《推定睡眠時間:0分》
なんかこれあくまで個人的なイメージなんですけどこういう映画が好きな人って長いものには巻かれねぇとか弱いものは見捨てちゃおけねぇみたいな反骨精神があって義賊的で決して偉ぶったりはしないハードボイルドな良い人が多い気がするのであくまで俺の個人的感想とはいえこの映画を悪く言うのはなんとなく申し訳なさがあるんですけどまぁでもそこで忖度をしてしまったらなんか逆にハードボイルド良い人に失礼じゃねぇかみたいなところもあるからね、やっぱ正直がいちばんですから正直に悪口を言おう。
あのですね、なんていうか、いや別に面白いんだけどあぁこういうやつねって思ったね。俺の中ではオトコノコ・バイオレンス・コメディっていうジャンルで映画版の『キックアス』とか『ウォンテッド』とか『キングスマン』とかあとこの映画の監督イリヤ・ナイシュラーの前作でFPS的POVアクションの『ハードコア』とかと同じジャンル。主人公は女に舐められてる(という被害妄想を抱く)冴えない男でこいつは肉体的に強くなって悪い奴とかやっつけることで女にモッテモテーみたいなのを夢想してるんです。要はオタクのマチズモですよね(直球)
『Mr.ノーバディ』もまぁ典型的なそういう話で主人公のノーバディおっさんは仕事は真面目にこなすし家事もちゃんとやってくれるし知性も常識も並み以上のものを持っているしで平凡は平凡だがハイクオリティな平凡人間、あぁ世の中のおっさんがこんな話の分かる人ばかりならとむしろスーパーノーバディに変身する前の平凡ノーバディの方に憧れを抱いてしまうほどだがカミさんと長らくセックスレスということもあって「これが男の生き方かっ!」…とばかりに強盗侵入キッカケで覚醒、実はでもなんでもない実はだが実はこの人は元凄腕〇〇的な人だったので心の奥底でうずく含性欲の暴力衝動を開放すべく悪にあふれた夜の街に繰り出すと、そこでなんとでもなんでもないなんとだがなんと大物ロシアンギャングに意図せずして因縁をつけることとなってしまい、ご近所戦争が始まるのでした。
まぁあれだないつものパターンの映画だからそれからどうなるかっていうのはみなさんわかるかと思いますがたのしい暴力と死体と爆発銃撃などなどがたくさん出てきて平凡ノーバディを見下していた妻と息子はパパかっこいい! エキサイティン! ってな感じでやっぱ男たるもの悪党の一人や二人やいや二人どころじゃねぇな…とにかく男たるもの家で料理するより外で人殺しをすべきだよな! 殺人行為でカーチャンはメロメロ、ムスコはビンビン! こういうところに着地するわけですはい。
なんなんだろうな、俺こういうの本当苦手なので『キックアス』も『キングスマン』も『ハードコア』もそんな面白くないんですけど(でも『ウォンテッド』はとてもよい。ちゃんと地道に修行するシーンがあるからかもしれない。地味な修行が出てくる映画は良い映画だ)まったく同じシナリオで主演がスティーヴン・セガールとかドルフ・ラングレンだったら全然オッケーだしむしろそっちはかなり観たい方に入るんですよね。
差はどこなんだその差は…というと、まぁこの映画の主演のボブ・オデンカークはよく知らない人だがセガールとドルフはファンなのでという身も蓋もない事情も理由の9割ぐらいを占めているが、残りの1割はたとえばセガールとかがチンピラ殴ってを女はべらせる暴力オッサンを演じてたらセガールがクズなのはこっちも知ってるのでまたしょうもねぇことやってんなこの老害はって感じで呆れて笑えるから逆に良いっていうのがある。
このへん微妙なんですけどオトコノコ・バイオレンス・コメディって演出はギャグ調ですけど主人公の暴力チンパン男はカッコイイ存在としてヒロイックに美化されてるんですよね。それをセガールが演じたらセガールはクズなのでこっちとしてはそれも一種のギャグとして笑いながらツッコめるわけですよ、いやお前全然みんなのあこがれ的な存在じゃねぇからって感じで。でもオデンカークだと存在に対するツッコミどころがあんまりないっていうか、これ別にオデンカークだけの話じゃないしオデンカークの演技の質の話でもなくて、オトコノコ・バイオレンス・コメディを撮りたがる若手の男監督はだいたいみんなそういう風に主人公を飾り立てる。メタ的なツッコミどころ…観客と主人公の距離感を作ろうとしない。
