《推定睡眠時間:70分》
ここ2週間ぐらいだいぶ調子が悪くて映画をフルで(=無睡眠)観られることがほとんどなかったのだがこれはその中でもかなり不調だった時に観た映画でいや不調って別にあれよ咳とか熱とかのう~んそれは映画館行かない方がいいんじゃないかな~? っていうやつじゃなくていつもの自律神経の乱れと頭痛でその原因はおそらく仕事のストレスとそのストレスを解消するためのマジック:ザ・ギャザリングのオンライン版でだいぶ睡眠時間を削っているという悪循環にあるのだが映画と関係ないからその話はいいです! マジック:ザ・ギャザリングのオンライン版は結構勝ててます!
それでまぁそういうわけだから話の筋も理解しているかどうか怪しい有様、おそらく重要な場面の多くは寝ているので先に言ってしまうが俺グンダーマン、東ドイツのボブ・ディランと呼ばれたとか呼ばれないとかなミュージシャンのゲアハルト・グンダーマンがどう悪いことをしてたのかよく分かってないからね。断続的な睡眠なのでハッと起きたらグンダーマンがシュタージの命令でブダペスト行っててあーお金もらってシュタージの協力者になったんだね~本業っていうか本業にしたい歌手業はなかなか伸び悩んでたっぽいもんね~そこも既に寝てるけど! でシュタージの協力者としてどんなえげつない同胞への裏切り行為を働いていたのかっていうのがわからない。
だから目線的には妻ポジションですよね。グンダーマンの妻、東西ドイツ統合後に東独時代の情報公開とか暴露が進む中でグンダーマンがシュタージの協力者だったって初めて知るらしいんですけど(なんか音楽活動を隠れ蓑にしてシュタージ活動やってたので気付かなかったらしい)俺もだいたいそれ。ジャーナリストだかなんだか知りませんけど女が統合後に分厚い資料抱えて妻と一緒にいるグンダーマンのとこやってきてこれ全部テメェがシュタージに出した報告だかんな! つってキレ気味にまくしたてた時の妻の顔ね。妻、その時はもうグンダーマンが密告者だったってことだけは知ってたらしいんですけど具体的には知らなかったからそこでドン引きしながらめっちゃ恐い顔になってたね。
俺は別に恐い顔にはなりませんでしたけどこいつダメだなーとは思いましたよ。グンダーマンめっちゃダメ人間。ダメ人間にも色々タイプがあると思うがこの人はミュージシャンらしく理想と行動の乖離が尋常ではないタイプのダメ人間。愛が平和がとかギターを持てば歌いはするがステージを降りればやってるのは同胞の大投げ売り大会、家庭の中でも妻が出産したっていうんでかわいいねかわいいねとガキを撫で回したりはするものの音楽&シュタージ活動が忙しいので家事全般妻に丸投げかつマネージャー的に妻を使ってまったく良心が咎めることがない。
バンドマンと付き合うとろくなことがないのは洋の東西も壁の東西も時代の東西も問わなかった…ある意味、社会主義的な汎世界性を体現するグンダーマンであった。
なぜかミュージシャンの伝記映画は現在と過去を交互に描く構成を取ることが多い。光を見せれば影を見せて影の後には光があってという具合だがこの映画では統合後にシュタージの過去が暴露されて焦るグンダーマンの図が映画の最初に置かれていて、物語が進むにつれて徐々にグンダーマンのシュタージ活動の核心に迫りつつ、一度は音楽活動を投げ出しかけたグンダーマンが暴露によって己の罪を受け入れることで音楽的復活を遂げるまでが描かれる。表面的にはそんなそぶりは見せないがシュタージ活動の罪悪感が実はグンダーマンの音楽活動の桎梏になってたわけですね。悪いことはするもんじゃない。
しかし悪いといってもそう単純に割り切れる悪ではない。理想と行動がダイナミックに乖離したグンダーマンは社会主義の理想を真面目に信じていたのでシュタージ活動も社会主義を通した人民の幸福に寄与するならばと積極的に加担したが、嬉々として同胞を超絶売りまくる(誰々が誰々の悪口を言っていたレベルの情報もじゃんじゃん報告した)姿には人民の幸福を願う利他的な動機よりも、売れば生活が楽になるという経済的な動機よりも、もう単純に、情報上げれば上の人から褒められて嬉しいしデキる人になったみたいで気持ちいいみたいな子供じみた動機の方が強く見える。
