もっと面白くなったのに映画『非常宣言』感想文

《推定睡眠時間:0分》

韓国映画で飛行機ものといえば真っ先に思い出すのが『ノンストップ』という映画で、これは韓国で主婦を偽装している内に身も心も主婦になってしまったが正体は北朝鮮のスパイなのでスーパー強いという人が家族旅行で念願のハワイに行くぜっつって飛行機に乗り込んだら運悪くテロリストにハイジャックされてしまいしかもそこには顔見知りの北朝鮮のスパイも乗り合わせていた…みたいなあらすじだったと思うが、どんな映画か一言で言うなら調子の良いときの映画クレヨンしんちゃんのノリで展開される全盛期のセガール映画、超おもしろい。

さすが韓国映画は景気と勢いが違いますな。ってわけでこの『非常宣言』、ソン・ガンホとイ・ビョンホンという現代韓国映画のもはや生きるレジェンドが顔を揃えた航空パニック映画とのことであるからそれはもうこちらもノンストップ大パニック、お正月公開作に選ばれたぐらいだからバチコンバチコンぶちかますおめでとうございます映画に違いないと思って映画館に足を運んだところ! あれこれなんか…いや別に面白いんだけどなんか思ってたのと違うなこれ。

どう違うって日本のメジャー映画っぽい。日本のメジャー映画ってアクションでもサスペンスでもホラーでもなんでもそうですけど過剰なほどエモい人間ドラマをクライマックスに持ってきがちじゃないですか。いやこっちは銃撃戦とか怪物とかが観たいんだからいいよそんなのそれ目玉じゃないんだよ映画の! とか思うんですが日本の観客はアホほどエモドラマが好きなので銃撃戦とか怪物とか二の次でどんな作品もエモドラマに収束してしまう。で出演してるスターの一人一人に泣くとか苦しむとかのエモドラマ的な見せ場をちゃんと作って映画全体のバランスを崩してでもそれをじっくりしっとりと見せる。

それをやってたんだよなこの映画。ちょっと意外じゃないですか? だって俺の感覚からすればそれって日本の娯楽映画のつまらないところなんですよ。それで韓国の娯楽映画は確かにエモが基調になっているとしてもアクション映画ならアクション、サスペンス映画ならサスペンス、ホラー映画ならホラーをその上にちゃんと被せてくる。エモドラマのためにアクション要素を薄めたり緊張感を削いだりみたいなことはしなくて、ジャンル映画的な興奮とドラマのエモが一緒になって怒濤の勢いで押し寄せてくるから韓国の娯楽映画はすごいし面白いっていうところ絶対あった。これは予算の大きい映画でも小さい映画でもあんま変わらない。

それで更に言えばこの映画ウイルスパニックものじゃないですか。序盤は定石通りですけど非常にスリリングで、どうも超殺人ウイルスを仕込んだらしい男がイ・ビョンホン親子の乗る飛行機に乗り込んできてああ~ウイルスが拡散してしまう~! っていう怖さがずっと続く。そしてついに出た最初の感染者は目から血が噴き出し口からは内臓を吐き出し憤死! うわぁパニック! 地獄のパニック劇場幕開けだ~!…って思うじゃないですか。

ならなかったよ地獄のパニック劇場に。目から血が噴き出し口からは内臓を吐き出して派手に死んだのはファースト感染者のまぁ汚いオッサンだし汚いオッサンならいくらでも死んでいいだろみたいな汚いオッサンだけで、後の感染者はみんな血を吐くことろくにさえしない。ウイルス学にはまったく縁が無いので間違っているかもしれないが最初の一人があんな『地獄の門』みたいな死に方をした超殺人ウイルスなのに他の感染者は全然そんなことはないなんてあるんだろうか? ちょっとこれはご都合主義じゃないだろうか? だいたい汚いオッサンは感染してからおよそ10分で目から血を吹き口からは内臓を吐き出していたのに他の感染者たちは韓国→サンフランシスコ→日本とかなりの長時間フライトを経ても全然死なない。このウイルスは汚いオッサンだけ狙い撃ちするおそるべき精度の生物兵器だとでも言うのだろうか…たしかにそんな生物兵器は世界中の人々が欲してしまうのできわめて危険と言わざるを得ないわけだが…。