なんかそれが嫌なんだよね。それこそ『ハードコア』なんかわかりやすいですけどあれはFPSを実写映画にしたような映画だから主人公のキャラクター性は希薄で、観客がそこに自分を投影できるように作られてるわけです。みなさんも日頃から女どもに舐められて鬱憤も金玉もタマってるでしょうからこの情けない男主人公に感情移入してもらって彼がぐんぐん強くなって悪い奴をぶっ殺して女とセックスしまくるのを楽しんでくださいねっていう、そういうアホな男子妄想のバーチャル体験を狙ってるわけで、いや別にどんな映画も作るのは自由だけどそこにアクション映画の作り手として恥ずかしさとかはないのかなぁみたいな…だって主人公への感情移入度を強くしたらどんな下手なアクションでもかっこよく見えるからね。これは別にアクションが下手な映画じゃないですけどそんな巧いわけでもないですから。
だいたい俺は人を大量にぶっ殺しといてヒューヒューされるヒーロー主人公というのが大嫌いで『ダイ・ハード』を初めて観た時にはマクレーンが躊躇なく強盗団を殺していくのを見てなんてかわいそうな強盗団とむしろそっちに共感したし筋肉ゴリラ刑事の野蛮に対して頭脳一つで立ち向かう狡猾な強盗首謀者ハンス・グルーバーの方が俺にとってはどんなに悪党でもよほどヒーローだったんですよ。同じぐらい人を殺してるけど片やみんなからヒューヒューされて片やみんなからツバを吐かれるってんならそりゃ後者の方が感情移入度は低くても好感度は断然高いでしょ。よくこんな野獣相手に頑張ったなお前って感じで。そんなことない? まぁ世間的にはどうか知らないけれども…。
俺が『Mr.ノーバディ』みたいな映画に面白さを感じないのはこういうところもある。結局ここでの悪役はヒーロー主人公男性にぶっ殺されるための標的でしかないのでキャラクターに味わいがない。せっかく『ブルーベルベット』のフランクをオマージュしたっぽい濃い目のキャラ造形なのに大して活躍させないなんてもったいない。因縁つけてきたノーバディにテメェの罪をわからせるべくノーバディ家のご近所さんを全員殺してもうそこには住めなくした上で勤務先に生首送るぐらいのことはこの悪役にやらせりゃいいんだよ。そしたらこいつは大物だぜ…絶対ノーバディに殺されるのは知ってるけど俺はお前を応援するぜ! ってなるのにさ。
あそうだあと強い敵がそういえば一人もいなかった。セガールの無双(夢想)アクションでさえ一応は達人的な感じの強い刺客が出てくるというのにまったくオトコノコ・バイオレンス・コメディのヘタレた作り手どもときたら…余談になるが俺がいくらセガールがクズでその映画がゴミだとしても定期的にセガール映画を観たくなるのはそういうアクション映画のお膳立てをセガール映画はちゃんとやってるんですよね。ヒーローを引き立てるにはヒーローに匹敵する強い悪役が必要だし悪役征伐の障害として立ちはだかる刺客だってやたら強かったりキャラが濃かったりした方がいいに決まってる。ちょうどヒーローが殺しやすい強さに調整された無個性な悪役とかなんなんだよ。敵までノーバディにしたら盛り上がるものも盛り上がらないだろうよ。その点に関して(だけ)は譲らないセガールは偉い。それ以上にセガール組が偉いのだが。
結局、『Mr.ノーバディ』にあるのは弱小チンコの強くてニューゲーム願望なんじゃないかな。今風に言えば異世界転生系。前戯もなく相手もなくフィニッシュだけある殺しのオナニー。無味乾燥も甚だしい。いや面白かったけどさ、この書きぶりのどこに面白さがあるんだよって思われるかもしれないですけどよくある映画だから面白いは面白くて、でもその面白さってどんなAVでも見りゃ一応は興奮するっていうたぐいの生理反応的な面白さで、それ以上のものはなかったと思いますよ。少なくとも俺にとってはそうでしたね。
【ママー!これ買ってー!】
沈黙の達人(字幕版)[Amazonビデオ]
沈黙の達人(吹替版)[Amazonビデオ]
これは近年のセガール映画としては傑作の部類で要するにアジアのキレイなオネーチャンと濡れ場やってアジア人相手に白人酋長を気取りたいというセガールの底辺に到達した下心(※製作と脚本も兼任)が透けて見えすぎるのだが、自分があんま動きたくないからという舐め腐った動機(※想像)に基づくとはいえ近年のセガール映画のトレンドであるチームアクションに加えてカンフー役者たちのアクションをフィーチャーすることでVシネアクションとして見どころ盛りだくさん、エンドロールではセガールがご自慢の歌唱を披露しさながら映画で見るセガールディナーショーの如しである。もちろん悪役もちゃんと強いし悪い(あと中原昌也になんとなく似てる)