骨まで愛して映画『ボーンズ・アンド・オール』感想文

《推定睡眠時間:5分》

ポスターに人食いが云々と書いてあったのでカニバリズム題材の映画であることは知っていたのだが、映画の中で最初にムシャムシャしてしまうシーンがかなり唐突だったのでわかっていたはずなのに驚いてしまった。よりによってそこで? なんかそのあるんじゃないいやなんかわかんないけど人肉を食すにふさわしい場所っていうか状況っていうかなんかそういうのがさ。『地獄の謝肉祭』で言ったら下水道に逃げ込んで食べるみたいな。そっちのが食人環境として不自然だろ。

というわけで意外性の映画です。健気なティーン主人公ちゃんは同世代の他の女の子と違って人肉食べたい。まぁ食べたいだけならいいが佐川一政よろしく実際に食べてしまったらこれはおおごと、っていうんでそうしてしまった主人公はアメリカ放浪の旅に出る。その道中で出会うのは様々な同嗜好の人々。スタンド使いは惹かれ合うと言うが人肉食いもまた惹かれ合うようだ。で食人放浪の中で主人公が出会う一人が線の細いイケメン男子。なんとなく好感を抱いた主人公は彼に同行するのだが…まぁ要はあれだねリアル版の『トワイライト』シリーズみたいな感じの瑞々しい青春物語だね。『トワイライト』は観たことありませんが。

そのちょっと異常な旅は道連れ世は情けっぷりはまたスティーブン・キングの『シャイニング』なんかを思わせるところもあるわけだがこちらは監督が『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノなのでキングみたいなボンクラ趣味なし、ふたりの食人逃避行はファッション写真みたいな端正な映像で綴られます。うーんうつくしい。でも人食ってんだよなこいつら。さてそこがこの映画の勘所、人食いの事実に目をつむれば単にリリカルなロードムービーとして全然観れる。可哀相だなぁとか自分もこんな恋愛してみたいなぁとか適当に感情移入して観ることもできるだろうが、しかし人食いの事実をこの映画は隠さない。

『君の名前で僕を呼んで』の際にゲイのセックスシーンを直接的に撮らなかったことで「隠そうとするな!」と脚本のジェームズ・アイヴォリーに怒られたルカ・グァダニーノであるからここでもそれほどガッツリと食人描写があるわけではないが、それでも血とか臓物が出ないことはないしその描写は一切のロマンティズムを否定する即物的なものだ。だから戸惑う。人食いとはいえ主人公はティーン女子、ティーンらしい感性と悩みを持っていてオッサン人食いと出会うと「私はあなたたちとは違うから!」みたいなことも言ったりするが、でも主人公だって計画的に人を殺して食ってることには変わりがないので傍から見ればお前も同じだろという感じになる。これでは共感できない。できる人はナチュラルにヤバイ人かよほどアホな人であろう。

それほど激しい残酷描写や性描写があるわけでもないのにR18を食らっている理由はどうやらそのへんにあるようだ。この映画、殺人および食人に対する倫理的なためらいが全然見られないのである。主人公や全米各地に散らばる食人族たちは人間が豚肉とか鶏肉を食べるのと同じ感覚で人肉を食してそこに少しの罪悪感も覚えない。カメラもそれを当然の行為として切り取って、たとえば食人系のホラー映画なら食人描写自体は激しくてもそれを怖いこと・悪いこととして、観客に嫌悪感を感じさせるように撮るので逆説的にモラリスティックなのだが、この映画は食人行為を否定的に撮らないので直接的な描写は少なくてもかなり教育的に有害な感じがある。

ちゃんとした大人ならこの映画を観て大いに感情の置き場に困るんじゃないだろうか。そしてそのような感情の宙吊り状態を観客に感じさせるこそこの映画の目指すところだったんじゃないだろうか。他者をただ単に他者として描くこと。理解を受け入れるわけでもなく、理解を拒絶するわけでもない、ただ他者としてしか理解できない他者たちの総体がこの世界で、その中では誰もが本来的に孤独であるというおそろしい直感。その不安はこれまで疑問に思わなかった人食いに旅を通して疑問を感じるようになり、それと同時に人を食べずにはいられない自分という存在がいったいなんなのか、どこにいるべきなのかわからなくなってしまう主人公の不安と、質的にそれほど異なったものではないだろう。人食い殺人は他者を徹底して他者と思わなければ行うことができない。孤独な世界に他者以外の存在を、他者よりももっと深く理解し合えると信じられる存在を求めたときに、もう彼女は人間を単なるお肉としては見れなくなってしまうのである。

ニオイで相手の存在を感知する一種超常的なアメリカン食人族たちだが、その正体については最後まで明かされることがない。お肉を食べるとどうなるのか、食べなかったらどうなるのか、なんか豚肉とか鶏肉とかそういうのじゃダメなの? などなどオール不明のまま。リリカルな映像ばかり撮るのもいいがそこらへんの設定はテーマと直接的に結びつくところなのだしもう少し展開してほしかった、と個人的には思ったりするが、ともあれこれはあまり観たことのないユニークでチャレンジングな食人映画、食人映画帝国イタリアも近年はすっかり食人斜陽期にあったが、いまイタリアで一番勢いと国際的な知名度のあると思われる俊英がそのジャンルに斬新な角度から光を当てたのだと思えば、大変に価値ある食人映画じゃないだろうか。

※あと食った人の髪を集めてるオッサンのキモカワっぷりがよかった。トレント・レズナー×アッティカス・ロスのいつ割れるかわからない薄氷のようなメロディをもった劇伴も緊張感があってよい。

【ママー!これ買ってー!】


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ベトナム帰還兵が食人鬼になってしまい彼らに噛まれた看護婦とかもついでに食人鬼になってしまうというイタリアらしく心ない食人映画だが行き場を失ったベトナム帰還兵たちの空虚な眼差しは意外と沁みる。

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2 Comments
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さるこ
さるこ
2023年2月27日 8:17 AM

こんにちは。
冒頭の指食べちゃうシーンで、おお、この映画面白いかも!と思いましたが、その屈託なさが18禁との所以、なるほどーと思いました。
私はサリーが怖かった。『童夢』のDr.スランプの帽子を被った老人みたいで…子供の頃、こんな存在があったような気がします。近所に、少し精神的に子供のおじさんがいたのを(そしてさすらう二人には『ポーの一族』を見てとる昭和生まれ)
イタリアって食肉映画帝国(笑!)なんですね