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映画が始まると画面の真ん中にでっかく「Mino Bros vol.2」の文字が出て何かといえばこれは三野龍一と三野和比古の兄弟映画制作ユニットMino Brosの長編映画第二弾を示すものらしく、それで思ったのだが最近の邦画の若手映画監督はセルフブランディングっていうのを積極的にやる。『カメラを止めるな!』の上田慎一郎とか『tourism』の宮崎大祐とか『ベイビーわるきゅーれ』の阪元裕吾がその代表格で、阪元裕吾の新作なんかティーザービジュアル(?)みたいのを見たら本編のスチールとかはなくて阪元裕吾がどれだけ今アツい監督なのかっていうことが書かれたテキストがワッと詰まってるだけだったのだが、こういう監督たちは自分の作品だから観てくれるっていう固定客をいかに作っていかに囲うかを第一に考えていて、それはマーケティングはもちろん映画の内容にも影響を与えているように見える。
俺はセルフブランディング志向の映画監督が作る映画は結構苦手な方である。タイトルよりも早く(タイトルはそれから10分ぐらい経ってようやく出る)Mino Brosのテロップが出る『鬼が笑う』もあたかも作品の内容よりもこれがMino Brosの作品であることの方が重要なのだと言わんばかりで、インディペンデントで小規模な映画作りをやってる制作者にとってファンの囲い込みが死活問題であることはよくわかるのだが、とはいえこう恥ずかしげもなく堂々と作者の署名を多少スタイリッシュな感じで出されると、ぶっちゃけこれが誰が作った映画かなんかどうでもよく、ただ映画が観たくて劇場に足を運んだ俺としては、なんかもう本筋に入る前からわりと鼻白んでしまう。
どうにかならないんすかねぇ最近のこの風潮。だってつまらないじゃん。名前を覚えてもらってその名前を好きになってもらうっていうことは名前に紐付くスタイルを明確に作品内で提示するってことでしょ。毎回全然違うことをやってたら名前覚えてもらえない。それは退屈ですよ、商売の論理で作りすぎて。それに若い監督が創作をするに当たって「これ!」っていうスタイルに拘泥するのって長い目で見たら創作者としてマイナスなんじゃないですか。スタイルなんて色々試す中で次第に形作られていくものが本当で、スタイルありきのスタイルなんて安っぽいし内実が伴わないから結局はすぐ飽きられるんじゃないすかね。
この映画がスタイルのためのスタイルに囚われていることは公開中のインディペンデント邦画話題作『夜を走る』と一部ネタ被りを起こしていることからもわかる。金のない作り手が今の邦画市場で自分の名前を売ろうとしたらできることなんか大してない。ネタも被るし作風も被る。よく市場を分析しているとも言えるが、市場を開拓する気がないとも言えるわけで、これが今の邦画インディペンデントの現状だとすればなかなか苦しい。
じゃあその苦しい内容はどんなものかといえば、主人公は貧しいアパート暮らしの青年でその父親はギャンブルかなんかで家の金を使い込み少しでも文句を言うと暴力を振るう最低系の人、これじゃあやってけねぇよってことで主人公はお母さんと妹を守るためにお父さんを金属バットで殴り殺してしまいます。法は犯してしまったけれどもこれでお母さんも妹も救われる・・・と思いきや殺人犯を輩出した一家ということでお母さんも妹も世間様から白い目で見られて主人公をかなり恨んで主人公絶縁されてしまいます。あぁ苦しい苦しい・・・主人公に同情して苦しいんじゃなくて、あまりにも何度も見た陳腐さで苦しいなぁ・・・。
その後出所した主人公はスクラップ工場で働くことになるのですがそこはごますりヤンキー社員による中高年日雇いと技能実習生のいじめが横行するベタな魔窟。主人公も「殺人鬼く~ん」なんて呼ばれて完全にナメられてます(そんなやつスクラップにしてしまえばいいのに!)。でそこにある日やってきたのが技能実習生のリュウさん。この人は曲がったことが許せなくてヤンキー社員のいじめにただ一人正面から抗議する。似ている。最低親父を成敗した自分と・・・。リュウさんに似た者の匂いを感じた主人公はすぐに彼と意気投合、暗い毎日が少しずつ明るくなっていくのだったがまぁ当然そう良いことばかりではないのだった。
まぁこれだけ書けばどんなテイストの映画かわかるでしょう。そうですね、俺が言うところの「古谷実が原作を書いてない古谷実原作映画」です。最近の他の邦画インディペンデント話題作だと『さがす』と『夜を走る』がそれに該当。自分の名前を印象づけるために観客にショックを与えようとしたら古谷実的な作劇になるわけですよ。それは経済効率の話であって作家性とかではないよね。だからその狙いに反して俺はここに作家の署名を見ることはできなかった。
ジェネリック古谷実映画としてはほどよく笑えてほどよく悲惨で楽しめるのは確か。あまりにも記号的な技能実習生のキャラクターであるとかイジメや宗教の描写の薄っぺらさであるとか殺人の加害者家族でありつつ被害者家族でもある母親と妹に対する想像力のなさとか稚拙な点は多々あるけれども、まぁでも別にコンビニ漫画だしみたいな感じであんまり気にならない。それは逆に言えば個々の粗が気にならないくらい全体が粗くて既視感があったということなので、粗がちゃんと気になってこの粗は惜しいなぁ~っていうぐらいのオリジナリティを感じたかったなって思いましたね。
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吉田恵輔が『ヒメアノ~ル』で古谷実原作をたいへん見事に映像化して監督として出世したことは今のジェネリック古谷実邦画ブームに多少なりとも影響を与えているのでは。