《推定睡眠時間:10分》
日本版予告編にロッテントマトが出てこない映画は信頼できる説が俺の中にあって女暗殺者が組織に反旗を翻し云々というビデオ屋レンタル直行のあらすじを持つこの映画は当然ロッテントマトのロの字も予告編になく惹句は「ハード・キリング・アクション」、どう考えても50点満点中の50点の映画としか想像できないし事実ちゃんと50点満点中の50点であった。最近はこういうアベレージヒッター型のアクション映画が本当に少なくなったので50点に花丸を描いてあげたい感じである。
さてエヴァはコミュニケーションスキルも演技スキルも銃撃スキルも近接格闘スキルもオール優のかなり使える暗殺者であったがその仕事は比較的ショボく暗殺といってもターゲットは偉い人が散々使ってそろそろいらなくなってきたっぽい人ばかり。どうせならもっと大物を殺らせてくれよ…とは別に思っていないだろうがあまりにも張り合いがないしやりがいもない。本当は禁止されているのだがエヴァはついつい殺す前にターゲットに聞いてしまう。「あんたなんで殺されるわけ?」しかしターゲットはそんなこと知らないのでエヴァのメンタルはモヤる一方なのであった。
大仕事に駆り出されないということはワーク・ライフ・バランスは悪くないのだが暗殺者道に入るような人なので私生活にはそれなりに問題を抱えている。この人の場合はアメリカ人らしくアルコール依存であった。詳細は語られないがそのせいで人身事故なども起こしているらしく端から見れば大した問題ではないように見えるが本人にとっては結構でかい。もう一つの問題は家族関係でこれも別に大した問題では(以下同文)というわけでエヴァさんが「あんたなんで殺されるわけ?」とついつい聞いてしまうのも案外切実なものがあったのである。殺されるに足る人間を殺すのなら構わないし必要なことをしているのだと自分を騙せる。がしかし、殺されなくてもいい人間を殺しているのだとしたら…なのだ。
そんなぐらぐら暗殺者のエヴァさんに危機が迫る。例の質問のせいで寝返りを危惧したエヴァさんの上司の上司(コリン・ファレル)がエヴァ殺しを画策、更には妹の夫(コモン)がギャングの地下カジノに入り浸って借金を作ってしまっているらしいのだ…前者はともかく後者はどうでもいいだろと思わなくもないが裏社会に生きる人間の常として家族の健全化にはやたらこだわりを見せるエヴァさんなのであった。せめてお前らだけは幸せかつ健全に生きてくれってことですね。グッときます。
製作はビデオ屋出没率の高いボルテージ・ピクチャーズなので基本的には新橋系アクション映画だがジャンル映画に社会派の視点を持ち込むことに定評のあるジェシカ・チャステインが主演のみならず制作にも名を連ねているのでストレートな新橋アクションにはなっていないのがオモシロポイント、近年の世相を反映してか家族関係とか孤独な仕事人のメンタルケアがテーマとして前面に出ている。
暗殺者映画だいたいそんなもんだろという気もまぁするのだが…エヴァと母親(『テルマ&ルイーズ』の…いや! 『ロング・キス・グッドナイト』のジーナ・デイヴィス!)の関係と、エヴァの師デュークとかつては自分もデュークに暗殺術を叩き込まれたものの今は上司となって立場の逆転したサイモンの関係が対照的に描かれているところは面白かった。どっちも親子(的な)関係なんですけど母娘関係のエヴァは母親との関係を修復して過去を清算しつつ母・自分・妹で協調しようとしてて、で父子関係のデュークとサイモンは競合してるっていうか、デュークは別に競合したくないんですけどサイモンは職業上の父を乗り越えようとなんか焦ってエヴァ殺っちゃえばいいんじゃないのとか提案する。
そこにはまた「父」を巡るエヴァとサイモンの確執もあって…というかこれもサイモンが勝手に感じているだけのようだが…まとにかくそういう、疑似家族も含めた家族のお話になっているわけです。うん、だからもう、面白いけどスケールめっちゃちっちゃい。最後の方とかついに動き始めたサイモンが一山いくらの手下をエヴァ殺害のために送り込んでくるかなと期待していたら一人で来たね。しかも徒歩で来たね。いや原チャぐらい乗れよ! そういう問題ではないが…。
とはいえサイモンを演じるコリン・ファレルは相変わらずのかっこよき卑劣なクソ野郎っぷり、痛い目に遭ったりした時に浮かべるマッドなクソ野郎スマイルは完璧に素敵であったしタートルネックの着こなしもキマっている、そこはかとなく漂う幼児性と孤独感はシナリオに書き込まれた以上のものであろうという味わい深さで、ショボ脚本でも俳優が良ければなんとかなるということの好例(逆もあるが)
対するジェシカ・チャステインも死んだ目からの突然の無表情落涙などなどでメンタル死亡の暗殺者を演出しつつ間にたくさんの人殺シーンを挟んで家族の再生を通じたメンタルの回復を図るというわけでその変化もまた良し。タイミングをハズした銃撃とかいいですよね。ゼロ感情ゼロ躊躇でバンっていくその眼差しの空虚がすばらしい。あと最近はなんだか低予算ジャンル映画の置物キャラばかりやって小物感が出てきたコモンもなんか面白かったです。意志の弱いダメな人っぽくて。
50点満点の映画であるからしてアクションに特筆すべき点はないがそんなの別にこっちも求めてないので普通に面白いアクションがそこそこあって腹八分目の健康な満足感。そんな中にも闇カジノの入り口が偽装仮設トイレでカジノ場は聖堂の廃墟とおぼしき場所で、とちょっとしたロケーションの妙味もある。ベアー・マクレアリーのデジロックなサントラもB級的にアゲアゲである(でもこの人は『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』の音楽とかもやってる実は偉い人なのだ)
ああ! そうだ! 書き忘れていたがこの映画『幻の湖』みたいな場面あります! 『幻の湖』です! そこだけでも見る価値があるとまではまったく言えないが、そこはちょっと身を乗り出して見てしまうところだったね。噴水池からゾンビみたいに飛び出すジェシカ・チャステインとか意外と変なシーン多し。むろん、そんな変要素は完全俺目線で作品にとってプラスでしかない。おもしろかったです。
【ママー!これ買ってー!】
そんなに好きな映画ではないが最近の米国女暗殺者映画だったらこういうのもあったよなということで。
「しかも徒歩で来たね」でリアルに吹いてしまったので書き込みさせていただきます。
いつも楽しく読んでは次に見る映画の参考にしてます。
ありがとうございます!
こんにちは。
「君は何なの?ワンダーウーマン?」に吹きました。ジェシカ・チャスティンの〝隠せない知性派キャラ〟が好きです。
父と娘の切ない暗殺者物語というと『ハンナ』かなぁ。今をときめくシアーシャ・ローナン、かわゆいです。
『ハンナ』、なんとなくスルーしちゃってたんですけど監督が文芸映画の名手ジョー・ライトで音楽がケミカル・ブラザーズで…って今ウィキで見て俄然見たくなりました!どうもありがとうございます。ちなみにジェシチャスは化粧拭うところとかよかったです(そこ?)
〝ジェシチャス〟!
彼女のママも口紅拭ってましたね。あの符号は良かった。うん。