アホが群れるとろくなことない映画『ソフト/クワイエット』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ずいぶんと拍子抜けなホラーというかサスペンスだったのだがブラムハウス製作という時点で率直に言って期待はしていなかった。なんで世の中はアートのA24とホラーのブラムハウスみたいな感じでブラムハウスをあんな高く評価してるんすかね。低予算のわりには一捻りあってちょっと面白いっていう程度の映画を作ってるだけのスタジオじゃないですか。時事問題を取り入れることにも定評があるようだがその切り込みは浅く、まぁいろいろあるがとりあえず人には親切にしましょうねみたいなやる気のない凡庸なメッセージ(説教)には小学生の道徳教材じゃないんだからと呆れてしまうほどだ。それでせっかくのホラー感が薄れてしまうこともあるのだからむしろブラウハウスのホラーといえば俺の中では期待できない映画なのである。

この『ソフト/クワイエット』もラストの…いやそれは言わないけどさ、ガッカリしたなあのラスト。ハァ? って感じですよ。別にラストがああなろうがならなかろうがそれまでの90分間がそんなに面白いものではないので印象が劇的に変わることなんてないんですよ。でもさ、でもさぁ…これ人を厭な気分にさせたい映画なんでしょ一応? だったらラストあんな風にしたらダメじゃん。そこは最後までちゃんと厭な映画を貫いてよ。それさえできないんだってヤレヤレだったね。しょせんブラムハウスの映画なんてまぁこんなもんですよははは。このはははの文字は真顔で書いてます。

でどういうお話かっていうとさ、アメリカの田舎にネオナチの白人女教師がいて同志を集めてミニパーティをやるんです。そしたら会場に使ってた教会の二階から追い出されちゃって「ただ普通のことをしていただけなのに!」と不満つらつら、しゃあねぇ酒でも飲むかとメンバーの一人がやってる店で買い物をしていたところちょっとした因縁のあるというか完全なる逆恨み仲にあるアジア人ヤングウーマン二人組登場、ひとりひとりは非力でもみんなで束になれば怖くないんだってことでネオナチ白人ウーマンズはここぞとばかりにアジア人ヤングウーマンに絡みまくる。

とりあえずその場は主人公の冷静な夫の介入によりなんとか収まったが教会でも邪険にされ店でもアホ扱いされ(アホなのだからしょうがないだろ)ちくしょう許せねぇこれも全部移民のせいだハイル・フューラー! ということでヨネスケでもないのに主人公たちネオナチ白人ウーマンズはさっきのアジア人ヤングウーマンズの住んでる家に突撃、晩ご飯ではなくパスポートを漁って燃やしてしまうのであった。「なぁにちょっとしたイタズラさ! 本気じゃないよ!」じゃあないんだよ、既にもう一線を越えてるんだよ。というわけで後戻りできなくなったネオナチ白人ウーマンズはズブズブと運が悪かっただけのアジア人ウーマンズと一緒に奈落に落ちていくのでした。

特徴的なのは『ブッシュウィック/武装都市』(これはなかなかの力作)などのように90分ワンカットの長回し映画である点だがワンカットにする意味がぶっちゃけわからなかった。なんせ舞台はアメリカの田舎である。アメリカの田舎をワンカットで撮っても映り込むのは草とか木とか土とかばかりなので絵的な変化に乏しく、しかも序盤30分くらいはカットが割れないもんだから延々とネオナチ白人ウーマンズの身の上話が聞かされる、だけ。90分の映画で30分も説明に使ってる時点でもうダメな気がするのだがそれでも後半怒濤の展開などが待ち受けているのかもしれないと一応観続けていればなんと襲撃シーンはトータル15分程度で終わってしまった。

