるんですが、その前にいやいやこれはちょっとした遊びでその女バイトも了承済みでと元同僚は弁解するわけです。納得はできなかったが、ただプライベートな話だから場合によっては俺が介入することで女バイトが不利益を被るかもと思って、結局そのときは矛を収めてしまった。まったくコンビニ夜勤というのはロクな奴がいない…ということもないのだろうが、元バイトの連中がまだ店に在籍してる仲間と結託してゴッソリ在庫を持ち出す現場に出くわして止めさせたこともあったし、なんかね、シャバシャバいいますけど言うほどシャバってシャバじゃないよな。

俺のリアルなヤクザイメージといえばビデオ屋でバイトしてた時によく見た韓国ドラマをやたら借りに来るオッサンたちとか、やたら銭湯に来るオッサンたちぐらいなものしかないし、こういうヤクザが店でトラブルを起している場にはまず出くわしたことがないから、障害者とか外国人をどうせ言い返されないだろうと思って差別したり店のものを平気で盗むようなモラルのカケラもない「一般市民」どもの方がよほど人間のクズに見えるが、そのクズどももいやそれっておかしいだろ的に突っかかると大抵いきなり腰が低くなってぎこちない笑顔を浮かべながら誤魔化そうとするわけで、結局は何が問題かわかってない弱くて無知なだけな奴らだとも言えるし、いくら人に見えるところでは無害を装ってもヤクザが世のために人のために活動しているということもない。

一応言っときますけど俺は体格的にケンカができるような人間では全然ないですからね。そこらへんの男子中学生がボコそうと思えばめちゃくちゃ楽勝ですよ。でも、それおかしくないすか的なツッコミを同僚に入れるとどいつもこいつもびっくりするほど腰が低くなる。そいつらからしたら俺は同じ職場で働く「仲間」で、まさか仲間からツッコミが入るとは思ってないんですよ。そういう意味ではヤクザもコンビニバイトも本質的には大して変わらん。ヤクザも一般人もムショ帰りも結局は全員ろくでもないんだよ。

プラス数千円のレジ誤差をこっそり着服しようしてた同僚ズに金を戻させたこともありましたな。セックス強要事件を見て見ぬ振りした以外はイイ奴でしょう俺は。自分で言うのもなんだがモラルあるな~って思いますよ。それは俺が人付き合いが苦手でどこのバイト先でも同僚たちと同僚にはなれても仲間にはいつもなれないからなんです。飲みに行ったりとか絶対しないしね。仲間になったら一緒に悪口も楽しめるに違いない。女のセックス動画を回し見して笑えるに違いない。着服した金でカラオケでもなんでも行って楽しくやるに違いない。結局のところモラルじゃなくて単に孤独なんだよそれは。ヤクザが組から離れたら大人しい人になっても、組に戻れば仲間たちと一緒にまた悪さをするようになるのと同じことで。

まぁ、今では達観してこれこれのクズ案件に関わることがなかったわけだから孤独でむしろよかったなと思えますけど、そこまで達観できないうちはバイトをとにかくすぐ辞めてあっち行ったりこっち行ったりしていたので、それも最初は辞めるのも不義理な気がして辞めたくても辞められなくて奇行を起したりしていたから、バイトなんか好きに辞めて自分に合う職場を探せばいいんだと気付いてからのことですけど、えー、ようやく、ようやく、実に長い迂回をしてようやく『すばらしき世界』の話に戻りますが、そういうわけで俺べつに犯罪やったことないし当然ムショも行ったことないんですけど、まぁでも一時期引きこもって社会から切れていたので、ヤクザよりもヤクザなシャバに適応できないシャバ極道役所広司の葛藤とか惑いとか、あるいはいつもは偉そうにしてるくせにシャバ極道がガチ顔になると急にヘタれる人々とか、なんかわかる気がしたんだよ。まだ映画を観てなくてこの感想だけ先に読んでる極悪人はおおむねそういう内容の映画だと思えばよろしい。まったく見事なネタバレを回避しつつの本質を突いた感想じゃないですか? そんなこともないですか? あそうですか。

ま、とにかくこんなような映画というか、こういう風にも観ることができる映画。人によって着眼点は全然違うだろうな。俺はこう観たという話。個人的な経験から切り離して鳥瞰的に観るならばこの世界はこんな風に成り立っている、という一種の寓話でしょう。クズみたいな奴だとしてもそいつが毎日コンビニ夜勤に立ってるおかげで近隣住人は便利な生活を享受できているし、その逆だってまたあるわけだ。そのことをどの程度理性的に把握しているかはともかく、「仲間」の中で生きてきた世の中の大半の人間はそうした仕組みを肌で知っているから、場面場面でペルソナを器用に付け替えて一人で何役も演じたり、たとえ悪事を目にしても見て見ぬ振りをすることができる。お互い様だもの、というわけだ。どうせあなたも同じでしょう?

主要登場人物が一堂に会してシャバ極道を見ずに全員違う方向を見る、という印象的な場面がある。それは彼ら仲間の中で器用に生きてきた人間たちが、あたかも彼らの罪を告発するかのように仲間の外から、アウトサイダーの論理であり子供の論理を纏って現われたシャバ極道に、自らの罪を見たからではないかと思う。彼らは(我々と同じように)シャバ社会を維持するために罪を見て見ぬ振りをすることを選んだのである。ま、観客の大半は「仲間」の中に生きる賢い人々だろうからそれも見なかったことにしてしまうんでしょーがね。

※ところで役所広司がラストで花束を持つのはこれが『アルジャーノンに花束を』の変奏曲だからではないかと思うのだが、どうでしょう?

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全然違うやんけと思われるかもしれませんがまぁ風刺のスタイルは似ていないこともないというか空気に共通するところがあるというか…。

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通りすがり
通りすがり
2021年2月17日 3:45 PM

役所広司がすごくよかったです! ていうか役者全員がよかった。ただちょっと時間が長かった。
役所広司が空の星を見上げたシーンくらいで終わっても良かったかな~。あとはクールにナレーションで済ませてくれたら、オレの排泄器官がダメージを受けずに済んだのに・・・
あと、観客に、アンタらシロート衆はこいつに感情移入さっしゃい、みたいなヘタレディレクターいらないんじゃないの? とも思いましたね。しかも最後、一人だけいきなり号泣して、ふと気づいたのは、あらヤダ、このコ、ゲ○じゃないの! だからおフロのシーンなんてあったのね? と困惑。
そのうち『シャブ極道』観ようと思います。

よーく
よーく
2021年2月27日 2:43 AM

本作が『アルジャーノンに花束を』の変奏曲ではないかという意見、目から鱗です。
そう思えばラストシーンの美しさがとてつもなく際立つ気がします。
たまたま構成とテーマが被っただけかもしれないけど、様々な仮面を適宜使い分けながら社会で生きていく賢さが知性であり幸せなのだろうかという読み解き方をすれば本当にアルジャーノンの翻案のようにも見えてきますね。