テスラの魂の歌を聴け映画『テスラ エジソンが恐れた天才』感想文

《推定睡眠時間:20分》

ぶっちゃけ基本的にはつまんねぇ映画だと思うんですよ。っていうか観客を面白がらせようとはそもそもしてないんじゃないですかね。言ってみればピーター・グリーナウェイとかアレクサンドル・ソクーロフとか、あとそうですねぇ、まぁ時期にもよるとは思いますけどゴダールとか。そういう系統の伝記映画で…こうやって名前を並べるだけであぁそういう感じねってわかってくれる人がどれだけいるかわかりませんけど、まともかく普通の娯楽映画ではないんですよこれは。オモシロ度外視の結構純然たるアート映画って感じですね。

たとえば、伝記映画なのにエジソン(カイル・マクラクラン)がスマホ取り出して見ちゃったり。たとえば、J・P・モルガンの娘がグーグルで検索しながらテスラの生涯をナレーションで解説しちゃったり。たとえば、背景を引き延ばした写真の書き割りとかスクリーン・プロセスで代用しちゃったり…この演劇志向・インスタレーション志向はグリーナウェイがレンブラントの晩年を描いた『レンブラントの夜警』とちょっと似ている。つまりそういう映画なわけです。

まぁそういうことですからポップな演出なんかを期待して観に行った俺としてはなんじゃこりゃあ不可避でしたしドラマも意図的に盛り上がらないようになっているのでかなりつらい、アート映画なのだと把握してからはそういうものとして観ることができたのでかなり持ち直したとはいえ面白く観れたかというと必ずしもそうではない。

がしかし、しかしなのですが…最終的にまさかの涙腺危うし系。歌うんですよイーサン・ホーク演じるテスラが。エジソンとの直流VS交流の電流戦争に勝ったはいいがテスラの夢と発想は汲めども汲めども尽きることがない。でテスラは次に悲願のテスラ・コイルの制作の着手します。細かい原理は非理系なのでよくわからないが…話を聞く限りではでけぇ送電機(これがコイル)みたいの作ってそっから発せられる超出力スパークで世界中を接続、テスラ・コイルを介して電話電信などなど各種情報の送受信も電力の送受電も世界どこでも自由にできますという壮大なスケールな発明なのであったがその突飛な構想力は少なくとも100年ぐらい早かったので実現には至らず投資家からはソッポを向かれてテスラ大落胆。

テスラ・コイルさえ完成していれば世界は…あともう少しで実現できたかもしれないのに…とここでテスラが舞台にあがってマイクを握りそれでは歌っていただきましょう的な感じで一人歌い始めるのです。ティアーズ・フォー・フィアーズの「ルール・ザ・ワールド」を。

なんでティアーズ・フォー・フィアーズよ…と字面的にはツッコミ要素でしかないのだがこの「ルール・ザ・ワールド」は最高である。もう色々効いてる。まず基本的に娯楽的な抑揚のない映画であるからエモが極端に薄い、その薄いエモがこの歌唱で突如として爆発するということのカタルシス。それからイーサン・ホークの歌い方。これがなんかすごいんですよもう、ガンガン音程外すし曲に合わせる気が全然ないので歌詞ズレまくり。

その功績に反して素性に謎の多い人物であるから創作物に取り入れられる時にはなかなか自由にキャラの解釈されがちなテスラです。でこの映画でイーサン・ホークが演じるテスラはそうと明言されることはないですがおそらく自閉症スペクトラムの人。頭には常に膨大で法外なアイディアが渦巻いてそのアイディアの一つ一つは世界を一変させる可能性を秘めた天才的なものなんですが、他人とのコミュニケーションが非常に難しく、そのせいでアイディアがうまく実現できない。テスラの周囲にいるやつなんてエジソンとかウェスティングハウスとかJ・P・モルガンとか発明よりもマネーゲームで世界を制したい人たちばかりで、テスラの脳内を理解できる人間なんかおらんわけですからこの人ずっと孤軍奮闘なわけです。

そのテスラがね、テスラ・コイル計画に失敗して「ルール・ザ・ワールド」を無人の舞台で歌うわけですよ。僕に力を貸してくれ、もう少しで成功できたんだ、誰もが世界を支配したい…とこんな風に、びっくりするほど下手な歌唱で、感情の見えない無表情になんとか感情を宿そうするかのように、蚊の鳴くような声を絞り出して…泣くでしょこんなの。蚊じゃなくて俺が泣くよね。

背景がスクリーンプロセスとかエジソンがスマホ使ってるとか奇抜な演出が随所にありますけど、この歌唱聞いててそういうことなのかなーって思いましたよ。たぶんこれはテスラに見えていたかもしれない世界を表現したもので、そこにはスマホがあってインターネットがあってグーグルがあって、ま色々あるわけですけれども彼の生きる現実世界はスクリーンプロセスとかミニチュア丸出しのセット。テスラはそのハイパー天才的な頭脳でスマホはリアルに想像できたのに現実はリアルに感じることができなかった…という悲劇。

まぁテスラ結構長生きしたみたいですしずっと発明してたっぽいので悲劇でもないかもしれないですけど(あくまでこれはフィクションですよーという冷や水をぶっかけるナレーションが随所に入る)テスラ・コイルは失敗しちゃったからね。それが実現していたら世界はどんな風になっていたんだろうって思ったらやっぱ切なさありますって。

『カポネ』に続いてこれとひねくれた作りの伝記映画になぜか引っ張りだこのカイル・マクラクランのエジソンも悪くはないが主役はやはりタイトルロールのテスラってことでここではイーサン・ホークのほぼ独壇場だ。こんなにアートアートしい眠くなる映画で終始無表情にモゴモゴ話してるだけのお芝居なのになんですかこのエモ言われぬエモは。見事でしたねー。イーサン・ホーク・テスラを観るためだけでもいや、最悪、テスラの歌う「ルール・ザ・ワールド」を聞くためだけでも観て損はない映画だと思います。染みるわーまだ染みてるわー。

【ママー!これ買ってー!】


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『テスラ』ほどではないが電流戦争をエジソンとウェスティングハウスの側から捉えたこの『エジソンズ・ゲーム』も随分とクセの強い、こちらはたとえるならヨルゴス・ランティモスとマーティン・スコセッシの掛け合わせたような異形の伝記映画。たいへんおもしろかった。

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