《推定睡眠時間:30分》
これアメリカで評判になった映画らしいのだが日本では宣伝らしい宣伝もなくひっそりとアマプラ等で配信スルーになったらしくえーそれはなんか冷たくなーい? とか思っていたのだが観たら配信スルーになんだかとっても納得感があったりした。同じく配信スルー系ホラーでいえば『セイント・モード/狂信』もそんな感じなのだが、サイコロジカル・ホラーというかトラウマ・ホラーというかね。この場合のトラウマは観る人がトラウマになるって意味じゃなくてトラウマ的な幼少期の体験を題材にしているという意味。これは最近の英語圏ホラー映画に多い。『サスペリア』のリメイクにも『ペット・セメタリー』のリメイクにもこの要素が組み込まれていた。トラウマというのは精神分析用語であるからしてこれらの映画は必然精神分析を理論的な土台にすることになる。主人公を襲う怪物や悪魔は主人公の抱えるトラウマが外界に投影されたもの、というわけだ。
この手の映画が流行っているっぽいのはたぶん身も蓋もなく言えば金がかからないからだろう。精神分析が土台であるからして主人公が直面する恐怖も即物的なものではなく精神的なもの、恐怖というより不安といった方がいいかもしれない。この『スマイル』では精神科医の主人公が患者の自殺を目撃したことから『イット・フォローズ』よろしく様々な人間に姿を変えてどこまでもまとわりつく笑顔を浮かべた何かに取り憑かれることになるが、終盤は怪物の方も多少本気を出してトランスフォームしたりするものの、そういうストーリーなので主人公は他人の笑顔が怖い。笑顔に追い詰められていく。人間の笑顔で主人公と観客を怖がらせようとする映画なのでたいへん経済的というわけである。だって役者さんにそこ立って笑っててってお願いすればいいもんね。でけぇ怪物みたいなのとか作らないでも。
まぁ、感心しない映画でしたよそりゃ。笑顔って。いや笑顔は笑顔だよ別に怖くないよ笑顔見ても。そりゃ怖い笑顔を作ることのできる人というのもいるとは思いますよいるとは。『スナッチャーズ・フィーバー』という映画は若者グループが変な街入ったらそこの住民はみんなキショい笑顔を浮かべててやばかったというものでこれは確かにすごいしゃくれた笑顔とかも出てきて怖かった。でも『スマイル』にはそういう怖い笑顔は…最初の笑顔自殺のシーンはインパクトあったけど、それ以降は笑顔が怖いっていうシーンはなかったんじゃないかなぁ。カメラも笑顔を撮るというより主人公の怯えて憔悴していくその表情を撮る。痛々しさはあるとしても、そこから怖さを感じ取ることは難しいだろう。
最近ふと思ったんですけど昔のつまらないホラー映画ってつまらないけど舞台をマッドサイエンティストの秘密の研究室とか絶海の孤島とか南米の秘境とかに設定してるからつまらないとしても日常世界とは異なる異世界が画面の中に広がっててつまらないものの映画観たなってつまらなくても満足感はそれなりにある。でも最近の配信スルー系のアメリカのつまらないホラー映画とかって異世界を形だけでも作ろうとしないんだよな。日常の延長線上にある恐怖を日常の中で描こうとする。そうすればあまりお金をかけずに映画を作れるし、上手くやればリアリティやテーマが評価されて作ってる人はステップアップできるかもしれない。なんかね、『スマイル』とかその典型だと思ったんですけど、お金を払って映画を観てくれる客よりも業界を向いた(ように見える)作りになってる気がして、俺なんか白けちゃったな。
そりゃ人によって好みは千差万別だってことぐらいわかってるよ? でもさ、そこらへんの人の普通の笑顔より殺人ゴリラ人間が見たいでしょうよ! 現実世界でも5分歩けば見ることのできるそこらへんの日常風景をわざわざ映画で見るくらいなら、たとえダンボールで作ったハリボテだとしても謎の村とか古城の地下室を見た方が断然楽しいだろう! だってこっちは別に日常を求めてホラー映画観てないもの! 日常じゃないものを観たくてホラー映画を観ているのに、日常風景の中で徐々に壊れていく普通の人とかを見せられたらさぁ…そら文句の一つや二つぐらい言いたくもなりますよ!
別に下手な映画じゃないから出来はイイと思いますよ。ええそれぐらいは殺人ゴリラ人間が見たい俺でもわかってるんです。いや別に殺人ゴリラ人間を求めてホラーを観ているわけではないけれども。だけどさ、これを映画館で観たいかっていったら別に観たくないんだよ。そして殺人ゴリラ人間の映画だったらどんなに愚作でも映画館で観たいんだよ! だから配信スルーになったのも仕方がないかって思ったね。ただまぁ、殺人ゴリラ人間の映画は配信スルーどころか日本にそもそも入ってこない可能性があるのだけれども。おかしいよねぇ、そこらへんの人の笑顔よりも殺人ゴリラ人間のウガーっていう顔の方が絶対に面白いのに!
【ママー!これ買ってー!】
そりゃこっちの映画だって殺人ゴリラ人間は出てきませんけれども町まるごと笑顔の人だったらそれは怖いしそれは立派な非日常。安っぽい映画だしストーリーも練られてはいないが、笑顔ホラーというジャンルが仮にあるとすれば俺は『スマイル』よりもこっちを推すぞ!