《推定睡眠時間:0分》
主人公アミンさんの語るロシア滞在時のエピソードとしてロシアでのマクドナルド一号店の開店を見に行った(そしてそこで惨い目に遭う)というシーンが出てきて、その当時ペレストロイカ後の貧しいロシアのことなのでマクドナルドごときで見物人がたくさん集まって好奇と期待の目を店に注いでるんですけど、ウクライナ侵攻後にロシアから撤退したマクドナルドがロシア資本でジェネリック・マクドナルドとして蘇って人がたくさん集まってるニュース映像を見ていたからなんだか妙なデジャヴュ感を覚えたりした。世の中は常に前に進んでいるようで案外そんなには進んでいないのかもしれない。
『FLEE』はトラウマ的な体験を色々してきたらしいアフガニスタン移民のアミンさんにカメラに向かってその体験を含むこれまでの人生を語ってもらおうというドキュメンタリーで、アミンさんは亡命者ゆえ本人や家族に危険が及ばないようインタビューおよび回想シーンの映像はパラパラ漫画的にカクカク動くアニメになっている。なんかイスラム文化圏からヨーロッパに脱出してきた人がアニメで過去を回想する映画ってたまにあるよね『ペルセポリス』とか。その最新版がこれ。
まぁねなんというか、人生いろいろあるなと。こんな映画を観てその感想はないだろナメてんのかと自分で思ってしまうが、良くも悪くもユーモラスなアニメ表現は現実の過酷さをある程度薄めて即物的なショックを感じさせないので、観客は心に余裕を持って、ということはつまり他人事としてアミンさんの人生を眺めることになる。もっともそれは作り手の狙うところではありましょう。
ショッキングな人生を送ってきた可哀相な人としてアミンさんを捉えるのではなく、どうもこの監督とアミンさんは親交があるようなのだが、どこにでもいるような隣人として捉える。難民はどこか遠い国の知らない人ではなくあなたのすぐそばにも暮らしていて、その声に誠実に耳を傾ければこんな話が実は出てきたりするんですよ、というところか。恋人との生活を取るか大学院での研究を取るかで揺れるアミンさんの姿はきわめてありきたりなものだ(平均よりも知的水準はかなり高めですが)
過去に関するインタビューはセラピーとしての側面も持つ。実はアミンさんある理由から自分の過去については今まで本当のことを人に話してこなかった。封じられた過去は重い枷となって現在のアミンさんを束縛する。話したところで過去が消えるわけではないにしても、少しぐらいは枷も軽くなるだろう。この映画が記録するのはアミンさんが自分を解放する過程であり、それが映画向けに編集された結果だとしても、過去を話すことで前向きに人生を歩めるようになったことを示唆するラストは感動を呼ぶんじゃないだろうか。
俺がこの映画を観て面白く感じたのは共産党政権以前のアフガニスタンが結構明るく描かれていたことで、アフガニスタンって資源も産業もないからかなり貧しい国だと思うんですけど、幼少期のアミンさんが見たアフガニスタンの都市部にはそんな暗さはなかった。たぶんアミンさんの家庭は裕福だったんでしょう。父親が共産党政権樹立に伴い反革命の反乱分子として捕らえられたというのもこの父親(軍人とか言ってたような)がそれだけ政治的影響力のある人だからじゃなかろうか。
アミンさんにとっては苦痛しかもたらさなかった共産党政権樹立も別のアフガニスタンの人、とくに貧しい人には福音だったのかもしれず、都市部と農村の格差がついこの間のタリバン政権樹立の背景としてあるとすれば、この映画自体はタリバンについて何も語らないが(その頃アミンさんは亡命先のロシアで先の見えない困窮生活を余儀なくされていた)、語られる出来事を超えて見えてくるものもあったんじゃないかと思う。あ、肝心のアミンさんの過去はみなさんで映画館に行って自分の目と耳で確認してください。以上感想終わり。
【ママー!これ買ってー!】
俺この映画をなぜか「『ペルセポリス』に似てる『ペルセポリス』じゃない映画」として記憶していたらしい。謎の記憶バグ。