地獄の車窓から映画『マッドゴッド』感想文

《推定睡眠時間:15分》

良い映画といっても様々な種類があるがある種の良い映画は鑑賞中の睡眠が映画体験をむしろ底上げするところがあり、そのある種の映画のひとつがこの『マッドゴッド』というわけで、うつらうつらと何度も眠ってしまったがちぇっ大事なところ見逃しちゃったなぁとはならず、ふらついた意識の中で映画と現実が俺を媒介に混ざり合ったようでなんだかひじょうによろしい映画体験となった。大抵の映画は観客が自分の主観を捨てないか主観を捨てて映画に身を委ねるかの二者択一を迫るがそうではないわけですねぇこれは。人間を空虚な、それゆえにあらゆるものがそこに入り込む媒介に、魔女の大釜にしてしまう映画。

それにしても予告編を見れば壮大かつグロテスクであまり眠そうな映画には思えない。ところがこれが眠かった。どのようなお話かといえば一本筋の通った展開などなく異形の蠢く地底世界の地獄巡り。ラヴクラフトの『アウトサイダー』では孤独な地底人が地上世界に顔を出すが(そして己の異形を鏡で知り愕然とするのだった)こちらは冒頭でアレックス・コックス演じる地球最後の男に遣わされたらしいフル装備の暗殺者がダンテの『神曲』を思わせる層状の地下世界に降りていく。

勘のいい人なら近年の日本映画最大の突然変異作『JUNK HEAD』との類似性にちょっと驚くだろう。人類文明が終わりかけた地球という大枠の舞台設定、人間の与り知らぬところで独自の発達を遂げた異形の層状地下文明のアイディア、弱肉強食と生々流転の混成された死生観、なにより自分の内的世界をそのまま映像にしてしまおうとするアーティストの執念が生み出したストップモーション・アニメという点。しかし監督本人が声を当ててオフビートに喋り倒す『JUNK HEAD』と違ってこちら『マッドゴッド』には台詞がない。

何らかの目的を持って暗殺者は降り立った地下地獄の最下層から上へ上へと上がっていく。その道中には様々な種類の地獄景が広がっているが暗殺者は気にも留めない。右から左へと言葉も説明もなく流れていく文字通りの地獄絵図、地獄映像叙事詩は悲惨とか残酷というよりもただ世界を感じさせる。このような世界が今目の前にある。観客をそれを『世界の車窓から』さながらに観光気分で眺めることしかできない。

寝るでしょう、それは。なんか間断なく続く音楽もクラシックのコンサートみたいだしね。あえて言えばこれは癒やしの体験であって、暗殺者の地獄巡りにはどこかしらこころの浄化を伴うところがあるのだ。

オープニングではバベルの塔が暗雲に覆われ人類文明の終焉が仄めかされるが人類文明は終わっても異形文明は断然元気、捕食と虐殺と破壊の渦巻く地下地獄の各層はしかし創造と生産のパラダイスでもあった。食った者は食われ虐殺した者も虐殺され破壊した者もまた破壊される、その排泄物や瓦礫は新たな生命や新たな世界の揺籃となって地獄のサイクルは止まることがない。ここでは死の代償としてすべて釣り合いが取れているのだ。赤子を抱えて地獄を浮遊するペストマスクの通称錬金術師が体現する神なき世界の無慈悲には、人智を超えた高貴なものの香りさえ漂う。

もう少し書こうかとも思ったが言葉のないこの映画には語る言葉もまた必要ないのかもしれない。これは精緻にその体験を言語化できるようなタイプの映画ではないし、パンフレットによればクリエイターのフィル・ティペットも理論立てて作った映画ではないと語っている。観る人それぞれが自分の頭を魔女の大釜にしてぐつぐつと煮立てればよいのだろう。残酷と稚気、グロテスクとユーモアの同居する異形造形の素晴らしさはもとより意表を突く実験的な実写の挿入、カオティックでありながら同時に寂寥感も感じさせる叙情的な映像世界や、夢の論理で人類史を俯瞰するミニマムにして壮大なシナリオの面白さなど、見所は枚挙に暇が無いが、それを仔細に語ったところで別に面白いものではない。

ボスやゴヤ、ルドンやクノップフ、ギーガーやベクシンスキー、ベックリン等々の異端絵画の流れを汲みつつどこにも決定的には属さないこの異形に映画館で触れられることの喜びは…と手持ちの少ないレトリックで太鼓持ちを演じてしまえばせっかくの体験も貧しくなろうというものだから、とにかく、すばらしかった。これだけ言って感想を終わりにしようと思う。

※とキレイにまとまりかけたところでかなり余計な一言二言を思いついてしまったのでそういうのを我慢できない幼稚性分ゆえ書いてしまうがハリウッドの異端特撮を支え続けたフィル・ティペットがこういうきわめてパーソナルかつアーティスティックな映画をひっそりと世に放つ一方で誰とはあえて言わないがティペットの薫陶を受けた現代のハリウッド異端映画の大監督たちはちょっと情けないんじゃないですかね今の世の中の風潮に安易におもねるようなウェルメイドな映画ばかり作って自分の内的世界はあまり表には出さないようにして! 出していけよそれを! 剥き出しの己を! ハリウッドじゃ難しいっていうんなら自主制作でもなんでもいいだろ金なんかあるんだから!

でもこれはティペットはそのチルドレンたちのように器用ではなかったというだけの話かもしれないね。器用ではないから時代の変化についていけず華々しいキャリアを誇る特撮職人でありながらCG全盛の現代ハリウッドでは生きた化石のようになってしまった。しかし、器用なアーティストは時代に乗ってしまえるからその時代に最適化された作品を作り上げる一方、不器用なアーティストは時代に乗れないからこそ時代を超えた普遍的な作品を創造できる可能性がある。どちらが優れているとかそういう話でもないかもしれないが、後者を実感させてくれるこれのような映画に出会うと、やはり嬉しくはなってしまうのだ。

【ママー!これ買ってー!】


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それにしても『マッドゴッド』と『JUNK HEAD』がほとんど同時期に完成するというこのシンクロニシティはなんなんだ。なんかイイな。ちなみに『JUNK HEAD』AmazonではBlu-ray売り切れになってますが監督の個人ストアでは普通に買えます。

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