よく韓国映画は脚本が荒いとか言う人がいるがそれは脚本の勢いを荒さと解釈しているからで、俺に言わせれば韓国の娯楽映画は脚本が荒いのではなく、ハリウッド映画的な意味で取捨選択がめちゃくちゃ上手い。これは映画的に面白そうだなと思ったらその部分は拡大して取り上げるしこれはリアルだとしても映画的にはつまらないよね思ったらその部分は捨てる。そういう面白さ第一の取捨選択が韓国の娯楽映画のシナリオにはあったわけですが、この映画の場合は面白いところと面白くないところの取捨選択が出来ていないので、結果的にリアリティのなさであるとか場当たり的な展開ばかり目立つようになってしまった。

それはたとえば非常に細かいところかもしれないがこんなシーンに典型的に表れていたように思う。ビョンホンの娘はアトピーなのだが例の超殺人ウイルスに感染すると全身に水疱ができる。そのためにこのアトピー娘は他の乗客から「お前も感染者だろ!」とあらぬ疑いを掛けられることになるのだが、ところでこのアトピー娘、搭乗前に痒い痒いとビョンホンに訴えてビョンホンは後で薬を塗ってやると言っていた。なるほどこれが伏線だったわけかと思う。これはウイルスの症状ではなくアトピーの症状なんだということはアトピーの患部に塗る保湿剤なりステロイド剤を見せればとりあえずは納得してもらえるだろう。

ところが。ビョンホン、この子はアトピーなんだアトピーなんだと必死で訴えるくせにアトピーの薬を一切持ち出さない。加えて言えば、アトピーだっつってんのにこの娘は劇中おそらく一度か二度程度しか皮膚を掻いていない。そりゃアトピーだからって一日中皮膚を掻いてるわけじゃないことぐらいは俺自身アトピーなので少なくともそうじゃない人よりはよく知っているが、そうだとしても娯楽映画としてアトピーの設定を出してきたならちゃんとそれを画面上で見せるべきだと思うし、また展開にだって大いに盛り込むべきじゃないだろうか。このアトピー設定は他の乗客に疑われるためだけに用いられて以後すっかり忘れられてしまう。どうしてこんなもったいないことをするのだろうか。

そのシナリオの下手さも俺の目にはなんだかすごく日本のメジャー映画っぽいなぁと見えた。だから映像面での作り込みはしっかりしてるし、コロナ禍で人々の不安を掻き立てるものとなった咳を効果的に使った音響なんかもよくできてて、もちろん名優たちの演技もあって面白く観られるんですけど、ちょっと拍子抜けというのは正直なところある。韓国の娯楽映画なんだからやろうと思えばもっと編集にしてもシナリオにしても面白くできたと思うのだが、でもスター共演の大作パニックといえばの『白頭山大噴火』なんかもネタのデカさのわりにはスターたちのエモドラマ+サスペンスに収まってしまっていたので、案外スターに金をかけたメジャー映画だからこそ自由が利かずオモシロに振り切れないみたいなところはあるのかもしれない。

さいきん韓国映画は韓国映画業界も込みで青々とした隣の芝生として語られることが多いが、そういうところはもしかしたら韓国も日本もそれほど変わらないのかもしれないなぁとか、楽しかったけどなんか夢のなくなる映画だった気がするなぁ。

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最近の邦画ではほとんど唯一と言っていい(『シン・ゴジラ』などは怪獣映画枠のため)ちゃんと楽しめる大作パニック映画。監督・堤幸彦の名前で手を出すのを躊躇っている人もいるだろうが面白いから観ろ。

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パン毒
パン毒
2023年1月9日 6:17 PM

結構前の方の席で見たんですが、信じられないくらい酔いました。点滅の注意書きの横に「車酔いする人は注意」って書いて欲しかったです。
因みに映画は面白かったです。

パン毒
パン毒
Reply to  さわだ
2023年1月11日 9:39 PM

私が酔ったのはラストの会見の所ですね。フラッシュで点滅してる画面を真正面で受け続けたのと、墜落シーンで画面揺れが続いた直後だったのが原因かもしれません。
pov物は事前に酔い止めを飲んでるのですが、今後はパニック物全てで飲むようにします。

ゆうこ
ゆうこ
2023年1月12日 4:28 AM

アトピーに悩む娘と言う割には、腕に少し湿疹があるだけで、かゆそうにしてる場面もありませんでしたね。水疱は出ていないのに後方席に行く話を作る以外に役立っていない設定ですね。
最初の人だけ派手に死んだのは、あの人だけもろに粉がかかったから···とかでは無理がありますかねぇ。
確か途中で40人死亡とか言っていたと思いますが、あんまり死体は出てこないですしね。