《推定睡眠時間:0分》
かつてこれほどまでに克明に怪奇現象を捉えた「ドキュメンタリー」映画があっただろうか。天井が揺れる、壁掛け時計は飛ぶ、いやそんなものは序の口だ、鏡から正体不明の水があふれ出す、舞台となる稽古場の隅から謎の声がする、下のテナントか隣のビルからカラオケの音が聞こえてくる、定点観測カメラに泳ぐ幽霊が映り込む、こっくりさんをトータル5回ぐらいやるがすべての回で当たり前のようにこっくり玉が動いて幽霊と交信しそのことに出演者の誰もが驚かない、やくみつるがなんとなくムカつく、用途がよくわからないテーブルから白い手が突き出しマドハンドみたいになる…もう怪奇現象のマシマシである、マシマシ過ぎて怖がる暇がないぐらいだ。
製作・叶井俊太郎。わかる人ならもうこの文字だけで一切を察することだろう。怒るべきかもしれない。実際、怒っている人はネットにいた。ごもっともです。しかし、しかしである。こんな映画を決して安くはない金を払って映画館で観て大いに呆れたい時だってある。じゃあですよじゃあですけれども仮にあなたか私がもうこの世がイヤになってさっさとオサラバしようかと考えているとしよう。実際、この映画を観るために渋谷の街をひとり歩いていた俺はそんな気分になっていた。そんな気分の人がこの映画を観てどう変化すると思いますか? 人によって違いはあるだろうが、俺はあまりのくだらなさに薄い希死念慮が浄化された。世の中はくだらない。そう、くだらないのだ。いや、くだらなすぎる! くだらなすぎて真面目に人生がどうとか悩むに値しない! だってこの映画作ってる人たち絶対そんなこと考えてねぇもん!
三茶にある霊が出ると噂のビルに潜入とポスターなどに書いてあったからてっきり廃墟かと思いきやバリバリの現役雑居ビル、しかも舞台はワンフロアでさえなくその中に入っている芸能プロダクション? の稽古場だけである。その稽古場にはこんな恐ろしい逸話があるといって再現ドラマが挿入される。なんでもある時この稽古場に泊まった劇団員が律儀にカメラを回して寝たらそのカメラに幽霊が映っていたという。まぁわかる。またある時には引っ越しを境に一人の劇団員がどんどん臭くなっていき「お前臭いよ!」とついに他の劇団員が本人にクレームを入れたところその臭い劇団員は憤慨し田舎に帰っていったという…いやちょっと待てよおい!!! 更にまたある時にはこのビルの住民がエレベーターがなかなか来ないものだから階段で上に上がろうとしたら来るなと叫ぶ謎のおばさんと遭遇したという…怖いけどそれ違う話だろなんかそれは!!!!!
だいたい三茶って! 他県に行けよ他県に! それ会社に近いからみたいな理由で選んでるじゃんロケ地いやこれはあくまでも俺の妄想ですけど!! それであれなんなんだよ怪奇現象が仕込みでないことを証明するために取材班は各界のスペシャリストを呼んだっていう茶番検証コーナーあれ! 最初にマジシャンの人出てきたね! 知らない人だけどそうだねマジシャンは仕込みに詳しいよね! それから次に元埼玉県警のカメラマンの人出てきたね! うーん…埼玉県警? あぁ、事務所の人の怪奇現象目撃談が嘘かそうでないか刑事の勘で判断してもらうのね。うーん、必要かどうかわからないけどまぁいいね、いいんじゃないか。それで次の人ね、不動産業者の人。いるそれ!? しかもこの建物を扱ってる会社の人でもねぇんだ!? でその人にこの建物が賃料の取れる建物かどうか判断してもらうんだ!? いやいるそれ!? なんの検証なのそれ!? っていうか誰この人!?
次に出てきたスペシャリストの最後は元内装業の人でしたってついに現職でさえなくなっちゃった!!!! 元ってなんだよ元って!!!!! でもこの人が一番活躍して念入りに稽古場内の壁を剥がしたりなんかして現場検証してました。誰だかはわからないがこのパートが正直一番わくわくしたね…やっぱりオカルトって謎解き要素が入るとぐっとのめり込める。悔しいがこの制作陣、オカルト番組の面白さをよくわかっている。映画の最後に出てきてカメラ捉えた数々の幽霊映像を本物と太鼓判を押すのが謎のアメリカ人というのもわかっているとしか言いようがない。ちなみにそのアメリカ人は「これが仮にCGによるオバケ映像だとしたらハリウッドレベルだ!」と自画自賛台詞を言わされてました。ハリウッドレベルじゃねぇよ!
乱雑な記述になったがまぁ…わかるでしょ? わかってよ。こういう映画だよ。まったくもうなんとバチ当たりな…こんなことしてるとホンモノの幽霊に祟られるぞそのうち…などとつい思ってしまう俺の方がむしろ撮影スタッフと出演者よりも幽霊を信じている可能性すらある、そんな映画だ。配給がテキストを提出していると思われる映倫審査終了作品リスト掲載のあらすじにはジャンルが「心霊ドキュメンタリー(?)」と書かれている、そんな映画だ。嘘を嘘と見抜ける大人なら大いに楽しめることだろう。そして憑かれた心がスッとするに違いない…これはもしや、除霊体験?
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なんでも自分でやっちゃうこの映画の監督・松野友喜人が『三茶』のVFX担当。『オカムロ』さんは『三茶』と同じくエクストリーム配給の映画で、エクストリーム映画『真・事故物件』の主演・海老野心も出演していたりと、エクストリーム好きには嬉しい『三茶』である。