ところが統合後のグンダーマンはこれを受け入れようとしない。自分は理想のためだけにシュタージ活動をしていたと思い込んでいるし、そうではなかったとなれば分厚い報告書に載った長大な密告被害者リストに精神的に耐えられないであろうからなんとしても譲れない。シュタージの過去を暴露されたグンダーマンの狼狽っぷりは滑稽だが(報告書をこっそり盗み見しようとするところとか最高)悲劇的でもあった。そこでグンダーマンが直面するのはシュタージとの関係というよりも自分自身の無思慮や無責任で、自己嫌悪に苛まれながらもみ消し工作に走るのであったが、過去を隠そうとすればするほど自分のダメさが露わになって余計に辛くなってくるという負の連鎖(みなさんもあるでしょうこういう経験が)
そんな連鎖はやっぱどこかで断ち切らんといかんだろうというわけでグンダーマンがガチ寄りのダメ人間であったことを容赦なく描き出していくからこそラストのライブシーンも映える。なかなか感動的であったなそこは。時代の犠牲者でもありイデオロギーの犠牲者でもありグンダーマンもダメ人間とはいえ情状酌量の余地はあるが、でも最終的には自分の人生なんだし自分の罪は自分で引き受けなきゃいかんだろってグンダーマン腹くくるわけです。
どういう背景があるのかはドイツ事情に明るくないので知らないが最近のドイツ映画は東ドイツもの/シュタージものというのが多い。概ね共通するように思われるのは東ドイツを単純な悪や過去として悪魔祓いするのではなくてその解きほぐしがたさ、割り切れなさ、現代に続く持続性をダイレクトに描き出そうとするスタンスで、そのへんこの映画には顕著に表れていたように思う。
あとグンダーマン役の人、ボブ・ディランっていうかデヴィッド・ボウイに声と笑顔が結構似てた。
【ママー!これ買ってー!】
最近の東ドイツもので傑作だったのは現代美術家ゲルハルト・リヒターの半生を虚実ない交ぜで描いたこれ。
コメントでネタバレするのもアレですが、この主人公って変身しないんですよね・・・『皆はそう呼んだ、鋼鉄ジーグ』みたいに変身しなくても超能力があるわけでもないし・・・タイトルも『グッダーマン(より良き男)』ではなく、『”グンダー”マン』で、要はヒーローものではないっていうか・・・そういうのもコミで、予習が必要な映画だったな~、と思いました。
あと、かなりリアリティ強めの繊細な演出だったから、ドイツの人には鮮烈なグンダーマン像だったのでしょうが、日本人のオレにはパンフ買い求めてもよくわからなかったです。なんか高邁な理想をひたむきに追いかける純粋な人だったんでしょうが、その理想がいささか社会とズレてて独善的になっていたような・・・それなら、グンダーマンにとっての一番のショックは、シュタージ云々ではなく、ソ連崩壊、東西ドイツ統合だったのでは? とも感じましたね。
日本人なら誰なんでしょうね? グンダーさんは東ドイツのボブ・ディランと言われてたことから、日本では岡林信康や吉田拓郎か、あるいはみうらじゅんかもしれませんね。
いや吉田拓郎はまだギリでわからなくもないですけどみうらじゅんは絶対違いますよ!なんでみうらじゅん出てきちゃったんですか!わかりませんけど強いて言うなら井上ひさしとかじゃないでしょうか!
と冗談はさておき、確かに解説が欲しい感じの映画でしたね。言われてみればグンダーマンが案外すんなり東独解体を受け入れたのも不思議です。そこはプロテストしろよお前とか思うんですが、一方で心の中では東独の体制に疲弊していたところもあるのかなぁとか色々考える映画でした。
井上ひさし(笑)。もはやミュージシャンですら無いような・・・ちなみに、みうらじゅんってボブ・ディランの大ファンらしいんですよね。だから日本のボブ・ディランと言う称号あるなら、きっと勝ち取るのではないかと・・・
にしても、演技こってり、CGたっぷりの映画に慣れているせいか、映画本編は非常に薄味に感じてしまい、正直ブログ主様の記事のほうがはるかに面白かったです。全方位にいい顔したいだけの空虚なクソ野郎、グンダーマン。親友のヨメを寝取ったくせに全然悪びれないのがどうかしてましたよね。でも、そこがいいんじゃない!