テキサス貧乏喜劇映画『レッド・ロケット』感想文

《推定睡眠時間:0分》

アメリカはなんでも賞にしてしまう国なのでポルノ業界も例外ではなく詳しいことは知らないが結構大々的に授賞式なんかをやって盛り上がるらしい。日本でもたしかソフトオンデマンド主催かなんかでAVアワードみたいのをやっていたと思うが、とはいえアメリカほど賞として知られているわけでもお金をかけているわけでもないだろう。この話を知って俺はさすがアメリカ、労働というものに対する社会のリスペクトの深さが違うなぁなどと思った。どんな業界で働く人もまぁ表向きはかもしれないがそれぞれの業界の賞システムによって等しく誇りや名誉ややりがいを得ることができる。プロテスタントの国らしい美徳である。

だがしかしこの映画の主人公はアメリカのポルノアワード常連にも関わらず全然金が無くテキサス田舎にある別居中の妻の家に着の身着のまま転がり込んできたという男。週200ドルでいいから金を入れろと義母にせっつかれてバイト探しに出るがどこの職場でも「この空白の二十代は何やってたわけ?」と担当者は渋い顔、実はポルノ男優だったんですよそれも結構有名な! そう打ち明けたところで渋い顔は覆られない。考えてみればアメリカのポルノ、男優は若くてマッチョな健康体ばっか出てくるよな。日本のAVはイケメン風男優もいるとはいえダサくてキモイ中年~中高年男優もわりあい出てくる。三十代に入った男優なんかアメリカのポルノ業界では監督にでも転身しない限りろくに仕事もないんだろう。

ピッカピカの受賞歴もしょせんはポルノ業界という狭い世界でのみ輝くもので転職活動の役には立たない、業界経験なんて言ったところでヤってただけだろと言われればまぁそれもたしかにそうだし…というわけで隣の芝生はディープブルー効果により他国とりわけ日本に比べて進歩しているなぁと思われたアメリカのポルノ業界も結局のところ出演者目線に立てば他国とそれほど事情は変わらないのかもしれないのであった。そのようなリアルがわかるのでよい社会勉強になる映画だが…ぶはははめっちゃおもしろいなにこれすげーバカばっか!

このテキサス田舎に住む人々というのは基本的には落ちこぼれで学もなければ職もないし金もなければ未来もない。ドーナツ屋を経営するアジア人オーナーは例外的にちゃんとした人だがそれ以外はほぼ全員ホワイト・トラッシュと呼ばれる人々。黒人一家の母親と長女は頭がキレないわけではないが地元のマリファナ売買の元締めなのでちゃんとした人と言えるかどうかは微妙なところ、金持ちハウスに住む人は金持ちだからある程度ちゃんとしてるのかと思えば玄関に近づいただけでライフルを持って威嚇してくる、息子がセフレにフラれたと知った全身赤ずくめの共和党支持者ファミリーご両親はセフレを寝取った主人公を成敗しにやってくるがそんなことでしゃしゃり出てくるな!

娯楽といったらテレビを見るかマリファナを吸うかセックスをするか近所の貧乏人と広いだけで何もない庭で話をするか、車でショッピングモールまで行ってゲーセンやら映画館やらで遊ぶか、あるいはストリップでも見に行くかドーナツでも食いに行くか…と書いていて思ったのだがあれ以外と娯楽あるじゃんね? どれも貧乏な娯楽というだけで。でもその貧乏な娯楽でさえ主人公の別居中の元妻と義母なんかは享受できていなかったのですごい、さっさと金を入れるかとっとと出てけと義母に最後通牒を突きつけられた主人公は中学の時の同級生から仕入れたマリファナで稼いだ金を義母に見せつけ「ほらほら心配するなって、金ならあるんだ。そうだ、これからみんなでドーナツを食べに行こう!」「ド…ド…ドーナツ!!!」ドーナツごときで動揺するなよ! このときの義母の「はうあ!」(©漫☆画太郎)な表情ときたら最高だったな。バカで貧乏で笑っちゃう。

よく争いは同じレベルの人同士にしか生じないなんて言うけど、あれ嘘ってこともないんだろうけど人間の真理ってわけでもないね。だってこのテキサス田舎の人ほとんど全員バカだけどバカ同士平和に暮らしてたもん。高望みしないんですよみんな、自分に今の暮らし以上の暮らしができるなんて主人公以外ぜんぜん思ってない。テレビとセックスとドーナツとマリファナとストリップとショッピングモールと隣近所との会話さえあれば人生なんて楽しいもんだ、などと言ったら都会の人はバカにするか憐れみの眼差しを向けるかもしれないが…しかしそれは貧乏人たちが貧乏なりに楽しく生きるための知恵なんである。

人が自分以外の誰かに憎悪を向けるとすれば、大抵それはその誰かのせいで自分の本来あるべき生活や待遇が損なわれたと(たとえ被害妄想だとしても)感じるときなのだから、娯楽やチャンスに溢れる一方でそんな動機に基づく諍いも絶えない都会の進歩主義者が、このテキサス田舎のどうしようもない貧乏人どもをどうして見下すことができるだろうか? あんたたちこそ上ばっかみないでもっと地に足着けて平和に生きなさいよ、と逆説教されたら返す言葉なんかないんじゃないだろうか?

とはいえテレビとセックスとドーナツとマリファナとストリップとショッピングモールと隣近所との会話しか娯楽のない田舎暮らしはよりよい生活を夢見たときに楽園から牢獄へと姿を変える。主人公は貧乏なバカだったが貧乏なバカでも夢を見ることぐらいはできる。しかし貧乏な田舎者のバカが夢を叶えるチャンスは今のアメリカにはもう残されていなかった。貧乏な田舎者のアメリカのバカが幸せに生きようと思えば夢を捨ててテレビとセックスとドーナツとマリファナとストリップとショッピングモールと隣近所との会話しかない田舎の貧乏生活を受け入れるしかない。

バカンス映画にも似た陽気さの裏側には貧困層の諦観と悲哀がびったりと貼りついていて、ふとした拍子にその現実がチラリと見えてしまう…というのはショーン・ベイカーお得意の作劇、ゲラゲラ笑える映画だがこれはそこいらの新聞報道などよりもよほど真摯に社会と向き合いそのリアルを捉えた映画でもあるのだ。しかし、だからといって襟を正して観る必要もない。詳細は口外不可だがテキサスオッサンの渋面にカメラがギューンとクロースアップするショットなんて爆笑必至、テキサスのバカ貧乏人たちの本人はあくまでも真剣な一挙手一投足は真剣であればあるほど笑えてしまう、笑えてそして愛おしくも切なくもなる。最近ではあまり見なくなった種類の庶民派喜劇として、たいそうお気に入ったよ俺は。これは天国のような地獄の話、地獄のような天国の話だ。でも人間社会なんて程度の差こそあれどこでもそうなのではあるまいか?

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エリック・ロメールの映画には苦手意識があって観ていなかったのだが、食わず嫌いかもしれないしなと思って最近これを観に行ったら『レッド・ロケット』と登場人物のレベル同じじゃん! ってなって結構楽しめた。セックスと水遊びぐらいしか娯楽のない田舎の暇なフランス人の話なんだよな、なんかハイソなやつとかじゃなくて。バカンス映画というのはそう観た方が楽しめるのかもしれん。

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