《推定睡眠時間:10分》
中田秀夫といえばかつて『女優霊』や『リング』、『仄暗い水の底から』を手掛けたJホラー中興の祖というべき重要監督だが近年はホラーなのにちっとも怖くない失笑系映画を乱造しており、そのことで映画マニアどもから無視されるだけならまだしもかなり敵意のこもった軽蔑の眼差しを投げつけられているように見えるが、俺はね思うのですがっていうかずっと思っているのですが違うんだよこれは中田秀夫(のホラーセンス)が死んだんじゃなくて中田秀夫は撮影所出身の職人監督だから想定客層に合わせて演出のレベルっつーのを変えてきてるんです。
想定客層って何かって要はガキだよガキ。近年の中田秀夫のホラー映画ファン的落胆作しかし一般的にはヒット作の『スマホを落としただけなのに』のラストには映画館で映画を観ていた高校生カップルが上映終了後にスマホを落として帰って行くというメタ的なシーンがあり、スマホを落としたことからなぜか変態殺人鬼に狙われることになるこの映画の内容からいってそのシーンの含意は明白、すなわち「君たちキッズも気をつけないと危ないよ」という脅かし気味の啓発です。そこだけ見ても現在の中田秀夫映画が誰に向けて作られているかは一目瞭然なのではないだろうか。
というわけで『”それ”がいる森』もキッズ向けのホラー映画。中田秀夫がいつの間にかモードを切り替えていたことを知らないまま『スマホを落としただけなのに』を観たときには怒りのあまり映画館のスクリーンに念写で呪いを焼きつけんばかりであったがモード変更を知った今ではむしろキッズモードのヌルささえ楽しめる。いやむしろ、こちらの脳もガキモードに切り替えて観ればこれはかなりイイんじゃないだろうか。ごめん全然面白かったわこれ。誰に謝っているのか知らないけど。
訳あって福島の果物農家で働いている相葉雅紀のもとに一人息子がやってくる。聞けば東京に住む母親の江口のりこと喧嘩してしまい家出してきたとのこと。とりあえず農家に居候しながら地元の小学校に転入した息子はさっそく地元キッズ男子のイジメターゲットとなるも気っ風の良いデブキッズ男子と親友クラスに仲良くなって事なきを得る。だが、デブキッズ男子が作り上げた森の中の秘密基地に案内してもらった息子は、そこで見てはいけない何かを目にしてしまうのだった…。
あのねこんなあらすじの映画をガキ向けだとわからない大人はバカだから。こんなにストレートにガキ向けっつってんのにこんなの子供騙しだーって大人のホラー映画好き本当どうしようもないですよ。そうだよ子供騙しだよ子供を騙すために作ってるんだから!
俺はむしろその子供騙し性がすごい良いなと思ってたりして、この映画って素っ頓狂なアイディアを大真面目にやるけど予算の少なさによるチープさは隠しようもないみたいなところはラリー・コーエンの映画を思わせたんですけど、都会の子供が田舎に転校してきて森の中で怪異と遭遇する(そしてその後いろいろあり学校大パニック)っていうプロットは懐かしのジュブナイル怪奇ドラマ『怪奇倶楽部』を思わせた。
『怪奇倶楽部』面白かったからなー。そりゃ思い出補正もあるだろうから今観たらショボイのはわかってるけれども、でもショボイってことなら当時小学生マセクソガキの俺だってなんとなく思ってはいたからね。そういうことじゃなくてさ、毎回毎回30分ぐらいのコンパクトな尺の中で小学生キッズたちが必ず怪異に遭遇して、でその怪異をチープ特撮だろうが合成だろうがはっきり見せるわけだよ。それで小学生キッズたちが怪異と対峙してどうにかするわけだよ、30分の尺の中で。それが楽しかったんですよね『怪奇倶楽部』って。
『”それ”がいる森』も「それ」を出し惜しみせずハッキリ見せるから良かった。「それ」の正体についてはまぁ誰でも想像つくでしょ予告編見ればって思いますが一応伏せておくといて、そうねぇまぁ一言だけ付け加えるとすれば俺が事前に想像したものよりは怖くなかったけど怪異のカテゴリーとしては同じだった、ってところですかね。でこの「それ」をね、序盤はJホラー的にチラ見せチラ見せして中々画面には映さないんですよ。ゾクゾクするね~。ゾクゾクっていうかワクワクするじゃないですか~。いつ全体像がわかるんだろういつ全体像がわかるんだろうって楽しい感じになっちゃう。で後半は一度見せたらもう隠す必要もねぇだろってことでズンズクと「それ」出まくり。しかもそれで小学校大パニック! こういう邦画が観たかった、とまでこんな映画に対して言いたくもないのだが、でもぶっちゃけこういう邦画はかなり観たかったので自分の心に嘘はつけない。
大人の視点で観ればこの映画の特徴は異様にカット尻が短い点にある。短いっていうか動作や台詞の途中でも容赦なく切ってさっさと次のシーンに行ってしまう。いいじゃないですか、作ってる方はちゃんとわかってるんですよ「どうせ怪異の出るシーン以外は観客興味ない」って。これはまたYouTube的な編集に慣れた今の若年層に合わせたテンポでもあるんでしょう。結果として邦画的なまどろっこしさがないジャンル映画的な見せ場主軸の編集となり、それがラリー・コーエン感を醸し出しているのは面白いところではないだろうか。
あとねこれ助演陣が良かったですね。酒向芳、松浦祐也、宇野祥平、諏訪太郎、小日向文世といった名バイプレーヤーのワンポイント起用が効いていて、このへんはガキと一緒に映画を観に来る親世代の映画マニアに対するサービス、出番は限定的ながらも思わずニヤッとしてしまう味のある芝居をしております。芝居といえば比較的どうでもいいことながら主演の相葉雅紀が本人のキャラに合わせてかナヨっとした頼りない父親像を作り上げているのもちょっと面白いところ。こういう父親像は邦画ジャンル映画では意外と新しいのではないだろうか。
森の中に「それ」の「あれ」が姿を現した瞬間「はぁ?」ってなるか「おぉ!」ってなるかがおそらくこの映画の評価の分かれ目。まぁ「はぁ?」っていう気持ちもわからなくはありませんが、意図してかせずかあの異物感をスクリーンに現出させてくれたことに対して俺はやっぱり「おぉ!」と思ってしまいましたなぁ。いいんだよ本当に、あの「それ」に頭をグワシって掴まれるところとか、それの口がグワァって…。
【ママー!これ買ってー!】
DVD化してくれないかなこれ。一緒にやってた『MMR』ともども。