合衆国最高映画『ブラック・ウィドウ』感想文

《推定睡眠時間:25分》

昔『ハリーポッター』の何作目かをバイト先でちょっとだけ見て『ハリポ』は一作目だけしかちゃんと観たことがなかったので随分大人っぽい作風だなぁこれ子供面白いのかなぁとこぼしたら『ハリポ』一作目のメイン客層だった子供たちももう大人だからと同僚に言われてなるほどそれもそうか、そうかそうかそうだよな俺が成長してないだけでみんな就職したり結婚したり大学院に進学したり普通にしてるもんなと今は就職からも結婚からも進学からも解放されメンタルがフリーになった俺ではあるがその時はなんとなくセンチメントな気分になったのであった。

なぜそんな話をというとこの『ブラック・ウィドウ』はエロとかバイオレンスが出てくるわけではないがお話の内容的にかなり大人向けの映画だったのでMCUは元から対象年齢層が比較的高いとしてもこれはどうなのかなぁとかちょっと思ったからなのだった。だって映画館で隣に座ってた7歳ぐらいのキッズめっちゃ退屈そうにしてて何度も席立ってたもん。ソ連ネタでしょ? 無理だよ~7歳児にソ連ネタはわかんないよそれは~。俺もよくわかんないもんソ連とか~。それは多少自分で頑張れよ大人なんだから。

っていうわけでなんか今回ソ連ネタのスパイアクション編みたいですよ。そうですよねブラック・ウィドウの単独映画ですもんね。俺はよく知らんがスパイ的な設定らしいことは知っているのでその単独映画とくればスパイアクションは必然だ。なんか『アベンジャーズ』のどこかで死んだと思っていたがそれ以前のシリーズ作のどこかとどこかの間に遡った前日譚で、かつブラック・ウィドウの幼少期から話が始まるのでいやお子様でなくても無理だろこれは、予習をきっちり済ませて人間関係とかMCU年表をしっかりと把握した真面目でコアなMCUユーザーじゃないと。

俺は大人だからこの難しい作りも友達とか家族とかで観に行って「あれってどういう意味?」「ああ、あれはね…」と詳しい人に教えてもらうことを前提としたものであることは知っているんだ。だって客は一人で来てもらうよりも二人、二人で来てもらうよりも三人、三人で来てもらうよりも…と複数人で観に来てもらった方が当然儲かりますからね劇場も配給も。年表や過去作などをちゃんと押さえつつわからなかった点は一緒に映画を観た仲間とディスカッションでもすれば解けないことはない適度な難しさを用意することで観客のコミュニケーションも促進するわけだからこれは観客にとってもこれはいいことだ。流行の女エンパワメント要素も取り入れて誠に商売として正しい映画である。

いや面白いけどさどうなんすかね。もう内輪ウケのレベルじゃんとか思うぞとくに後半部とか。一通り映画やって『アベンジャーズ/エンドゲーム』で一旦終わったから今はディズニーの配信サイトでMCUドラマたくさんやってるわけでしょ。それでみなさんもディズニーの配信サイトに入ってキャラクターを履修していつか映画館でやる次の『アベンジャーズ』シリーズに備えてくださいねってわけじゃないですか。どうなんすかねその露骨なユーザー囲い込み。そりゃ商売としては正しいかもしれないけれども一見さんお断りのスナックじゃないんだからさぁ。映画としてどうなのよ映画としてそれはー。

こういう連作映画が嫌なのは一本だけ観てもよく分からないからちゃんと内容を理解しようと思ったらシリーズ作を何本も観ることになるじゃないですか、それでお勉強をするとお勉強の成果であるMCU知識を無駄にしたくないから表面的かつ視野狭窄的に映画を受け取ることしかできなくなっちゃうところで、『エヴァ』とかもそうかもしれないですけど観客をシリーズのファンとしては育てるけど映画ファンとしては育てないんですよ。そんなもん自己啓発セミナーのやり口と変わらんよな。なにも自己啓発セミナーを全否定するつもりもないが自己啓発をやってる意識をユーザーに持たせない自己啓発は不健全でしょう、そんなもの。

不健全といえば女エンパワメント要素ですがこれは不健全を一歩半ぐらいはみ出して悪質の領域に入ってるんじゃないですか。『ブラック・ウィドウ』の後半の展開はソ連に洗脳された女兵士たちをアメリカ(=アベンジャーズ)暮らしの長いブラック・ウィドウ姉妹が不憫に思って解放しようとするものですけれどもこんなのもうね、冷戦下のプロパガンダ映画と変わらないから。

要するにこういう構図です。ソ連(社会主義)=家族の解体、女の抑圧、洗脳。アメリカ(民主主義)=家族の構築、女の解放、脱洗脳。バッカバカしい。家族の構築に関してはアメリカのお家芸だとしてもソ連にアメリカ的家族のコンセプトに代わるものがなかったわけではないし(ご近所コミュニティはアメリカよりも強靱なのではないだろうか)、ソ連の方がアメリカよりも女に抑圧的だったかというとマルクス主義がフェミニズムに武器としての理論を与え大きな推進力をもたらしたことから言ってこれは非常に怪しい、洗脳はアメリカ映画が東側陣営を描くときには常に敵国の非人道性を強調するための技術として登場するが、その洗脳技術に他ならぬアメリカ自身が非常に強い関心を示しドラッグを用いた洗脳実験が行われていたことは周知の通りである。

