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このあいだ祖母の家に行ったら古いアルバムを見せられてその世代の人だからとにかくなんでも写真に残す、でそれをどこどこでと撮影地とか状況を書いてアルバムにまとめてた。俺も含めて最近の人の方がスマホ普及によりシャッターチャンスは多いだろうし実際撮りまくっているだろうが、こういう風にアルバムにまとめて写真でストーリーを作ったりはしないよなぁ。なんとなく時代の移り変わりを感じてしんみりしてしまうのだった。
『エリザベス 女王陛下の微笑み』は言うならば動画版の女王陛下アルバムといった感じなのだが古いアルバムが写真を通して被写体というよりも被写体の背後にある状況とかストーリーを見せるように、この映画もエリザベス女王の姿を通してその背後にあるイギリスが見えてくるという仕組み。まぁエリザベス女王が即位してからのイギリスにもいろいろありましたよ。即位する前にもいろいろありますよね。っていうんでそのすべてを背負わないといけない女王仕事たいへん。
ドレスデン大空襲追悼式典だかなんだかに出席すれば拍手もあるが当然ブーイングだってある。かつての植民地と思しきどこかを訪問すれば植民地主義の罪が重くのしかかる。パレードみたいのに参加すれば空砲だったとはいえアマチュア暗殺者から撃たれてしまう。なんかの番組で幼い子供に女王陛下は何をする人? とインタビュアーが訊ねると「困ったときに助けてくれる人」と子供は答える。でも実際のエリザベス女王は国民が困っていても何もすることができない。白人至上主義の国民戦線が台頭して激しい反対運動が起こった時も女王はバッキンガム宮殿で紅茶を嗜みコーギーと戯れていただけだ(想像)。といっても他に何もできないのだからしょうがない。ダイアナ妃が死んだときもまるで他人事のようなことしか言わなかった。
どんな時でもとは言わずともだいたいの場合は微笑みを絶やさない女王の姿を見ていたらなんか切なくなっちゃったよ。国の象徴として働くとはこんなに過酷なことなのかと。そりゃ人間ですもの、良いところもダメなところもありますし触れてほしくないところもありますわな。でも女王の立場上それを見せることはできないし国民もそれを期待する。エリザベス女王の人気といったらやっぱすげーわけで各種フィクションやらお笑いやら三面記事やらのネタにされまくってることで極東島国の俺でさえいつの間にかエリザベス女王ファンになってしまったというぐらいですからさぞ肩の荷が重いことでしょう。それを感じさせないところがエリザベス女王の魅力なんだけどさ。
そんなエリザベス女王が唯一自然体に近い姿でいられるっぽいのが馬と遊んでいる時で乗馬や競馬に熱中している光景には心が洗われます。チャーミングですなぁ。なんだか走馬灯のようで悲しいこの映画の中でそこだけは、ということはないにしてもそこは悲しみゼロで見ていられる。あとはわりと悲しさがある。それはほんのちょっとだけ差し挟まれる現在のエリザベス女王の言葉から当然のこととはいえもう先が長くないことを女王自身自覚していることがわかるからで、加えて、これが遺作となったロジャー・ミッシェルが女王を通して自身の見てきたイギリスを回顧するかのような構成になっているからで。
いろいろあったよ。イギリスにもいろいろあった。エリザベス女王にもいろいろあった。そしてロジャー・ミッシェルにも知らんがきっといろいろあった。そしてそれは良いことばかりというわけでは決してないにしても、振り返ってみればそう悪いものでもないように見える。ホロ苦さを噛みしめつつ儚い人の生を慎ましく祝福する、エリザベス女王賛歌の映画である以上に人生賛歌の映画って感じだったなこれは。いやぁ、ジーンと来ましたよ。
【ママー!これ買ってー!】
ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ一〇〇年 Kindle版
こんな本が新しく出たみたいです。