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誰がもっと狂ったホラーを発想して誰がもっとドギツいバイオレンスを演出できるかを競うかのような現代ジャンル映画界であるがそんな中でVシネシリーズだからなんかあったら殴って解決だろぐらいな偏見丸出しで臨んだ『新 デコトラのシュウ』が「このご時世、暴力に訴えて得することはないからな」との台詞で真正面から非暴力を訴えてきたことの衝撃。
それだけではない。尖った表現を求める都会の若手映画マニア監督などは単に企業などの法令遵守を意味するコンプライアンスを政治的に公平であることを意味するポリティカル・コレクトネスと雑な感じで同一視した上でコンプライアンスを揶揄するような映画さえ撮ったりしたものだが、『新 デコトラのシュウ』は「今の時代は芸人でもヤクザの仕事を受けるとコンプライアンス違反になるんだ!」と新人歌手を親分の下へ連れて行こうとした下っ端ヤクザを公然と非難するのであった。しかも柳沢慎吾が。
グッときてしまう。なんという正しい映画なのか…それも上から目線の押しつけがましい正しさではなくかなりこう生活実感に根ざした感じの正しさである。ヤクザの仕事を受けたことがバレればコンプラ違反になって会社が潰れてしまうかもしれないしタレントなどは業界にいられなくなってしまうかもしれない…都会派のオタク監督などは安易にくたばれコンプライアンスとイキがるがこれは生活者にとっては死活問題である。
暴力もまた然り。口で暴力暴力と言うのは簡単だが実際にムカついて手を上げてしまうとその相手が誰であろうがトラブルになるのは必至である。生活のことを思えば普通かなりの荒くれ人間でもそう簡単に暴力になど頼れない。このタイトルならデコトラのカーレースとか絶対あるだろと思いきやごくごく慎ましいものを除いてそんなの無かったばかりか主演の哀川翔が特攻服を着てイキがる若手トラック暴走族軍団に「トラックで暴走したら危ないだろ!」とド正論の説教をかますのだが、トラックで暴走したら身も蓋もなく本当に危ないし仕事がなくなるのでリアルなトラック運転手は暴走なんか絶対にしたくないのである。
なんというリアリズム。やっていることはバラエティ番組のコントの延長のようなものだがそのバラエティ精神はあくまでリアルな生活に根ざしているのである。泣いた! まぁ言うまでもなく本当は全然泣いてないが、おそらく後から追加されたであろう新型コロナ対応で頑張る医療従事者を応援しよう音楽まつりから映画が始まるという徹底した生活者目線は感動的である。哀川翔が医療従事者のために募金箱回してたからね。
おい尖りたい盛りの若手映画監督とか硬派な映画撮ってます風の中堅映画監督ども! 君たちも生活実感から乖離したハイセンスなマイセンスをアピールするばかりの自己中心的かつプチブル趣味の映画表現ばかりしてないで募金のひとつでもしなさい! 俺も募金なんかしてないけどね!
それでね今回のお話というのはですね今回のと言っても俺は過去のシリーズ作を見てないのでよく知らないんですが浅草を地元とする頼れるデコトラ兄貴のシュウっていうのがいるんです。これもちろん哀川翔。その妹がさとう珠緒。さとう珠緒の恋人で哀川翔を兄貴と慕う舎弟分が柳沢慎吾。シュウは腕っ節が強いし情に厚いのでみんなに人気ある。でマドンナと一緒に舞い込んでくるお困り事をお馴染みの愉快な仲間たちの手を借りて解決して最後はやっぱり的な感じに毎回なるらしいのですがこの度のマドンナは若手歌手のすずめちゃんこと剛力彩芽、変な占い師のせいで死にたくなった剛力すずめを救うべく我らがシュウはすずめちゃんをカネの力で囲おうとする「青年実業家」のファンを追い払ったり行方知らずの父親を探してあげたりするのでした。カネをバラまいて剛力彩芽を囲おうとする青年実業家ね。う~ん。なにかが。これはなにかが脳裏をよぎるねとそういうところまで芸能ゴシップが必須アミノ酸の生活者目線です。生活者とは。
いやそれにしても剛力彩芽だよね~。びっくりしちゃった和装の剛力彩芽の破壊力。すげー美人さんじゃないですか~。ネットの人はだね剛力彩芽をどうだこうだと下に見るがお前そんな言うならこれを見てみろよという話ですよ。もうドッキドキでしたよ。スクリーン越しにドッキドキ。周りを固めるのが哀川翔を筆頭に柳沢慎吾とか勝俣州和とか渡辺裕之だからそれは相対的にめちゃくちゃ美しく見えるだろと言えなくもないが言わない! 言わない!! 言ってもいいけど言ったところでこのドキドキの記憶は決して消えない!!! 剛力彩芽さんとてもチャーミングな人だとおもいます大好き。
ところでほとんど前期高齢者の粋に達しつつあるキャスト陣の平均年齢を大きく引き下げているのは何も剛力彩芽さんだけではなくトラック暴走族リーダーの龍太を演じた水野勝もキャストの若返りに一役買う(湘南之風の若旦那も出ているが意外に出番は少なかった)。今回良かったのが(いやだから前回までがどうだったかは知らないんだけど!)水野勝くんがツッコミ役に徹してチーム哀川翔の横にいつもくっついてるのでみんな安心して定番の持ちネタを披露できるっていう俳優陣のアンサンブルでしたね。