女の解放とかエンパワメントとか言ったところでこれじゃあアメリカが自国の問題を他国に押しつけただけだし、それだけならまだしも厚かましくもソ連の女兵士をアメリカの女兵士が解放してやることで「アメリカなら女は幸せになれるんです」と言わんばかり。そういうケースも確かにあるだろうが人工中絶が州法で認められていないような国内未開地を抱えるアメリカがアメリカ民主主義によるソ連=ロシアの女の解放を訴えても説得力がなさすぎるし、そんなものは問題のすり替えと責任回避以外のなにものでもないだろ。

『ブラック・ウィドウ』の女エンパワメントのもう一つの悪質な面はなまじリアル寄せのシナリオになっているのでブラック・ウィドウもヒーローではなくあくまでスパイ/兵士として描かれるが、身も蓋もなく言ってしまえば兵士として国家に仕えれば男女平等ですよ的なナショナリズムの誘惑がそこにはあるのである。人間が単に兵力としてカウントされる軍隊システムの中での男女平等というのも実際にあるだろうし、戦時国家が銃後の労働力として女を動員することで女の労働領域を拡大して結果的に一時的にでも男女格差が狭まるのもまた事実だろうとは思うが、問題はそこに必ずつきまとう戦争犠牲者の血の臭いがここでは完璧に脱臭されてしまっていることではないだろうか。

血の臭いのないナショナリズムは美しいものなのでそこにフェミニズムまで加わるとなれば単純なやさしい人は否定することが難しい。その最たる例はNASAの黒人女性計算手を描いて話題を呼んだ『ドリーム』で、さる女性ファッション誌のフェミニズム特集ではお勧めフェミニズム映画として推薦されていたが、どこのバカが選んだのか知らねぇがこんなもん「優しい」男が社会的弱者リスペクトを騙って自分のたちの優越的地位を守ろうとする詐欺のようなものである。というのも『ドリーム』の原作ノンフィクションにはしっかりと事実に即して主人公の黒人女性計算手が第二次世界大戦下の労働力不足でNASAの前身NACAのラングレー研究所に入ったことが書かれており、そのため物語の半分はNACA時代の出来事なのだが、映画版ではその全てが省かれて戦争が彼女たちに道を開いた苦々しい現実が一切なかったことにされているのである。

多少『ブラック・ウィドウ』からは逸れるが『ドリーム』の話が出てしまったのでアンチ・ドリーマーの俺としてはこれは書かないわけにはいかないのだが、更に許しがたいのは映画版での見せ場の多くは映画版の創作であり、たとえばケビン・コスナー演じる主人公の男性上司が有色人種用のトイレのプレートを取っ払うというこんなえらい白人男性もいたんですねエピソードは映画オリジナルで原作には存在しないが、その一方で原作に描かれていた黒人女性計算手が食堂に置かれた有色人種席のプレートを毎日どかしているうちに誰もプレートを置かなくなった、というまことに痛快かつユーモラスな反差別闘争エピソードは映画版には盛り込まれなかったのである。

なんと偽善的な! 偽善っていうかこんなもの歴史の捏造じゃないか。いかに映画版『ドリーム』がフェミニズムや反差別から遠く、むしろ逆にそうした力を削ぐ唾棄すべきシロモノであるかは本屋で普通に売ってる原作ノンフィクションを立ち読みすればわかる話なのに、フェミニストの識者を気取るどっかのアホはその程度の事実確認すらしようとしないでお勧めフェミニズム映画としてこれを推薦して、女性向けファッション誌のくせに編集部もその愚挙を指摘することさえできなかったのである。あぁ、日本の俗流フェミニズムの程度ときたら。

…と脱線してまで皮肉は言わないでいい。『ブラック・ウィドウ』に話を戻せば、つまりこれはそういうところがダメなんですよ。セコイ。ズルイ。ソ連(の残党なのかなんなのかMUC初心者なので知りませんが)を悪役にしてるところだって本当は現実のアメリカの仮想敵国たる中露を敵にしたいけど中露を悪く描いちゃったら抗議が来てロシアと中国(とくに大市場の中国)に売れなくなるからソ連ならもう崩壊してるしロシアも公的には否定したい過去だしで悪役にしてもクレーム来ませんよねみたいな打算が見え見えじゃないですか。

なにがエンパワメントだっつーの。こんなのプロパガンダだっつーの。俺だったらこんな映画は子供に見せたくないっすね。これだったら『悪魔のいけにえ』でも観せた方がよっぽど情操教育にええ。その意味では子供向けじゃなくてよかったのかもしれませんよ。いい歳した大人の映画評論家なんかもあんまりわかってないみたいだけどさ。だから、そういう浅いファンを育ててるから今のMCUはダメなんですよ。『アベンジャーズ』の二作目ぐらいまでは少なからずアメリカ批判的な要素もあったはずなのにディズニーに札束で頬を叩かれたせいかどうか知らねぇがもうすっかりアメリカの宣伝部隊じゃないですか。まったく…。

と、ここまで貶しておいてなんですが、『ブラック・ウィドウ』は雪に閉ざされた監獄とか空中要塞の無骨なデザインがソ連パンクとでも言うべきSFメガストラクチャーですげーカッコよかったのと、あと離散したブラック・ウィドウ一家がアッセンブルしてからのファミリー・コメディ展開が笑えたのと(パパ役のデヴィッド・ハーバーがイイんだよ)、フローレンス・ピューの勝ち気な女兵士っぷりが魅力的だったのと、そうそうあと自由落下しながら追撃してくる敵兵とかも面白かったよな、って感じで良いところもたくさんあったのでたのしい映画でした。

この書きっぷりだと全然たのしさが伝わらないとは思うが。

【ママー!これ買ってー!】


レッド・スパロー (字幕版)[Amazonビデオ]

VSソ連のアメリカ産スパイ映画といえば最近ではこんなのもありましたな。

↓『ドリーム』の原作


ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち (ハーパーBOOKS)

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