これはあんまりだと思う。なんでもない日常が悪夢へと堕ちていくサマを見せたいのだと思うが、そもそも主人公は最初からネオナチでミニパーティに鉤十字マークの入った特製チェリーパイを持参するアホなのでなんでもない日常ではぜんぜんない。教会の二階でお菓子を食べながら執り行われるせかいネオナチひみつかいぎの様子を観ればこんなアホな人たちが問題を起こさないはずがないと観客の全員わかるのだから緊張感もなにもあったものではないだろう。それならせめてその15分だけでいいから吐き気のする拷問や残酷殺人が、これはいわゆる胸糞映画として日本では宣伝されているようなのだからあって然るべきだが、なななんとそれもこの映画には存在しないのである。犬だって当然無事だ。ナメているのか。胸糞映画を名乗るなら犬ぐらいしっかり殺しなさい(※現実世界ではぜったいに殺さないでください!あそれは人間も同じか)

怖いシーンは皆無に近いしそのくせタルい箇所は多いし序盤でくどくど説明するわりには途中から誰が誰だかどうでもよくなってくる雑さにもずっこけるとはいえコンパクトにまとまってはいるので退屈しのぎとしてウトウトしながらも観られるは観られる。しかしそれ以上のものではないし、こんな程度の脚本で仮にアメリカ社会に根深く横たわる人種差別と排外主義の問題を斬っているつもりなら、いやはやなんというか…俺はこれを小学生の道徳の授業で見せるんなら別にいいと思いますよ。ネオナチとかKKKになるとこんなことになりますからやめましょうねとまぁ適当な教育にはなるだろう。でも大人向けではないよねぇ。差別の本質なんかここにはないもの。差別じゃないんだよな、アメリカ人ってやたら集会をやって組織を作りますけど、人間は群れると気が大きくなって問題行動を起こしがちっていう…これは単にそれだけの話。この映画で描かれる程度の犯罪なら酒に酔ったボンボン大学生どもだって偶然が重なれば普通にやるから。

まぁブラムハウスの映画に差別の本質がどうのみたいな高等なものを要求するのは酷ってもんで、白人女たちは全員アホだが二人ほど出てくる白人男はどちらも思慮深く冷静でアホなネオナチ白人女どもをたしなめる役割というキャラクター造形を見るに反差別を標榜しながらお前自身無自覚に差別的な視点で映画を作っとるやんけというあたり失笑ものですが、とにかくまぁ暇つぶしにはなるだろうからいいんじゃないの別に。そんな深く考える映画じゃないでしょうこれは。これはっていうかブラムハウスの映画は。

CNNかどこかのニュースだったと思うが最近のアメリカでは白人男性の銃所持率が総体的に下がり女性や非白人の新規銃購入が体感治安の悪化により上がっているという。新型コロナ禍初期にはアメリカ国内の主に都市部でアジア人に対するヘイトクライムが増加したが、都市部ということもありその加害者は当然ながら若い白人男に限らず黒人も女の人も年寄りもいたことが報じられている。どこの調査だかは忘れてしまったが、ポリティカル・コレクトネスに関する意識調査をアメリカで行ったところ、ポリティカル・コレクトネスに不安を感じると回答した人間の半数ほどは今まで使えていた言葉が急に使えなくなることを理由として挙げていた。

白人だから銃を使った犯罪を起こすのではなく白人も黒人もアジア人も世界中すべての国の人間が程度の差はあれ銃を使った犯罪をする。白人だから差別をするのではなく白人も黒人もアジア人も世界中すべての国の人間が差別をする。そして、人が抱える差別感情は多くの場合微温的かつ感情的に理解のできるもので、だからこそ感知も根治もしにくく薄く広く蔓延していくことがある。鍵十字の入ったチェリーパイを集会に持っていくアホで極端なネオナチ白人たちを通して見えてくるのは明らかにこうしたリアルなものではないだろう。どうせバカな脚本なんだから『サウスパーク』風のブラックコメディにしてしまったらよかったのに。

【ママー!これ買ってー!】


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アクティブな黒人監督のスパイク・リーがKKKに潜入する黒人捜査官を描いたサスペンス・コメディはリーのディープな人間観察眼と鋭い理性によって白人至上主義者たちが悪魔ではなく血の通った人間として、いくぶん同情的にすら描写されていてちょっと驚くが、差別や排外主義と真剣に取り組むとはこういうことなんである。

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