柳沢慎吾の警察24時ネタは確かにいつ見ても何度見ても面白いが全員オッサンという中でやられると見た目的には少々イタい感じも出るかもしれない。しかしそこにツッコミ役の若手が一人いるだけでアラ不思議、そのイタささえツッコミ対象のメタボケとして従来のネタが新しい角度から笑えるのである。柳沢慎吾に代表される昭和オッサンたちのギャグを福田雄一映画にありがちな呆れ気味の常識ツッコミで流していく水野勝。
ある意味これも福田雄一映画のようなものではあるが、ボケとツッコミの年齢差が醸し出すこの妙味は福田雄一映画の若手~中堅でキャストを固めたフラットなお笑い空間には決して生じ得ないものだろう。哀川翔との師弟漫才は舞台が飯能だけに噴飯ものだし、常識ツッコミ枠だからこそのツッコミボケというか、ツッコミきれない現象に遭遇したときのリアクションも笑えた。「○○○ー○○○○○!?」最高である。全部伏せ字にしてしまったので観ていない人はなんのことかわからないと思うが。
比較対象として福田雄一映画を出してしまったので言ってしまうとそうだなぁまぁこれも寅さんとトラック野郎の衣鉢を継ぐ人情喜劇と言えば聞こえはいいが予算的にはかなり厳しいので映画というよりロケもののバラエティ番組色が濃く、ちゃんとしたドラマとか映画っぽい映像を求める人なら募金どころか金返せと暴動を起しかねない…とまでは言わないがとにかく、そういうものではないので、そういうものではないと割り切って楽しむのが吉。
俺はこういう映画がいつもあって欲しいって思うんだよ本当に。めでたい感じだから正月とかにシネコンに観に行って大勢の観客と一緒に笑いたかったですよ。ゆーてもこれ全国30館ぐらいで公開されてる地方都市のシネコンの今週の準目玉作品ですからね。そりゃ映像も脚本もめちゃくちゃ安いですけどこの豪華キャストは祭りですよ。いいじゃないですかお茶の間感があって。エッチなシーンとかグロいシーンとかモラルに反するシーンがなくてギャグもキャラクターもわかりやすいものばかりだから(二丁目系オネエのネタはさすがに古いだろと思うが)お子様を連れて観に行けますしね。
しかも振り込め詐欺の手口を丁寧に解説してくれているのでお年寄りが観れば注意喚起にもなるというこのサービス精神。駐車は得意でも注射は苦手なトラックドライバーたちが怖がりながらも頑張って注射を受けるシーンを見れば注射の嫌いなお子様もトラックドライバーが我慢するなら自分も注射を我慢してみようと少しだけ思ってくれるのではないだろうか。どこまでも観客を意識した地に足の着いた映画だなぁと思う。いや着きすぎてそれもう教育テレビだろ!
だがその教育性は見た目に反して案外深い。解散した組のヤクザの再就職先としてシュウたちが人手不足のトラック業界を斡旋するシーンは同様の場面がこの何十倍だか知らん予算をかけて描かれるヤクザ就活映画『すばらしき世界』よりも何十倍どころではないぐらい貧相だが、切実さでは比較にならない。『すばらしき世界』は才気溢れる映画作家が自分の世界観の表現としてヤクザの再就職を描いているに過ぎないのに対してこちらの再就職は現実の問題なのである。現実の問題なので最後の方はなんかトラック業界のPRみたいになるのはご愛敬である。PRを見たヤクザが足を洗ってトラック業界に再就職を決めてくれたらたぶんそれは良いことに違いない。
ヤクザも詐欺師も暴走族も出てくるが骨の髄まで悪そうな人は出てこない、いやむしろ実際話すと結構素直でイイ奴ばかりである、というのもやはり生活実感から出てくるものなのではないかな。不正は存在しても悪は存在しない世界観というか。理念的なやさしさじゃないんだよな。哀川翔が「俺たちトラック運転手は身体1つと愛車1つで暮らしてるから仲間との連帯を大事にするんだ」みたいなことを言うわけですが、そういう生きていく知恵としての他者へのやさしさ。
だからコンプラコンプラとヤクザを突っぱねる一方でじゃあ突っぱねられたヤクザはどうやって飯食ってけばいいんだよっていう問いかけにもトラック業界なら再就職大丈夫! ってちゃんと答えを出すんですよ。共に生きていこうっつーね。そうしないと俺たちも生きていけないからっていう下からのリベラリズムというか、マルチチュードってこういうもののことなんじゃないかと思ったよな。英ジョンソン首相が新コロに罹って「社会があった」とかなんとか言ったというが、都会性の中にいると逆に見えなかったりする「社会」がここにはあると思ったよ。
映画ドラえもんとか映画クレヨンしんちゃんのエンドロールには稀に全国の子供たちから募集したオリジナル怪獣お絵かきの静止画とかが流れることがあるが、『新 デコトラのシュウ』のエンドロールに流れるのは哀川翔による「一番星ブルース」カバーと全国のトラックドライバーから募集した(?)自慢のデコトラ写真である。世界がやさしすぎるだろ。飯能がゲストロケ地になるこのやさしい世界、守っていきたいな。飯能の、しかも名所名跡とかじゃなくてビジネスホテルがロケ地になる世界。おもしろかったです。
【ママー!これ買ってー!】
関根勤初監督作品は普段同じ映画は一回しか観に行かない俺が二回観に行ったほどのしあわせバラエティ映画であったのだが、まぁ世間というのは冷たいものでですね…。