ニヒリズム脱出作戦映画『カード・カウンター』感想文

《推定睡眠時間:20分》

どうもカジノを回って生計を立てているギャンブラーのお話らしいということは事前情報で知っていたのでカードカウンターとはカードを置いたり配ったりするカウンターのことかと思っていたのだがそうではなくこのギャンブラー主人公はブラックジャックの宅で他のプレイヤーに配られた見えているカードを目視でカウントすることで瞬時に勝率を計算してベットを決める人、カードをカウントするから『カード・カウンター』というわけなのであった。

言うのは簡単だが実際のカジノでそれを実行するとなるとこれはかなり難しい。そんなことが平然とできてしかもそれで生活費を稼げている(それどころか貯金もたんまりある)のだからこの主人公タダモノではないに違いない。どうタダモノでないかはまだ観ていない人のために一応伏せておくがそのタダモノじゃなさ加減はこの主人公が泊まるモーテルでは必ず部屋中をトランクスーツに入れた白のシーツで覆わないと気が済まない性格という点を書けばまぁなんとなく伝わるだろう。

それにしてもなぜ白シーツで部屋中を覆うのか。一般的に(?)考えればそれは自殺準備ということになろう。やっているのはブラックジャックだが常時ポーカーフェイスのこの主人公、生きていて楽しい感じがぜんぜんない。ゆーてギャンブルなのだからいくらカードをカウントして勝率予測の精度を高めようが負ける時は負ける。どうもこの主人公はそれを待ちわびているかのように見える。つまり、カジノ巡りとはこの人によって死に場所探し。だが悲しむべきか喜ぶべきか、自分でも意識しないままカードをカウントしてしまうこの人は破滅的な負けを経験することができない。それどころがトータルでは勝ち続けてその結果使うアテのないお金=生存の糧ばかりが貯まっていくのだった。

無意味な生を意味あるものにするための中高年の悪あがき、あるいは罪にまみれた人生を精算するための破滅願望は、この映画の監督ポール・シュレイダーの近年の作に通底するテーマであり、ニコラス・ケイジが認知症を患うCIA捜査官を演じた『ラスト・リベンジ』なんかは主人公の風貌といい渋い雰囲気といい主人公の虚無的な心情を表現するためか展開に抑揚がなくエンタメ的に盛り上がらないところといい『カード・カウンター』とよく似ている。

どうせ誰も観ないから『ラスト・リベンジ』のオチに関してはバラしてしまうがイスラム過激派の首謀者をそのCIA捜査官人生の中でずっと追いかけてきていた主人公は認知症で敵の存在を忘れかけながらもついに首謀者と対面、しかし向こうは向こうで歳のため寝たきりかなんかになっているのを知った彼は復讐を思いとどまってその場を去ってしまう。殺すとか殺さないとかそんなことは問題ではないのだ。主人公が求めていたのはあくまでも自分の人生にケリをつけること、なぁなぁで生き続けていたくはないし悔いを残したまま死にたくない。人生も終盤に差し掛かって否応なしに死を意識させられる中で、何か一つでも自分の人生は意味のあるものだったと思えることを為してみたい。

それは『カード・カウンター』の主人公も同じだろうし、遡ればポール・シュレイダーが脚本を書いた『タクシードライバー』の主人公トラヴィスも同じなんじゃないだろうか。映画評論家の町山智浩はトラヴィスがベトナム帰還兵であることに大した意味はないとかつて書いたが、その時々のアメリカの社会問題・政治問題を物語の背景にするのがポール・シュレイダーのらしさであり、そうしたマクロな問題がミクロな個人の生を揺るがしているという図式がポルシュレ映画の基本である。ポール・シュレイダーの近作と照らし合わせれば、そしてこの『カード・カウンター』から考えるなら、少なくと脚本上はベトナム帰還兵の設定は大した意味はあったと考えるのが妥当に思える。あの戦争に大義はあったのか? ないとしたら自分の戦いとそこで受けた傷もまた無意味なものだったのだろうか? 無意味な殺しの罪はどうしたら精算することができるのか?

そんな実存不安と罪の意識が一人のベトナム帰還兵を「正義のための戦い」へと駆り立てる。それは自分の生を意味あるものとするための戦いであり、自分の罪を精算するための戦いなのだ。けれどもそれは彼が勝手にそう思い込んでいるだけで、それもまた本当のところは無意味な戦いであり、新たな罪作りでしかないことは、有名な自分の頭に人差し指を当ててプシュウ…プシュウ…と拳銃自殺の仕草を繰り返すシーンからわかる。結局、彼はただ単に死にたかったのだ。けれども死ぬだけの意志を『カード・カウンター』の主人公同様にいつまでも持つことができないでいるのである。人生は無意味で、罪にまみれていて、死ぬ以外にそれを免れる道はない。

ただし『ラスト・リベンジ』や『カード・カウンター』には『タクシードライバー』にはない救いがある。まぁポール・シュレイダーもあれだろうな歳取ってなんか丸くなったっていうかいろいろ学んだこともあるんだろうな。人生が無意味にしか思えないのは自分で自分に意味を与えようとしているからだみたいなね。案外友達とか恋人とかから見たらあんたの存在無意味じゃなかったりするよ的な。罪だってそうですよ、自分で自分の罪は購えない。自分の罪は誰か他の人に赦してもらうしかない。

そういう映画だったね『カード・カウンター』。そんな大して面白い映画ではないけれども『タクシードライバー』の脚本家がようやくその境地に辿り着いたんだなって思うとちょっと沁みる。そして賭場に響き渡る「USA! USA!」の空虚なかけ声がやたら脳みそにこびりつく映画であった。どういうことかは観て確認してくれ。USA! USA!

【ママー!これ買ってー!】


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決して悪い映画ではないのだが主演がニコラス・ケイジということもありアクションとかサスペンスを期待する観客からたいへんな不興を買っている不幸な1本。

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